表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第6章【過去】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/68

8話【喪失】

――山奥の祠――




闇夜の祠。


……虫の声が聞こえなかった。


不自然な静寂。


風もなく、葉も揺れない。


全てが静止した世界。


ただ――

何かを待つように、空気だけが張り詰めていた。


まるで――

この場所だけ、世界から切り離されたかのように。


続々と集まる怪異たち。


誰もが焦燥と怒りを纏っている。




「わしが、皆を送ってやろう」


前に出る雲外鏡。


一瞬、ざわめきが走る。




「共存派の雲外鏡がどうした」


「長に相応しいのは、焔より雷獣だと分かったのか」


冷ややかな野次。


乾いた笑い。


「――それとも、お前も“選んだ”のか?」


「どっちを切り捨てるか――決めたのか?」


その一言に、空気が軋む。




「わしは……一刻も早く、座敷童子を救いたいだけだ」


雲外鏡は静かに言った。


野次には反応しない。


感情を押し殺すように。


その声は、わずかに掠れている。


「……遅れすぎたかもしれんがな……それしか、もう出来ん」


誰にも聞こえぬほどの小さな呟きが、闇に落ちた。


ふと、雷獣と目が合う。


「座敷童子を頼む」


絞り出すような声。




「任せておけ!」


雷獣の咆哮が、夜を震わせる。


全身に電気を纏う、勇ましい姿。


「今度こそ――奪われたものは、取り返す!二度と遅れはとらん! もう、誰も奪わせん!」




その言葉に、怪異たちの感情が一斉に燃え上がる。


「おぉ――!!」


怒号。


足音。


揺れる空気。




「千里眼」


雲外鏡の腹鏡が、鈍く光る。


映し出された都。


夜なのに、煌々と輝く城。


怪異たちが、次々とその中へと踏み込んでいく。




……その時。


ほんの一瞬だけ――

鏡の奥で、赤い閃光が走った気がした。


だが――

誰も、それに気づかなかった。


気づいたとしても、

それが何を意味するのかを理解するには――

もう遅すぎた。


――だからこそ。


怪異たちは止まらなかった。




「私も行かなければ……彼らを止めなければ……」


譫言のように呟く焔。


朽木に支えられながら、

遅れて、雲外鏡の前に現れた。


――すべてが動き出した後に。


疲労困憊の身体を引き摺るように、歩み寄る。




「もう……彼らに任せて、長は休んでおけ…… 焔。お前は、良くやった」


焔が共存のために尽力してきたことを、労う雲外鏡。


「……だが、もう遅い」


同時に、どうしようもない事実も突きつける。




焔は、それでも首を横に振る。


「まだ……」


最後まで言葉は続かなかった。


そのまま腹鏡を通ろうとした。


だが――

倒れた。


雲外鏡の目の前で、意識が薄れる焔。


身体はすでに限界を超えていた。




――八百万神社――




その頃。


闇夜で、もう一つの事件が起きていたのじゃ。




負の連鎖は、

転がる雪達磨のように、大きくなっていた。


松明の列が、八百万神社に向かう。


もう止まらぬ。


止められぬ。




二人を取り囲む大勢の人間。


松明の火と共に、影が怪しく揺れる。




「俺たちは……巳之吉を殺した……もう……もどれねぇ」


鎌を持った男。


視点が定まらない。


「占い師が言っていた……災いを鎮めるには、怪異と交わった痴れ者を殺せと……全ては、怪人の親が元凶だと」


松明を掲げる無精髭の大男。




「そんな……巳之吉さんを……手にかけるなんて……」


絶句する環。


膝から崩れる。


黒髪が地面に触れる。


口を手で覆う。


視界が滲む。




「同じ人間を襲うとは……気が触れたか」


環を守るように、前に立つ保名。


静かな口調だが、語気が強くなる。


「その、占い師とは誰なのです」


保名が無精髭の大男に尋ねる。




保名の問いには答えない。


代わりに、


「同族殺し……上等だ!」


「痴れ者は……生かしちゃおけねぇ」


「災いを鎮めるんだ!」


「怪人に殺された……私の子を返して――!」


怒りは、相手を選ばなくなっていた。


もはや――

理由すら、必要としていなかった。


矛先が、怪人の親――環と保名に向けられる。




「もう……やめてください……」


環の震える声。


それでも、はっきりと届く。


「これ以上奪って……何が残るのですか……!」


涙が頬を伝う。


それでも目は逸らさない。




「……その問いは、もう遅い」


誰かが吐き捨てる。


――その瞬間。


コツッ。


小石が、環の肩に当たった。


誰が投げたのかは分からない。


だが――

誰も止めなかった。




「やめなさい!」


厳しく言い放つ保名。




「……」


環は何も言わなかった。


ただ、ゆっくりと周囲を見た。


そこに居たのは――

知っている顔だった。


かつて、笑い合った者たちだった。


だが今は――

誰も彼女を"正しく"見ていなかった。




「……違うのです」


小さく、弱々しい環の声。


「あなたたちは……本当は……」


そこで、環は言葉を飲み込んだ。




本当は、優しかった。


本当は、笑っていた。


本当は、同じ火を囲めた。


そう言いたかった。




次の石が飛ぶ。


鈍い音。


保名の身体が揺れる。


額から血が飛び散る。


そして――

一人が、踏み出した。


堰を切ったように押し寄せる群衆。


揉み合う保名と男たち。




「環――逃げなさい!」


保名の最期の言葉。


その背は、最後まで環を庇っていた。




誰かが、鎌を振り上げた。


誰かが、包丁を付き出した。


誰かが、手を伸ばした。


誰かが、押した。




――もう、分からなかった。


どれが最初だったのか。


誰が始めたのか。


ただ一つ、確かなのは――

誰も止めなかったということだけだった。




「……円……」


抱きしめたい。


守りたい。


その想いだけが残った。


立ち上がる環。




――その瞬間。


髪を掴まれた。


環の胸に鈍い衝撃。


視界が揺れる。


温かいものが、胸から染み出る。


「……あ……」


声にならない声。


何かを言おうとして――

言葉は、出なかった。


身体が、崩れる。


白衣が、赤く滲む。


地面が、近づく。


それでも環は、誰かを憎むことができなかった。




最期に見えたのは――

泣きながら手を伸ばす円の姿。


そこにいるはずのない、愛しい我が子。


それが幻だと分かっていても、

それでも、

環は手を伸ばそうとした。


「……生きて……」


届かない声。


そのまま――

動かなくなった。




――静寂。


一瞬だけ、

本当の意味での“静寂”が訪れた。




だが――


「やったぞ…… これで……二つ、消えた……」


血の付いた包丁を突き上げる男。


足元には、事切れた環。




「こっちも……終わった……」


息の荒い村人たち。


転がる、ぼろ雑巾のような保名。


赤黒く原型の崩れた顔。




――その時。


焔が到着した。


赤い髪は乱れたまま。


先程まで気絶していた身体に鞭打ち。


遅れて。


すべてが終わった後に。




「……環?」


焔の視線の先。


倒れている身体。


動かない。


血が広がっている。




「……何を……」


理解が追いつかない。


一歩、近づく。


人間たちを押し退ける。


もう一歩。


膝が地面に落ちる。




「……環」


環の頬に触れる。


触れた手から、環の温もりが――

消えていく。




「……環」


焔が呼ぶ。


返事は、ない。




「……環……」


その瞬間。


脳裏に、環との思い出が駆け抜けた。


焔の中で――

全てが崩れた。


音もなく。


何の抵抗もなく。


ただ――

静かに。


完全に。


――終わった。




次の瞬間――


「業火」


驚くほど静かな、

感情の欠落した焔の声。


その声には、

怒りすら残っていなかった。




群衆の身体が、炎のように揺らぐ。


ボワッ!


各々の身体が発火。


炎の渦が瞬く間に包み込む。


そして――

そこに居た全ての人間が、

跡形もなく焼失した。




焔は、苦痛を叫ぶ間も与えなかった。




――現在――




囲炉裏の火が揺れる。


「……あの時、焔様は……最後の光を失ったのじゃ……そして……」


朽木の声は、かすれていた。


「共存も……未来も……環様と共に、すべてが消えた。焔様の"正しさ"が塗り変わった瞬間じゃ」




誰も言葉を発さなかった。


誰も息をする音すら立てなかった。


ただ――

囲炉裏の火だけが、

静かに、揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ