19話【黄昏】
ブロブロブロブロ――
荒野を裂くように、トラックが走る。
ひび割れた大地が、夕焼けに染まり始めていた。
赤い。
まるで、まだ乾ききっていない血のように広がる。
巻き上がる砂塵。
唸るエンジン。
軋む車体。
その振動が、荷台の床を通じて、鼓動のように全身へ伝わる。
荷台の中――
直元と一鉄が、横たえられていた。
動かない。
だが、まだ――死んではいない。
かすかに上下する胸だけが、命の証だった。
ハンドルを握る朧は、前だけを見ている。
端末をナビ代わりに最短ルートを走る。
一瞬たりとも判断を止めない。
振動が足裏から脳へと伝わる。
それでも――速度は落とさない。
助手席を横目で確認する。
結月が擦り切れる前に……
「はっ…… はっ……」
結月の呼吸が、荒い。
肩が大きく上下する。
指先が震える。
割れるような頭痛。
意識の奥で、何かが削られ続けている。
――月下。
何百体もの“自分”。
斬られ、散り、消えていった幻。
その一つ一つが、自分だった。
散るたびに、精神が削られる。
削られ、削られ、削られ――
それでも。
結月の手は、まだ痣丸を握っていた。
――綱を、そこに止めるために。
サイドミラー越し。
補給所が遠ざかる。
霞み、滲み、やがて消える。
「……ここまで来ればいいだろう」
朧が低く、祈るように言う。
その声は落ち着いているが、わずかに速い。
「結月さん! もう大丈夫だ! 十分に離れた」
強く呼びかける。
その声が――結月に届く。
ぼやけた意識の奥に。
温度を持って。
……ぷつり、と。
張り詰めていたものが切れた。
カランッ。
痣丸が、手から滑り落ちた。
同時に、意識が深く沈む。
身体から力が抜ける。
「結月さん!!」
朧の声が大きくなる。
シートから倒れ込む結月。
髪が汗で貼り付いている。
キキィ――ッ!!
トラックが急停止する。
砂塵が舞い上がる。
朧はすぐに結月を抱き起こした。
脈はある。
呼吸もある。
だが――荒い。
熱が異常だ。
肌が焼けるように熱い。
「……くそ」
秘薬は、もう無い。
結月を荷台へ運ぶ。
直元の隣。
慎重に横たえる。
呼吸を整えさせる。
救急箱をひっくり返す。
解熱剤を飲ませる。
「……頼む、持ってくれ」
返事はない。
だが――まだ、生きている。
――補給所――
「――……っ!?」
綱の視界が切り替わる。
前触れもなく。
脈絡もなく。
一瞬で。
まるでスイッチのように。
あるいはモニターの画面が切り替わるように。
――月下。
何もない空間。
静寂。
幻。
そこから――
現実へ。
瓦礫と砂塵の補給所。
「……」
綱は、その中心に立っていた。
ただ一人。
取り残されたように。
理解が追いつかない。
風が吹く。
砂を巻き上げる。
焦げたにおいと、血のにおいが混ざる。
「……どうなっておる」
ゆっくりと、周囲を見る。
気配が、ない。
「奴らは……逃げたのか……」
その声は、わずかに遅れていた。
額に汗が滲む。
だが――呼吸は乱れていない。
身体は完全に制御されている。
しかし、
地面は抉れ。
柱は砕け。
壁には大穴が空いている。
綱は電子刀を下ろす。
刃先から熱気が揺らぐ。
散らばる残骸。
そのいくつかが焼け焦げている。
「……私が……やったのか」
静かに呟く。
事実を照合するように。
刀を収める。
端末を開く。
――ガガ……
「綱だ」
「おぉ――綱か!」
野太い声の貞光。
「今そっちに戻っているところだが……」
一拍。
わずかな間。
「採掘中に怪人数名に襲われた。資源部隊はほぼ壊滅だ。季武と金時もやられた」
沈む貞光の声。
「……そうか」
綱の眉が僅かに動く。
「そっちはどうだ? 武人の感は当たったか?」
貞光の問い。
「あぁ……」
一瞬、言葉が詰まる。
「……いろいろあった。詳しい話は、合流してからにしよう」
自分でも整理がつかない。
通信を切る綱。
補給所に風が吹く。
綱の汗を冷やす。
……その時。
腹に痛みが走った。
「……っ」
押さえる。
血に濡れた腹部。
生温かい。
「……傷か」
何年ぶりだろうか。
自分が傷を負うのは。
――枯れた森林――
昼と夜の境界。
曖昧な時間。
逢魔が時。
グギギ……
大地の裂け目。
抉られた影の奥から――
魍魎が這い出す。
一体。
また一体。
まるで、
人間に掘り起こされた亡者のように。
腐臭が溢れる。
湿った空気が波のように広がる。
その気配に――怪人達が固まる。
朧を待つ朽木達。
互いに身を寄せ合う。
その輪から少し離れた場所。
紡は一人で身を潜めていた。
端末を握る。
震える指。
「……皆……早く……」
声が、かすれる。
人間は自分だけ。
怪人に拒まれる人間。
魍魎に狙われる人間。
紡は足元の枝を拾う。
頼りない。
それでも――握る。
「……守らなきゃ……」
自分で。
自分を。
ザッ。
足音。
背筋が凍る紡。
ゆっくりと振り向く。
怪人達だった。
一人。
また一人。
無言で紡の周りへ集まる。
囲むように。
だが――敵意はない。
驚く紡。
「怪人は恩を忘れぬ……」
朽木の声が、静かに落ちる。
「魍魎から守ろう」
言葉は短い。
だが――重い。
紡の目に涙が滲む。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
その時。
小さな手が、紡の手を握った。
顔を上げる。
前頭に小さな一本角を生やす子供の怪人。
まっすぐな目。
「ありがとう」
紡は怪人の子供に微笑む。
柔らかい手。
温かい。
その温もりが胸の奥に広がる。
恐怖が少しだけほどけた。
滲む視界。
暗がりの彼方。
多彩な色を纏った"光の弾丸"が見えた。
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