15話【執行者】
――補給所――
「……ほ、報告します」
直元の喉が鳴る。
唾を飲み込む音が、自分でも異様に大きく響いた。
叩かれた頬が、じんじんと熱を持つ。
視界の端が、わずかに揺れる。
それでも――目は逸らさない。
逃げない。
不器用な一鉄から学んだ。
信念を貫くということを、
言葉ではなく、生き様で。
「せ……先日より、二人体制で、当直に就いておりました。しかし、深夜に魍魎が補給所に侵入……」
呼吸が浅い直元。
肺がうまく膨らまない。
一瞬、言葉が止まる。
脳裏に浮かぶ。
笑っていた先輩。
何気ない会話。
そして――床に残った血。
胸が締め付けられる。
『先輩……何処に行ったんだろう……』
それでも報告をする。
「隊員1名が、行方不明。私は……彼らに助けられました」
弱々しくも、はっきりと。
言い切った。
俯く一鉄。
拳を床に押し付ける。
『……馬鹿やろう……』
それでも――
綱を前にして、結月の事は報告しなかった直元に、胸が熱くなる。
「助けられた?」
綱の怪訝な声。
低い。
冷たい。
一歩。
直元に近づく。
それだけで、綱の圧が倍になる。
刺すような視線。
直元の表情。
呼吸。
震え。
まるで精密機械のように、すべてを測る。
「怪人と反逆者に、助けられたのか?」
嫌悪感が混じる綱の声。
「……はい」
直元の喉が張り付く。
それでも声を絞り出す。
綱の刺すような視線が痛い。
逃げ場は、ない。
「光統院の教訓は?」
唐突な問を投げる綱。
「ひ……」
直元の声が震える。
それでも、口から出てくる。
「1つ、白夜の管理」
「1つ、人間の保護」
「1つ、怪人の排除」
「1つ、魍魎の殲滅」
「1つ、常闇の主との決着……です」
何千、何万回と発した教訓。
刷り込まれた言葉。
体に刻まれた誓い。
「怪人に助けられたなど、光統院の恥だと思わぬのか?」
綱が再び目の前に立つ。
まるで、
綱の研ぎ澄まされた圧が切先となり、直元の喉元に触れているよう。
返答を間違えれば死ぬと言わんばかりに。
直元の背筋に冷や汗が伝う。
震えが止まらない。
それでも――拳を握る。
「も……申し訳、ありません」
一瞬。
空気が揺らぐ。
だが。
「で……ですが……!」
声が裏返る。
それでも止めない。
「怪人をひと括りに……悪だと定義する教えには……」
息苦しい。
肩で呼吸する。
喉が焼ける。
「今は……疑問を感じております」
沈黙。
空気が重い。
逃げ場のない時間。
全てを暴こうとする白い光。
綱の目が細くなる。
「……偽りのない覚悟の目だ」
やけに静かな言葉。
わずかに空気が緩む。
ゆっくり、綱の手が差し出される。
「名前は?」
「……直元です」
「覚えておこう」
安堵が、直元の胸に広がる。
力が抜ける。
『……よかった……』
分かってもらえたと思った直元。
握手を求められたと勘違いする。
手を伸ばす。
疑いもなく握手を交わそうとする。
だが――腰を落とす綱。
一瞬で構える。
ズドンッ!!
衝撃。
直元の視界が弾ける。
何が起こったか理解できなかった。
空気が一瞬で、肺から消える。
胸骨が軋む鈍い音が、脳に伝わる。
「がっ……!」
握手では、なかった。
代わりに、
冷徹な綱の拳が、直元の胸に捩じ込まれた。
ドガンッ!!
身体が吹き飛ぶ。
棚へ叩きつけられる。
紙が舞う。
置物が割れる。
破片が散る。
直元は、そのまま崩れ落ちた。
白目を剥いたまま、泡を吹き動かない。
「……は?」
一鉄の思考が遅れる。
見えなかった。
理解が追いつかない。
何が起きた?
直元が倒れている。
それだけ、結果だけが突きつけられた。
次の瞬間。
怒りが爆発する。
「ごらぁぁぁ――!!」
立ち上がる。
血が沸騰する。
充血した目で綱を睨む。
腰のライトを抜く。
二本。
一本は直元の。
もう一本は、消えた先輩のもの。
ダッ!!
一鉄が突っ込む。
猪突猛進。
馬鹿の一つ覚え。
だが。
頑固一徹。
己を曲げない信念。
『魍魎専用のライトか。取るに足らん』
綱の視線は冷たい。
ブンッ!!
一鉄がライトを振るう。
だが届かない。
軽く躱される。
最小限の動きで。
完全に見切られている。
何度も。
何度も。
空を切る。
「はっ……はっ……!」
息が荒い一鉄。
それでも止まらない。
ザッ!!
綱の顔面へ左手を突き出す一鉄。
軽く上体を反らす綱。
一鉄の太い腕が伸びきる。
数センチ。
届かない。
――そのはずだった。
カチッ。
飛び出す閃光。
綱の視界が、白に塗り潰される。
生体反射。
綱の瞼が閉じる。
その“一瞬”。
バゴンッ!!
一鉄の右のライトが、綱の顎を捉えた。
衝撃が伝わる。
確かな手応え。
――初めて。
綱に届いた。
ぐらり。
綱の身体が揺れる。
半歩退く。
だが。
倒れない。
コキ。
軽く首を鳴らす。
まるで、何もなかったかのように。
「畜生――!」
一鉄の行き場の無い怒号。
自分の無力さに腹が立つ。
その時。
シュッ――
視界の端から、何かが飛来するのを察知した綱。
バンッ!!
叩き落とす。
破片が砕け散る。
鋭い視線を向ける。
潰れた棚。
崩れた直元。
その前に――
結月が立っていた。
音もなく。
気配もなく。
直元を庇うように。
静かに。
まっすぐに。
空気が変わる。
戦場の温度が、静かに塗り替えられた。




