4話【隠密戦】
ドゴドゴドゴ。
腹の底を叩くような重低音。
地鳴りのような振動が、補給所の窓ガラスを細かく震わせた。
輸送トラック。
重機を積んだトレーラー。
武装車両。
白光の下、砂煙を巻き上げながら、長い車列が補給所へと進入してくる。
逃げ場のない光の中へ。
「来ましたよ。お願いします」
ヘルメットを被りながら、声をかける。
監視室から出た直元は、小さく息を吐いた。
そして――吸う。
背筋を伸ばす。
顎を引く。
震えそうになる膝を、力で止める。
隣に立つ一鉄。
無言でヘルメットを深く被り、顎紐を強く締めた。
ギィィ……
重いブレーキ音。
車列が順に停止していく。
排気ガスの匂いが、鼻の奥に張り付いた。
「給油を急げ」
怒号。
空気が一気に張り詰める。
直元はホースを担ぎ上げる。
重い。
腕が軋む。
それでも止めない。
一鉄も無言でノズルを差し込む。
ロック。
バルブを開く。
ゴォォ……
燃料が流れ込む音が、やけに大きく響いた。
「お前は……」
降車した隊員。
ジリッ。
距離を詰める。
バイザー越しに顔を覗き込もうと、身体を屈める。
一鉄は、わずかに顔を逸らした。
――まずい。
空気が、凍る。
「あっ。トイレはこちらです」
直元の声が、割り込んだ。
間髪入れず。
「長距離移動でお疲れでしょう。奥です」
笑う。
自然に見えるように。
必死に。
隊員の視線が、すっと逸れる。
「……あぁ」
興味を失ったように鼻を鳴らし、施設内へ歩き出す。
直元は、その背を追った。
『あぶね……』
一鉄の心臓が、喉元までせり上がる。
ドクン、ドクン、と耳の内側で鳴る。
手汗でノズルが滑る。
落としかける。
強く握り直す。
視線。
視線。
視線。
黙々と作業しながら、全身で感じる。
見られている。
測られている。
疑われている。
疑心暗鬼に陥る。
――
キッ。
隊列最後尾。
黒光りする、場違いなリムジン。
白い補給所の中で、そこだけ異物のように浮いていた。
スモーク窓が、わずかに下がる。
「空気が汚いな~」
気怠い声の季武。
自分たちが巻き上げた砂煙には触れない。
「天下の頼光四天王様が、出る幕なのか?」
傲慢な言い草。
低く、重い声。
「あは。良いじゃん、貞光。遠足みたいで。ねっ、金時~」
軽薄な笑い。
「怪人は狩り尽くして、暇だしのう」
頷く金時。
鈍く、重たい声。
「ふんっ」
鼻を鳴らす貞光。
給油に向かう一鉄。
その手が、止まりかける。
耳が勝手に拾う。
「辻斬りってさ、綱より強いかな~ 刀対決面白そうだね~」
綱をからかう季武。
「黙れ」
季武を一瞥する綱。
バンッ。
ドアが開く。
綱が、降り立つ。
静かに。
ゆっくりと。
その視線が、補給所を舐めるように走る。
風。
足音。
影。
給油ホースの揺れ。
――すべてを、見ている。
一鉄の背を、冷たい汗が伝う。
綱の視線が、ふと落ちる。
給油ホース。
そして――その手元。
ほんの一瞬だけ、なぞるように見る。
見抜かれた気がした一鉄。
次の瞬間、何事もなかったように視線は外れる。
綱は何も言わず、リムジンへ戻った。
――廊下――
「こちらです」
直元が先導する。
監視室を抜け、廊下を歩く。
修復された照明。
曲がり角。
二人の隊員が、しゃがみ込んでいた。
「……どうしましたか?」
声が裏返りそうになる。
押さえ込む。
「血だ」
廊下の隅。
拭ききれなかった、乾ききらない血痕。
直元の視界が、急激に狭まる。
終わった。
そう思った。
「何かあったのか?」
隊員が立ち上がる。
顔が向けられる前。
咄嗟に指を鼻に突っ込む。
躊躇はなかった。
無理やり粘膜を傷つける。
痛みが走る。
涙が滲む。
それでもいい。
守れるなら。
――ポタッ。
血が落ちた。
直元の鼻から。
「すいません。僕の血です。よく出るんですよ。はは……」
「なんだ。辻斬りが出るらしいから、気を付けろよ」
隊員たちは興味を失い、立ち去る。
直元は壁に手をついた。
呼吸が荒い。
『守れた……』
――補給所外――
「出発!」
号令。
しばしの休憩を終え。
車列が再び動き出す。
直元は直立不動。
鼻にティッシュ。
一鉄が、小さく声をかける。
「どうした?」
「なんでもないです」
同じ言い回し。
少しだけ誇らしげな声だった。
ドゴドゴドゴ。
遠ざかる車列。
リムジンも土煙を撒き、去っていく。
その車内。
「……武人の直感ね~」
窓越しに、補給所を眺めたまま。
季武が、不気味に笑った。
その車内には、綱の姿はなかった。
――
綱は、異変を見逃さない。
気配を消し、残っている。
補給所のどこかで。




