4話【捕獲者】
――応接室の入口――
コン。コン。
「失礼します」
朔夜は扉を開けた。
後ろには、不安そうに立つ紡。
一瞬だけ振り返る。
「大丈夫だから」
小さく告げて扉を閉めた。
何も言わない紡。
俯く。
――応接室――
室内は静まり返っていた。
壁際に並ぶ光統院の隊員たち。
銃を携え、瞬きひとつしない。
空気が張り詰めている。
逃げ場のない圧。
ソファに腰掛けていた男が、ゆっくりと口を開いた。
「どうも。光統院・対怪人部隊隊長の頼光と申します」
にやり、と笑う。
だが――目だけが笑っていない。
「対魍魎部隊から報告を受けて、しばらく監視させて頂きました」
楽しそうに続ける。
「残念ながら、お仲間は見つかりませんでしたが……」
ガバッ――
身を乗り出す。
俯いた朔夜の顔を覗き込む。
「もしかして、もう死んでます?」
ケタケタと笑う。
軽い。
あまりにも軽い。
朔夜の中で、何かが軋んだ。
虫唾が走る。
拳を握る。
骨が鳴る。
笑い終えると頼光はあっさりと声色を変えた。
「ということで。泳がす意味もなくなりました」
「捕獲します」
パン。
軽い合図。
ガシャ。
無言の隊員が腕を取る。
後ろへ引き上げられる。
手錠がかかる。
金属の冷たさが手首に食い込む。
まるで、逃げ場そのものを締め付けられているようだった。
怪人でも壊せない――そう理解できる重さ。
「あれ? 抵抗しないんですか。残念」
大袈裟に肩をすくめる。
『ここで暴れたら――』
紡と一鉄の顔が浮かぶ。
怒りを奥歯で噛み砕く。
血の味が広がる。
「もしかして、自分より他人の心配ですか?」
見透かした声。
逃げ場を塞ぐ声音。
「では、こうしましょう」
ゆっくり扉に近づく。
勢いよく開ける。
「キャッ!」
外で聞き耳を立てていた紡。
雪崩れ込むように入ってきた。
頼光の目が細くなる。
顎に手を当てる。
じっくりと――値踏みするように。
「連行途中に逃げられても困りますから……」
にやり、と口元が歪む。
「お嬢さんも連れていきなさい」
「彼女は関係ない!」
抑え込んでいた怒りが弾けた。
頼光の口元が満足そうに歪む。
――廊下――
光統院のポスター。
怪人の赤い目が、こちらを見ている。
見逃さないように。
視線が刺さる。
一斉に。
剥き出しのまま。
「怪人だ!」
「騙してたのか!」
「最初から怪しいと思ってた!」
好奇と嫌悪が混ざった目。
容赦なく突きつけられる。
――やっと見つけた居場所が。
音を立てて崩れていく。
「やべぇ……俺、殺されるとこだったわ」
聞き覚えのある声。
つい先日まで隣にいた同僚。
それが――止めだった。
奥歯を強く噛む。
血が滲む。
『今は……紡をどう助けるか』
思考だけが必死に回る。
他は全部捨てる。
――外――
正門。
武装車両が待機している。
窓という窓に人影が張り付いている。
完全な見世物だった。
その時――
ファン!ファーン!
クラクションが空気を引き裂く。
横から、突っ込んでくる影。
大型トラック。
演歌が似合う、飾られた車体。
フロント行灯には――"頑固一徹"。
ブロブロブロブロォー!
エンジンが吠える。
地面が震える。
空気が一瞬だけ逆流した。
車内から怒号が飛ぶ。
聞き慣れた声。
隊員の視線が逸れる。
一瞬だけ。
その隙を――逃さない。
手錠のまま身体を捻る。
隊員の腕を弾く。
金属が皮膚を裂く。
血が滲む。
それでも、止まる理由にはならない。
前を行く紡へ叫ぶ。
「掴まれ!」
紡は迷わなかった。
怖さを振り切るように。
首に腕を回す。
全力でしがみつく。
体温が背中に伝わる。
「絶対に手を離すな!」
地面を蹴る。
加速。
風が裂ける。
紡は目を閉じる。
必死にしがみつく。
「逃がすなっ!」
怒号。
だが――
トラックが壁になる。
ブロブロブロブロォー!
ファン!ファーン!
轟音が全てを塗り潰す。
隊員を遮る。
進路を塞ぐ。
追跡を乱す。
現場は完全に混乱していた。
その後で――
頼光は動かない。
腕を組み。
逃げていく背中を眺めている。
ゆっくりと口元が吊り上がる。
「少しは、楽しめそうですね」
まるで――最初からこうなると分かっていたかのように。
あるいは、そう仕向けたかのように。
パン。
軽く手を叩く。
キュイン――
その瞬間。
背後から、人影が飛び去った。
遅れて、風が巻き起こる。




