第2章【崩れる日常】4話【捕獲者】
――応接室の入口
コン。コン。
「失礼します」
朔夜は応接室の扉を開けた。
後ろには、不安そうな紡が立っている。
「大丈夫だから」
小声で伝え、扉を閉めた。
室内には、銃を携帯した光統院の隊員が数人。
壁際に整列し、瞬きひとつしない。
ソファに腰掛けていた男が、ゆっくり口を開いた。
「どうも。光統院・対怪人部隊隊長の頼光と申します」
にやり、と笑う。
目だけが笑っていない。
「対魍魎部隊から報告を受けて、しばらく監視させて頂きました」
頼光は楽しそうに続ける。
「残念ながら、お仲間は見つかりませんでしたが……」
ガバッ!
身を乗り出す。
頼光は、俯いた朔夜の顔を覗き込む。
「もしかして、もう死んでます?」
ケタケタと笑う声が室内に響く。
朔夜は虫唾が走った。
拳を強く握る。
骨が軋む。
笑い終えると、頼光は事務的に言った。
「ということで。泳がす意味もなくなりましたので、捕獲しに来た次第です」
頼光が隊員に合図を送る。
ガシャ。
無言のまま隊員が朔夜の腕を後ろへ引き、手錠をかける。
金属の冷たさが手首に食い込んだ。
怪人でも壊せない造りだと、触れただけで分かる。
「あれ? 抵抗しないんですか。残念」
大袈裟に肩をすくめる頼光。
『ここで暴れたら、紡や一鉄さんに迷惑がかかる』
怒りを、奥歯で押し潰す朔夜。
「もしかして、自分より他人の心配ですか?」
見透かしたように言う。
逃げ場を与えない声だった。
「では、こうしましょう」
勢いよく扉を開ける。
「キャッ!」
聞き耳を立てていた紡が雪崩れ込み、倒れかける。
頼光の目が細くなる。
顎に手を当て、品定めするように紡を眺めた。
「連行途中に逃げられても困りますから……」
にやり。
不適な笑みを溢す。
「お嬢さんも連れていきなさい」
「彼女は関係ない!」
押し殺していた怒りが噴き出す。
それを見て頼光は満足そうに笑った。
――
廊下に出ると、光統院のポスターがこちらを向いていた。
見逃さないように。
外へ連れ出される途中、人々の視線が突き刺さった。
「怪人だ!」
「騙してたのか!」
「最初から怪しいと思ってた!」
言葉が石のように飛んでくる。
やっと見つけた居場所が、音を立てて崩れていく。
「やべぇ……俺、殺されるとこだったわ」
つい先日まで隣で働いていた同僚の声。
止めだった。
悔しさで、さらに奥歯を噛み締める朔夜。
血の味が広がる。
『今は、紡をどう助け出すかだ』
罵声の中でも、思考だけは必死に回していた。
――
外に出ると、正門に武装車両が待ち構えていた。
工場の窓という窓に人影が貼り付いている。
完全に見世物だった。
その時――。
ファン!ファーン!
クラクションが空気を裂く。
近づいて来るのは、演歌が似合う大型トラック。
正に横槍の如く、横から突っ込んできた。
フロント行灯には"頑固一徹"の文字。
ブロブロブロブロォー!
威嚇するようなエンジン音。
地面が震える。
車内から漏れるのは、聞き覚えのある怒号。
全員の視線が一瞬そちらへ向いた。
隊員がたじろぐ。
その瞬間を朔夜は逃さなかった。
手錠のまま体を捻り、隊員の腕を払う。
金属が皮膚を削る。血が滲み熱く痛む。
前を歩く紡に叫ぶ。
「掴まれ!」
紡は迷わなかった。
首に腕を回し、全力で抱きつく。
体温が背中に伝わる。
「絶対に手を離すな!」
思いっきり地面を蹴る。
一気に加速する。
紡は目を瞑り、必死で背中にしがみつく。
「逃がすなっ!」
隊員の叫び声。
だが、トラックが壁になる。
ブロブロブロブロォー!
ファン!ファーン!
轟音と共に、隊員を遮り、進路を塞ぎ、追い回す。
現場は完全に混乱していた。
その中心で――。
頼光は動かない。
腕を組み、逃げる背中を眺めている。
口元がゆっくり吊り上がった。
「少しは、楽しめそうですね」
そう呟くと、何故か拍手を打った。
シュッ――。
すると、背後から人影が飛び去った。




