26 本当の決着
決闘の結果が侯爵により宣言されたため、三森さんの結界が解除されます。
そして侯爵が私の方に歩み寄ってきました。
「どうだったかな、乙木殿。勇者殿と戦った感想は」
「ええ、手強い相手でした」
恐らく勝者インタビューのようなものなのでしょう。これをパフォーマンスの一環だと周囲にアピールするために。また、私がわざわざこの状況で決着させた目的を果たすために、感想を語っていきます。
「どうしても勝ちたい。勝つ必要がある試合でしたので、私が使えるものの全てを使って、この通り全力でもって挑ませていただきました。あくまで決闘、試合に近い形式ということですので、その形で勇者殿に参ったと言わせる。それだけを狙って、どうにか実現できた形ですね」
私が語るほどに、言葉は拡声の魔法で周囲に伝達されます。これにより、観客の皆さんが驚きと感心の声を次々と挙げていきます。
実際は、私は見た目ほど消耗はしていません。自爆による自傷なので、そもそも回復魔法さえあればすぐに治ります。そして魔力も体力も潤沢に残っている為、まだまだ戦えます。
一方で金浜君は光の膜による防御、毒手による手のダメージ、そして無数のダークマターフレシェットを防ぎ続けた身体の光。これらによる消耗があるので、見た目上の負傷が無いながらも無傷というわけではありません。
とはいえ、金浜君はこの国の勇者なのです。あくまで試合形式だからこそ意表を突かれて負けてしまった、という格好にする方が良いので、わざわざそうした事実を説明したりはしません。
「さて。次は負けてしまった勇者殿に訊きたいのだが、この状況をどう分析なさるのかな?」
「いやー、負けちゃいましたね。正に試合のルールを駆使した、完璧な勝ち筋です。拘束を解こうと魔法を使えば結界まで破る威力になるので、皆さんを巻き込んでしまいますし。転移の魔道具は希少かつ消耗品なので、こうした場面で使うべきものではありませんし。状況まで利用して俺の手札を潰してきた乙木さんの作戦勝ちですね」
金浜君もまた、私がこうした勝ち方をした理由に感づいているのでしょう。わざわざ自分が本気を出せばまだまだ戦えることをアピールしてくれます。
あるいは、半分ぐらいは本気なのかもしれませんが。彼も男の子。より強くなりたい、という気持ちがあるのも、プライドがあるのも当然ですからね。
ルーズヴェルト侯爵は金浜君の話も聞き終え、満足したのか再び私の方へと近寄ってきます。
「さて乙木殿。君は決闘に勝った。つまり、有咲殿との婚約への物言いは、勇者殿と聖女殿により肯定される正当な主張となったわけだ。こうなってしまっては、私も無理に婚約をすることは出来ない。ああ、非常に納得がいっていないが、勇者殿と聖女殿が言う以上はまったくもって仕方がないのだよ、本当に!」
改めて、そんなことを観客の皆さんに主張するルーズヴェルト侯爵。このわざとらしさにより、私とルーズヴェルト侯爵の間にわだかまりが無いことが明確に主張されます。
「というわけで、乙木殿。これからどうなされるつもりかな?」
「そうですね」
私は少しだけ、考えると、すぐに口にします。
「当初の予定通り、愛する人を攫っていこうかと思います!」
宣言すると同時に。私は訓練場の片隅で、三森さんの近くで私の戦いを見てくれていた有咲の方へと駆け寄ります。
「愛してるぞ、有咲!」
その言葉に応えるように、有咲もこちらに向かって駆け寄ってきます。
「アタシも! 愛してる、雄一っ!」
そして私と有咲は互いに手を伸ばし、取り合い、そのまま勢いに乗って互いを抱きしめます。
くるくるとその場で回転するような格好になって、私は有咲を離さないように、そして怪我をさせないように抱き上げます。ちょうど、お姫様抱っこと呼ばれるような格好です。
「で、どうすんの?」
ニヤリ、と笑みを浮かべる有咲。その表情は、私にもはっきりと分かるぐらい幸せ一色に染まっていました。
「逃げましょう。私は今、誘拐犯ですし」
そう告げると同時に。私は強く跳び上がります。
そして訓練場の壁を超え、決闘の舞台となった広場から一瞬で離脱。
突然の出来事に騒然とする観客の声を後方に聞きながら、私はそのまま再び跳び上がり、訓練場の外へと着地。
「アハハ! アタシ、今めっちゃ幸せ! それに、すっげー楽しい!」
「良かった。俺は、君のその顔が見たかったから」
そう、本心を呟くと、有咲は顔を真赤に染め上げます。
「うぅ、なにそれ、めっちゃ恥ずいんだけど!」
「でも事実だよ」
言いながら、私は有咲を抱えたまま、街の中を走り抜けます。
花嫁衣装を着た女性と、傷だらけにボロボロの中年男性。組み合わせの珍妙さもあり、通り過ぎる人々が例外なくぎょっとしています。
そんな反応もまた、今は楽しく思えてしまいます。
「それでさ。雄一はどこまで逃げるつもり?」
「さあ? どこまででも。有咲と一緒なら、俺はそれだけでいいよ」
「っ、もう! そういうクサいセリフ禁止!」
ぽかぽか、と有咲は俺の胸を叩いてきます。
「でも、意見には賛成。アタシも、雄一とならどこへだって行ける」
「じゃあ行こう。どこまでも!」
そう言って、私はさらに加速し、王都を走り抜けます。





