26 聖女の秘密
救護室に三森さんを運び込んだ後は、私が看病を引き受けました。
金浜君は勇者としての役割、仕事があります。それに、三森さんが倒れたのは私が近づいた瞬間のことでした。原因がはっきりしないにせよ、私が何らかのトリガーになった可能性は否めません。
なので、責任を持って看病をすることにしました。
三森さんは気を失ったまま、半日以上ベッドの中で眠っていました。
そして深夜、誰もが寝静まった頃になってようやく目を覚ましました。
「あれ、ここは」
「目が覚めましたか。体調はどうですか?」
私が訊くと、三森さんは何かに気づいたようにハッとして、すぐにベッドから起き上がりました。
「すみませんでした、乙木さん! 私、はしたない姿をお見せしてしまって」
「いえいえ。しかし、何があったのですか? やはり敵から何らかの呪いの類を受けた可能性が」
「ち、違うんです! これは、その、えっと」
三森さんは、何やら恥ずかしそうにもじもじしながら、言葉を選ぶように言います。
「私の、えっと、体質みたいなものが原因なんです」
「体質、ですか?」
「はい。あの、できればとても恥ずかしい話なので、誰にも話さないでいて欲しいんですけど」
どうやらデリケートな話になるようなので、私は頷きます。
「誰にも話さないと約束します。それで、本当に敵の攻撃などが原因では無いんですね?」
「はい。倒れた理由ははっきりしています」
頷いてから、三森さんは答えます。
「乙木さんの、体臭です」
「体臭」
思わぬ答えに、私はそのまま同じ言葉を繰り返してしまいます。
「話せば長くなるのですが、まず私は『聖女』というスキルを持っています。このスキルは複数のスキルが集まって出来ていて、その中には『慈愛』というスキルもあります。これは他人に対する嫌悪感を和らげる効果があって、例えば負傷した兵士の方がどれだけグロテスクな状態であっても、比較的冷静に治癒魔法を使えるといった利点があるんです」
勇者称号の一つ『聖女』。そのスキルの内容は私では判別できないのですが、当の本人があると言う以上は事実なのでしょう。
「そして、この『慈愛』なんですが、効果は割り算じゃなくて足し算なんです」
「足し算、というのは?」
「例えば、ちょっとの嫌悪感を覚える程度のものなら、ちょっとだけ好感がスキルの効果で足されて、結果的に嫌悪感が緩和されます。これがかなりの嫌悪感を覚えるものなら、かなりの好感を足し算することで、嫌悪感を緩和しているんです」
「なるほど。つまり、仕組みとしては発生する嫌悪感をスキルの効果で直接低減しているのではなく、嫌悪感を反対の感情を生み出して緩和しているというわけですね?」
「そういうことです」
一度頷いてから、三森さんは話を続けます。
「で、この嫌悪感を覚えるものについてなのですが。実は基準が絶対的なんです」
「絶対的?」
「はい。私の感情を基準にしているわけではなくて、一般的な人がどう感じるか、というのを基準として嫌悪感の程度が測られるわけです」
「なるほど、それが絶対的、という言葉の意味ですか」
しかし、聞いた感じからすると、どうも欠陥を抱えているような気がしますね。
「そして、これが原因で不具合も起こります。その一つが、今回私が倒れてしまった理由です」
やはり、と言うべきでしょうか。スキル『慈愛』による問題を、三森さんは抱えている様子。
「私がどう思っていようが、世間が嫌悪感を覚えるものなら『慈愛』の効果で好感を足し算されます。なので、世間がとてつもない嫌悪感を覚えるものに私が強い好感を抱いていた場合、さらに好感が足し算されてしまって、多幸感で気が狂いそうになってしまうんです」
「なるほど。強すぎる好感が、逆にデメリットとして成立してしまう、と」
まるで麻薬のような効果です。そう考えると、なかなかに恐ろしい不具合だと言えます。
と、そこまで考えて気づきました。多幸感で気が狂いそうになる。それが原因で、今回は倒れてしまった。そして最初に言っていた、原因は私の体臭だという証言。
まさか。
私が気づいてしまったような視線を三森さんに向けると、恥ずかしがりながら秘密を明かしてくれます。
「えっと、つまり。その。私って、実はすごい匂いフェチなんです」
なんと言ってよいやら。





