王都到着、そして、作戦会議
ーーーリッ……ユーリッ!
「レン、ジ……く、ん?」
「しっかりしろっ!僕が分かるか?!」
少しずつ焦点が合っていく。
目の前には、必死の形相で私に呼びかける、見慣れたイケメンドワーフの顔。
隣には、心配そうに桜色の瞳を潤ませる美しいエルフ。
その背後には、私の様子を気にかけながらも、周囲を鋭く警戒する逞しいエルフ。
「う、うん……ッ?!」
その瞬間、頭の中に次々とフラッシュバックしていく。
「ーーーッ!」
「ユーリさん?!」
両手に顔を埋める私の背中を、フィーちゃんがゆっくりと摩ってくれる。
聞こえてくるのは唸り声、何かが壊れる音、そして悲鳴の数々……。
まるで、山の向こうで鳴っている雷のように現実味がない。
それ以上に、ついさっきまで繰り広げられていた光景が頭の中を強烈に過っていく。
「し……死んじゃった……」
抑えたくても抑えられない震えが全身に伝わっていく。
「院長が……ロザリー院長がッ!」
私達とカーラさん護衛団はフラノ村を出発し、王都エヴァンヌを目指した。
もちろん、ドラコも一緒だ。
道中も魔物が出てきたり、時には盗賊にも奇襲されたりしたけど……まあ、カーラさん護衛団も強かったし、何よりレンジくんとジークがいれば全く問題なかった。
そして、順調に旅を続けて2週間とちょっとーーー遂に、王都に到着した。
エヴァミュエル王国は平地に建国された国で魔物が容易に侵入されてしまう地形なのだ。
そのため、王都エヴァンヌは王城を中心に堅牢な城塞の中に建設されていた。
到着した私達はカーラさんにルーベルト辺境伯が所有する王都の別邸に連れて行ってもらった。
「要塞にあるお屋敷とは随分印象が違っていますね」
お茶を淹れてくれたメイドさんに恐縮しながら、同じく鎧を脱いで寛いだカーラさんに言った。
エヴナン要塞のお屋敷は石造りで見るからに頑強で飾り気のない、言葉を選ばなければ、無骨な印象があった。
一方、ここ王都の辺境伯邸は、見るからに豪華で、だけど品も兼ね揃えた『ザ・お貴族様のお屋敷』だ。
それこそ前世のアニメや漫画で見たイメージとピッタリである。
勤めている使用人も多い。
玄関で使用人が左右一列に並んでカーラさんを出迎えていた時には本当に驚いて、私とセインは立ち竦んでしまったのだ。
最も、レンジ君、フィーちゃんにとってはつい最近まで見慣れた光景なのだろう、全く動じていなかったし、ジークも気にする素振りを見せなかった。
流石は王族の貫禄である。
「この邸宅には兄上の妻君が滞在するだけでなく、貴族や王族の方もお招きすることがある。兄上も二年に一度王都に参上するが、その際には社交会を催すことが慣わしになっている。だから、実用的より格式高い外見や内装になっているんだ」
「なるほど」
エヴナン要塞のお屋敷にももちろんメイドさん達はいたけど、兵士達がしょっちゅう行き来していて、どちらかというと駐屯所のようだった。
国境地帯の防衛を任されているのだから、お屋敷を無駄に飾る必要がないという訳だ。
「さて、無事王都に到着した訳ですから、早速今後のことについて相談したいのですが」
お貴族様の雰囲気に呑まれそうになっている私とは対照的に、優雅に紅茶を口にしながらレンジ君が冷静に本題に入ろうとした。
「まず聖ティファナ修霊院院長ロザリー・ガルミエルと面会し、ユーリが黒死病を治療できることを証明する。同時に国王陛下にもユーリの存在や黒死病の治療を認知していただいた上で、ユーリが修霊院で黒死病の原因究明や治療方法を研究できるように認可を頂く。当面はこの方向性で進めて行くのが良いと思います」
「レンジ君が改めて研究者だということを実感したわ……」
「当たり前だろう」
あまりにもスラスラと今後の方針を立ててくれるから変なことを口走ってしまったが、そのせいでレンジ君に呆れられてしまった。
「なあ。黒死病の原因を調べるっていうのは分かるけどよ。治療方法なんざ、ユーリがとっくに分かってんじゃねえか。他にも探る必要があんのか?」
とジークが不思議そうに呟くが、
「甘いッ!」
ビシッと人差し指を突きつける。
「確かに私はこれまで黒死病4症例の治療に成功したけど、裏を返せば4症例しかまだ成功できていないのよ。これだと治療方法として確立するには全然足りないんだから!」
「そ、そうなのか?」
勢いに押されて狼狽えるジークに大きく頷いた。
「これまで治療した症例は核の大きさがどんなに大きくても3cm程度だったけど、これがさらに大きいもので、しかもジークやルシアン様みたいに、脳や心臓などの重要臓器との位置関係でどうしても切除し切れなかった場合どうするのか。要するに、私の治療方法以外の方法も模索する必要は絶対に出てくるのよ」
これは前世の癌の手術でも同じことが言える。
だから、手術以外にも抗癌剤治療や放射線治療が存在したのだ。
「それに、そもそも私の治療方法は常識外れで世間に受け入れてもらうためにはそれなりの時間がかかると思う。だから、それこそ黒死病治療に特化した魔法や薬を開発した方がよっぽど使い勝手がいいかもしれないし、私が治療できなくなったとしても安心だからね」
残念ながら、人間である私には寿命があるし、その前に年を取ってメスを持てなくなる時が来てしまう。
できればその前に、治療法の確立だけはしておきたいと思う。
「私はお兄様やルシアン様の治療を拝見して素晴らしいと思いましたが、体内の臓器を見なければならないという行為を生理的に受け付けられない方はいらっしゃるでしょうね」
「そうだな。私は護衛団として魔物の解体をするが、それでも人間の、しかも身内の体の中を見ることに、初めは嫌悪感を否めなかった」
(私としてはカーラさんよりもフィーちゃんのタフさが意外なんだけどね)
一見すると虫も殺せなさそうな、お淑やかで可憐なお嬢様(実際には皇女様なんだけど)なのに、手術に立ち会っても顔色一つ変えないのだから大したものだ。
「そういう訳で、治療の手段はいくつもあったこと方が安心だし、そのために王都に来たようなのものだから」
「そうだな。さらに多くの黒死病患者を治療することで黒死病を解明することが真の目的だ」
レンジ君は頷き、
「早速、聖ティファナ修霊院を訪問すべきだが、院長には面会の約束を取り付けた方がよろしいのでしょうか?生憎、修霊院の事情について疎いものですから」
とカーラさんに尋ねた。
「兄上が黒死病を発症した際に密かに修霊院のことを調べてみたのだが、修霊院はいついかなる時も黒死病患者を受け入れることを第一に考えているため、基本的に院長は修霊院にいることが多いらしい。院長自身も優れた薬師で、常に入院している患者の様子を把握しているためそうだ。しかも、黒死病患者だけでなく、必要であればその身内も積極的に受け入れているらしい」
「患者だけでなく身内の方も、ですか?」
フィーが目を丸くした。
「ああ。黒死病は患者本人だけでなく家族も差別され共に迫害されてしまうことがある。そんな事情で故郷に戻れない患者家族も、修霊院周囲に集落を作り、そこに住まわせているらしい」
どうやら『黒死病患者の最後の砦』の責任者はとんでもない人格者みたいだ。
「だが、訪問していきなり『黒死病の治療をしたい』と申し出ても信じてはもらえないだろう。だから、そこは我が辺境伯の威光を存分に利用したいと思っている」
「おぉっ!頼もしいです!」
その時、今更だけど気がついたことがあった。
「セイン、どうしたの?」
「……え?」
「さっきからずっと黙っているけど……大丈夫?」
焦点の合わない、ぼんやりした空色の瞳が私に向けられた。
「す……すみません、ぼーっとしていて!」
焦ったようにセインが手を横に振った。
「いえ、久しぶりの王都で少し気後れしてしまいまして……」
(そう言えばルシアン様が、『セインは優秀なヒーラーだけど、王宮の権力争いに敗れて追い出された』っておっしゃってたな)
「その……今更だけど大丈夫だった?王都に戻って嫌な思いしてない?」
ここまで来て本当に今更なんだけど、心配になって尋ねると、
「大丈夫ですよ。もう昔の私ではないのですから」
いつもの穏やかな笑顔にホッとした。
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