82. 交換条件と参りましょう
焦ったようにセラフィーナとアルトの間に入ったのは、ラウラだった。
彼女がアルトをかばうのは初めてだ。
意外な行動に、興奮していたセラフィーナの頭も徐々に冷静さが戻ってきた。
「……どういうことですか?」
「つい昔の癖で、未知なる言語の解読に心躍っちゃって。その、歯止めが利かなくなったというか。アルトはちゃんと止めてくれたのよ。明日はセラフィーナたちも来るし、そろそろ寝ておかないとマズいよって。それを私がもう少しだけ、って引き延ばして。だからアルトは悪くないの」
セラフィーナから疑いの眼差しを受けたアルトは、必死に頷く。
「ほ、ホントだよ。ラウラの言うとおりだよ。あ、ちなみに夕飯も夜食も僕が用意して、ちゃんと食べさせてるから。睡眠不足は……否めないけど、仮眠は摂らせたから」
「そういうアルトさんは休んだのですか?」
「僕? ラウラの魔法談議に付き合ったり、僕なりに解析を続けたり、ラウラの世話をしたりしていたけど……。ていうか、一夜ぐらいなら寝なくても全然平気なんだよね。仕事で夜の見回りとかもあるし。あ、でも今夜はしっかり寝るから! ホントに!」
最後は言い訳がましい、とってつけたような言葉だったが、セラフィーナはとりあえず頷いた。ここに来たのは苦言を呈するためではない。
「本日の作業が終わったら、二人とも食事をして、今夜はしっかり寝てください。それがお約束できないようであれば、このまま失礼させていただきます」
「わ、わかった! 約束する」
「私も守るわ。ちゃんと規則正しい生活に戻すから」
二人の必死な訴えに、セラフィーナは口元をゆるめた。
「それを聞いて安心しました。……それでは、作業を始める前にエディ様のことで話し合っておきたいのですが」
「話? エディとレクアル殿下に、どこまでの情報を共有するかってこと?」
「そうです。あらかじめ、隠れ家で見聞きしたことはレクアル殿下以外には他言しないよう、誓っていただきました。ですが、どの情報は明かしていいのか、わたくしには判断ができませんので」
「へー。誓いを、ねぇ……」
アルトが面白いことを聞いたとばかりに、エディに視線を送る。だがエディは涼しい顔を崩さない。
それまで黙って聞いていたラウラが「ちょっといいかしら」と口を開いた。自然と三人の視線が彼女に集まる。
「ずっと立たせたままなのは申し訳ないですから、まずは座ってお話をしましょう。ちょうど席は四人分ありますし。今のセラフィーナは保護対象かもしれませんが、ここは宮殿内でもありませんし、アルトは同僚でしょう。ここにいる間は、どうぞ気兼ねなく寛いでください」
「では、お言葉に甘えて……」
エディは空いていた席にゆっくりと腰かける。ちょうどセラフィーナの右隣の位置だ。
「もうご存じかと思いますが、エディ・ダールグレンと申します。あなたはラウラさんですよね。セラフィーナの教育係をされていらっしゃる」
「ええ。ラウラ・コントゥラです」
「あなたはアルトやセラフィーナとかなり親しい仲ですよね。私はレクアル殿下の騎士ですが、今はセラフィーナの護衛として同行を許された身で、客人でもありません。ここは私的な場ですし、私に対して丁寧に接していただく必要はないかと。よろしければ、普段通りの口調でお願いしたいです」
「……本当によろしいのですか?」
「はい。そのほうがセラフィーナも安心するでしょうから」
ちらりと視線が向けられ、セラフィーナは心が読まれたのかと気まずくなった。
(びっくりした……ラウラ先輩が仕事モードになっていたから、ちょっと緊張するなと思っていただけなのに。まさかエディ様に見抜かれていたなんて)
そんなに表情に出ていただろうか。そっと頬に手を当てるが、特に熱の気配はない。
不思議に思っていると、ラウラがにっこりと微笑んだ。
「ご配慮ありがとうございます。堅苦しいやり取りをせずに済んで、正直ほっとしました。あ、でも呼び捨てはさすがに恐れ多いので、セラフィーナと同じように様付けで呼ばせてもらいますね」
「それで構いません」
「……じゃあ、話を戻すわね。まず確認をさせてほしいの。エディ様がセラフィーナの護衛を申し出たのは、何かとトラブルに巻き込まれるこの子の身辺警護のため……よね?」
「はい。つきまといの件や火事の件もありますし、コントゥラ事務次官の失踪で、彼女の外出は危険と判断しました。彼女の外出時の護衛は、レクアル殿下から正式に許可もいただいています。もちろん、あなた方の邪魔をするつもりもありません。私の役目はあくまでセラフィーナの護衛ですから」
「でも、あなたの主人はレクアル様よね。当然、セラフィーナ護衛中の報告も任務の範囲内。……ここまでは合ってるかしら?」
「そのとおりです」
エディが頷くのを見て、ラウラがアルトにさっと目配せをする。アルトは「任せるよ」とでも言うように口元に笑みを浮かべている。
「セラフィーナは口止めして大丈夫だと判断したから、連れてきたのでしょう。だったら答えは簡単よ。交換条件と参りましょう」