表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/148

魔導都市(後)

前半のあらすじ、魔導都市に入った

 城壁の内側は異世界だった、とはさすがに言い過ぎだけれど、王都スィンダインより数世代分は文明が発達しているように見えた。中心部へと延びる街道だけでも街灯が等間隔に配置されたり人々が馬車に乗らずに各々低空飛行する魔導具に腰を掛けて移動していたり。

 それに魔導師として杖を手にした人の比率が学院所在地の帝都よりもはるかに多い。街道沿いの店も遠目で見る限りだとどうやら魔導を学ぶ者を主な客層としているらしく、魔導書や魔導具を売っている店舗が並ぶ様子は壮観だった。


「これはまた、凄いですね……」


 ここでは魔導が生活の一部として定着しているんだ。探求に費やすべき魔導を日常に活用しようとするわたしは比較的理解されている方な公都の中でも少数派だけれど、ここでは当たり前の光景なんだろう。古くから根付いた習慣や風土なのかもしれない。


「そんなに驚くものか? 私にも分かるぐらいこの辺りは観光名所でしかないのに」


 ルデヤのぼやきも何となく分かる。大通りに並ぶ店舗の売り物は、魔導書なら絵本同然に初歩的だし、魔導具なんてお土産にしかならないおもちゃと言って差し支えない。現に客層も商人や立ち寄った旅人、それにまだ駆け出しの魔導師見習いぐらいか。


 ただ、大勢の目に留まる城門近くが初心者向けになるのは納得がいく。おそらくもっと高等な分野、叡智に触れたければもっと専門的に物を扱う店がありそうな裏路地とか、それこそ厳格に秘匿、管理されている図書館にでも行かないと駄目だと思う。


「それは否定しませんが、これだけ多くの魔導師が集う様子は素直に凄いって思いますよ」


 わたしはただ、この世の理の探究者が大勢集ったこの光景に心打たれたんだ。


 さすがに街中で馬車を闊歩させたり飛竜を帯同させるのは難しかったので、わたし達はまだ日が明るいうちに今晩泊まる宿を確保した。ルデヤが自分の立場、つまり聖堂騎士だと隠さないおかげでそれなりに格式のある宿を選べたのは幸いだった。

 手ぶらになったわたし達は休む間もおかずに再び街の中を歩んでいく。値段が張っただけあって宿には警備兵が雇われてたから貴重品以外を預けられたのは幸いだった。最も、魔導で印は打ってあるから盗難にあったところですぐに見つけ出せるんだけれど。


「アタルヤ殿、レティヒェンからの出発はいつぐらいにする?」

「遅くても明後日の朝には。それともルデヤは長居する理由があるのか?」

「いや、私も一晩泊まれればそれでいいぞ」

「マリア殿は?」

「折角なので今日は街を見て回って、明日はここの学院にでも足を延ばしてみます。出発は明後日で問題ないと思います」

「ん、じゃあ買い出しは明日でいいかな」


 案の定アタルヤはあまりこの魔導都市に関心は無いようだ。そもそも彼女の在り方は魔導師ではなく剣士や騎士寄り。己の武芸の足しになる手段として魔導を学んでいるから、いくらより取り見取りだからって目移りするほどでもないのか。

 ただ、暇を持て余すほどでもないらしい。通り過ぎようとしていた大通り沿いに並ぶ店の一つの前で立ち止まると、並べてある剣の一つを手に取った。ただの鋼の剣ではなさそうで、何やら術式が刻まれているようだ。


「それが気になったんですか?」

「いや、実用性も何もない代物だったから逆に気になった」


 アタルヤの掲げた剣に施された魔導は他のおみやげ品と同じようにあまり複雑でも高度でもなかった。それこそそこまで読みに長けていないわたしにも分かるぐらいに。むしろアタルヤが実体化させる武具の方ははるかに優れているだろう。

 なのにアタルヤはどこか嬉しそうにはにかみながら剣を振り上げた。


「この剣ってどんな効果が付加されているんです? アタルヤさんが気になるんですからよほど特殊な術式が?」

「振ると光って音が鳴る」

「……。えっと、何ですって?」

「だから、振ると光って音が鳴る剣なんだ」


 アタルヤは軽く剣を振り下ろした。風を切る音と同時に剣が光り輝いて何だか派手な音が鳴り響く。特にそれ以上何も起こる気配はない。周囲の人達も特にわたし達を気にせずに往来しているし、何の影響ももたらさなかった。

 なのにアタルヤの興味を引いたのか、振り上げや払い、それから突きと、様々に試してみる。それぞれで違う音が流れて色も黄色だったり橙色だったり水色だったりと様々に光った。更に天高く掲げるとより強く白色に輝いて、まるでイヴの光の剣みたいだなんて思ってしまう。


「ちょっとした魔法剣気分を味わえる剣だな」

「……完全におもちゃですよね、それ」

「多分魔導に触れた事もない田舎娘や子供が振るっても同じような効果なんだろうな。持って帰るみやげには丁度いいんじゃないかな?」

「そういうものですか……」


 アタルヤには悪いけれどさすがに実用性皆無な一品には興味が湧かない。ルデヤも同じなのか別の剣や槍を眉を顰めながら手にとっては陳列棚に戻してを繰り返すばかりだった。マルタには目新しいのかアタルヤの手にする剣を眺めて関心の声を漏らしていた。

 次にアタルヤが手にした剣は……刀身も無いただの柄だけ。それはアタルヤが軽く振るった途端に刀身が露わになった。見た感じ柄の中から刀身が伸びていったようだったから、隠し剣とでも言い表せばいいだろうか?


「これは自分の意思一つで刀身を出したり引っ込めたり出来るらしい」

「じゃあ鞘無しで持ち運び出来るって事ですか?」

「簡易的に術式が施されているだけだから、誰の意思でも簡単に操作できるようだな。更に言うとそんな仕組みを構築したせいで普通の剣より耐久性に劣るようだ」

「駄目じゃないですか……。結局は使いようってことですかね」


 それからも次々とアタルヤは剣や槍等の武具を手にしては棚に戻す。涼やかな風が吹く剣、鉄がくっつきやすい盾、弾力のある鎧とか様々な独特な売り物が並ぶ様子はまるでおもちゃ屋のそれだ。実際のところ実戦では役に立たない代物ばかりだし。

 アタルヤが購入したのは光の剣気分が味わえる剣だった。つまり天高く掲げたら光り輝くだけのもの。一番最初に手にした奴と違って音は出ない。アタルヤが言うには松明代わりに便利だそうなので、剣としては何も期待していないようだ。


 最も、当の本人は新しいおもちゃを与えられた子供みたいに嬉しそうに剣を振りかざしたりしているんだけれど。休日を謳歌しているんだなぁって傍から見るわたしにも実感できるぐらいアタルヤは微笑んでいるし。アタルヤが楽しそうで何よりです。


「中々楽しめたな。たまにはこうして欲しい物が何もない状態での買い物もいいものだ」

「気分を害したら悪いんだが、アタルヤ殿は武具を持っていないのか?」


 そんな彼女に向けて疑問を投げかけたのはルデヤだった。

 彼女の指摘通り今回の旅でもアタルヤは一切の武具を持ってきていない。彼女だけを見たならどこかの貴婦人が旅行しているだけにも見えるだろう。最も、肩幅とか腕周り胴回りの肉付きがその推測を真っ向から否定するけれど。

 勿論ルデヤはこの前公都で開かれた大会に参加していたんだから、アタルヤが魔導で武具を具現化させるんだって知っている筈。彼女の問いかけはどうしてわざわざそんな手間をかけるんだって話だろうか?


「わざわざ自分で創り出さなくたってアタルヤ殿に相応しい武具も見つけられるだろう。わざわざ戦いの度に自分で用意する必要があるのか?」

「今はそうかもしれない。だが生前はそんな贅沢は許されなかったからな」


 アタルヤはわずかな間だけ視線をアビガイルに向け、それからマルタに移した。無表情だったアビガイルはわずかに眉を潜ませ、マルタは自分が所持する剣の柄に手を触れた。ルデヤの質問に答える筈なのにアタルヤが向ける視線の意味は一体……?


「私が相手した連中は皆優れた神秘を持つ武具ばかり揃えていてな。鎖帷子や皮の盾なんてバターのように軽く斬られたものでね。あいにくこちら側は武具で彼らに対抗できるほど恵まれていなかった」

「だから破壊されてもすぐにまた出現させられるように武具を魔導で創りだしている、と?」

「水の滴りはいつか岩をも割る。私の剣とはそういうものだ」


 青いドレスのアタルヤは上に羽織る威厳ある外套を翻して次の店へと歩んでいく。ルデヤは自分の武具、特に聖槍に触れてからアタルヤを追いかけていく。思う所があったんだろう、聖堂騎士に相応しい優れた武具を与えられた自分に。

 にしてもアタルヤほどの剣士が武具を何度も取り替えながら戦わなければいけない相手か……。あのイヴですら彼女を相手にしたら純粋な決闘だと勝てるか予想もつかないのに。一体彼女が駆け抜けた戦場ってどれぐらいの魔境だったんだろう?

お読みくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ