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異郷異形異常譚  作者: とりあたま
第一章 赤い大地と朱いトカゲ
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第十四話 白の都に落ちる影

「……でけえ……」


 街道の遥か先に見えた時はちょっと小高い山だと思った。

 しかしそれが城砦だと分かった頃にはその全容は視界に収まるものではなくなり、最外周に差し掛かったら目に映るのはただ壁ばかり。

 それもただの壁ではない。遠目からも一つ一つが視認できるくらいに巨大なブロックをキッチリカッキリ積み上げて造られた白亜の城砦だ。陽光を浴びたらそれは眩しいくらいに白を際立たせ、まるで都全体が輝いているよう。


「一度は見ておけとよく聞くけど、これ程とはねぇ……」

「綺麗……お城が光ってる」

「白すぎて目がチカチカするよ」


 ほう、と溜め息混じりに呟いた言葉も城壁を見上げて細める眼差しも初々しいテレーゼとプリム。対して半目でウンザリとなげやりに吐き捨てるジャネットの落差がどうしてか微笑ましい。


「ずいぶんとのんびりしちゃったけど、やっと着いたわね!」

「そーだね~」


 真新しい山吹色のチュニックと同色の巻きスカート、腰に淡い桃色の幅広帯を締めたカタリナは馬車の荷台に立ち上がり、辛く長い旅の終着点たる城塞を真っ直ぐに見据えて弾んだ声を上げる。

 ポニーテールに結い上げたストロベリーブロンドを煌めかせ、腰に手を当てて背筋を伸ばした佇まいは凛として、これから帰還を果たす彼女の心構えを表しているように見えた。

 いつも通りの間延びした相槌を打つラウラにしても浮かべる微笑みはいつにも増して柔らかく、ようやく日常を取り戻せる喜びを噛み締めているのだろう。

 肩から胸元まで大胆に開いた藍色のワンピースドレスの上に若草色のシルクショールを羽織った姿は、つい先頃まで滞在していた温泉街で磨きあげられた黒髪と褐色の肌の艶を際立たせ、御者台にゆったり腰掛ける様は若さに似合わぬ色香を漂わせていた。

 二人の装いは帰るべき場所へ辿り着いた仲間への餞別として、テルマスの服飾店で新調した物だ。

 アラカンテでマリアを送り届けた際に、あまり見窄らしい姿で家族や恋人と再会させるのは気の毒だと衣服を見繕って以来、仲間を送り出す時は新調するのが慣習となっている。

 その二人の足元は町の外を出歩くには不向きな小洒落た編み上げサンダルなので、今は馬車に揺られているというわけだ。


「おお? 姉ちゃん、イイ脚してんじゃないの!」


 向かい側から歩いてきた茶色い羽毛の大柄なトカゲが、こちらに大きな顔を向けて威勢の良い声を掛けてくる。

 が――。


「こんな往来でナンパしてんじゃねー! そんな暇は無いって分かってんだろ!」

「そりゃねーぜ!? こんなイイ女が目の前にいるのにスルーしろって、鬼かお前は!」

「知るかエロトカゲ! 大体、期日がヤバいのだってテメーがハーレム拵えて姿をくらませてたせいだろうがッ!」

「ハッハー! 非モテの僻みはノーサンキューだ。悔しかったら女の二三くらい同時に善がらせてみやがれっての!」

「俺が女に割く時間も金も無ぇのは誰のせいなんだろうなぁ、ああ?」

「ぐぇっ!? 首! グビは止めて! マジ洒落になんないがらぁぁあっ!」


 ――そいつは背に乗せた青年と喧騒を撒き散らしながら駆け抜けていった。

 その後ろ姿を呆然と見送りつつ、同様に目を点にして彼らを眺めているラウラが目に留まる。彼女のスカート丈は膝下まであるがスリットがかなり深くまで切り込まれており、陽光をほんのり照り返す柔らかくもすらりと伸びた美脚が覗いているのだ。

 あいつはトカゲでラウラはダークエルフ。俺が味わったあの絶望をものともせず本能すらもねじ曲げるとは、只者ではない……!


「剛毅過ぎる、何だあれ?」

「ただのジゴロでしょ。あんなのに捕まっちゃダメよ」


 ふん、と関心無さげにトリーシャは視線を前へ戻すが、俺としては聞き捨てならん事である。


「俺が? 何故に?」

「何故って、さっきのはあなたへ向けての言葉でしょう」

「なん……だと?」


 種族を越えた上に両刀とか、それなんて超越者だよ? フリーダムってレベルじゃねーぞ。修羅道過ぎて俺には到底真似できぬ……無念だ。

 城砦の最外周は東西に巨大な門を構え、来訪者一人一人を検分している。南側に貴族用の専用門があるそうだが、なるほど広い筈の道幅が窮屈に思える程の混雑ぶりだ。緊急時ならば混乱も起こるだろうし、そういった配慮は必須だろう。

 周りの馬車や人の流れに乗って城壁に近づいて行くと、城砦の白とは相容れなさそうなものが見えはじめた。

 街道の脇に建ち並ぶ木や布で作られた掘っ立て小屋の群れ。そこから這い出るように出てきた人々が道行く人々に何事かを呼び掛け、近寄っていく。


「姉さん、これ買わないかい? 小さいけど本物の魔晶石(マナタイト)だよ」

「すまないねぇ、間に合ってるよ」

「見ないうちから断らないでよ。ほら、純度が高いからキラキラしててキレイだろ? ちゃんとした所で加工すれば良いものに仕上がるのは間違いないよ」


 ラウラと並んで御者台に座るテレーゼに犬人族(コボルド)の少年と少女が駆け寄り、携えた布袋の口を開いて中身の売り込みをはじめた。

 行商隊の女主人とでも目星をつけたのだろう。パーティリーダーなので見立ては正しいが、前提が誤っている。

 当然、交渉など始まるはずがないのだが、人のよさからはっきりと断れないテレーゼに二人は必死で食らいついている。


「光が当たる所があれば、影も然り……か」

「ここのは一際大きいね」


 俺の呟きに応じてぽつりと言葉を零したジャネットは、薄汚れた衣服を纏った二人に向けた目を寂しげに顰めた。


「どうした?」


 その面差しが今までになく感傷的に思え、つい尋ねていた。

 するとジャネットはハッとしたように一瞬だけ目を丸くすろると、未だ根気強く馬車と並んで歩く二人を見てふ、と寂しそうに微笑む。


「ん……兄貴、どうしてるかな、て」


 彼女の言葉を受けて再び二人を見るが、片やピンと立った三角形の耳と片や大きく広がったパピヨンのような耳、こげ茶色の毛と明るい栗毛、顔立ちも全く似ていないので兄妹ではないだろう。しかし寄り添って共に歩く姿には絆という言葉を想起させるには十分だ。

 ふと十年、もうすぐ十一年前になろうか、何の前触れもなく忽然と消えてしまった妹の姿が脳裏を過った。


「あたしは物心ついた頃からこういう所で暮らしててさ、兄貴と一緒にああいう事を毎日やってたんだ」


 仲間たちが故郷の思出話を語り合っていたとき、ジャネットは我関せずといつも一人逸れていた。最初にアストリアスの出だと述べた以外は身の上を語ろうとせず、馴れ合うのを避けていたように思える。

 今もそれ以上言葉を次ぐ事なく、結局断りきられてとぼとぼ去っていく二人の小さな背中を静かに見送っていた。

 これまで訪れた大きな街、特に州都と呼ばれるような都市にはこういう場所(スラム)が必ずと言って良いほど形成されていた。

 どんな社会でも貧富の差というのはどうしたって発生してしまうものだし、街の規模が大きく、人口が増えれば全体から見た割合は変わらずとも数はどうしても増えてしまう。

 そしてこの国は南部に大きな問題を抱えており、住む場所を失った人々が難民となって北部へ流れてきている。

 これだけ大きな都市だけど広大な地域から集まってきた人々を収容しきれるだけの余裕は無い。行き場の無い難民がテントや粗末な小屋に寄り集まって雨風を凌いでいるのが、目の前に広がるスラムの正体だ。

 門が近付くにつれて検問待ちが渋滞を作り、なかなか進まない行列に焦れること一時間程度。


「何か変な空気ね」

「うん。やけにピリピリしてる……」


 身元や荷物を検める兵士や役人の人数が今までになく多い事もそうだが、一様に険しく引き締めた表情と鋭い眼光がどんな些細なものでも見逃さぬとばかりに重く張り詰めた空気を作り出していた。

 王都だけに警備も厳重なのか、と思っていたが住民の二人が怪訝そうにしているのでそういうわけではないらしい。

 別に疚しい事もないのだけど、こう変な空気だと何故か緊張してしまう。


「通行証を」


 ようやく順番が回ってくると、胸当てや額当てといった部分的な防具を身に着けた役人の男が早速応対を始める。

 何人くらいを相手にしたのか分からないけれど、極めて事務的なその口調の裏に深い疲労感が潜んでいるような気がして何故か同情したくなる気分になった。


「何だか物々しいねぇ。何かあったのかい?」


 全員分の通行証を手渡しながらテレーゼは何でもないように尋ねる。

 元から肝の据わった奴だったけどこの半年、大所帯を纏める間に場数も踏んで、ゆったり構える姿はずいぶんと様になったものだ。俺なんてすっかり空気に呑まれちまってるのに。


「あ……あー、いや。大した事じゃないですよ、ちょっとした面倒事が……」


 そんなテレーゼ纏う空気故か、厳めしく強張らせていた男たちの顔が途端にだらしなく解けていく。気持ちは分からなくはないが、いい歳した中年男たちが色香に中てられて顔を赤らめる様はなんだか情けなくて涙が出るわ。

 そんな助平どもだったが、通行証を何枚か捲ったところで途端に表情が凍りつかせた。


「ジャネット・ミルズは君か?」

「え? そう、だけど……」


 唐突に名指しされたジャネットは、戸惑いながらもいつでも動けるように僅かにスッと腰を落とす。

 俺とトリーシャも彼女の両側から前へ身体を割り込ませて警戒感を強めると、役人の男は「ああ、早合点しないで」と慌てたような声を出した。


「君をどうこうしよう、という訳ではないんだ。ただここ最近、厄介な事が起こっていてね。用事が済んだら早々に街を出ることを勧めるよ」


 彼の言葉に俺たちは互いの困惑した顔を見合わせ、申し合わせたように視線が一斉にテレーゼへと集中する。

 それに対し彼女は一拍ほど間を置いて小さな溜め息を吐いて役人を見据えた。


「どういうことだい?」

「詳しい話はここでは……貴女がたは冒険者ギルドに登録されていますので、詳細はそちらで尋ねてください」


 あまり大きな声では言えない、ということか。

 ここで問い詰めたところで後ろの渋滞が酷くなるだけなので「分かったよ」とテレーゼは素直に応じて城門へと足を進める。

 荘厳な岩のトンネルを抜けた先には、広場かと見紛う広々とした目抜通りと、華やかで活気に満ちた街並みがあった。

 道の広さは多分、日本の道路と比較すればそれほど大きなものとは言えない。地方都市の駅前大通にも及ばない程度だろう。しかしそこを埋め尽くす人混みと往来する馬車や大柄な動物たちが生み出す喧騒は、アスファルトの道路に犇めく排気音の合奏とは違った生の息吹を肌で感じることが出来る。

 本来ならばこの光景に圧倒され、ここへの思い入れが特に深いカタリナが得意気に街の案内を始めてくれたことだろう。しかしつい先頃、出鼻を挫かれたばかりだけにテンションを上げていた彼女も今は微妙な面持ちで灰色の猫娘の様子をチラチラと伺うに留めていた。

 城門へたどり着く前の浮わついた空気を失った俺たちの足は、立ち並ぶ店屋にもそこから漂う食欲を誘う匂いにも構うことなく冒険者ギルドへと向かう。

 王都は三重の城壁を備えており、防衛を考慮してか目抜通りもすんなりとは次の城門へ繋がっていない。


「一番外側の城壁は拡張された新市街を守るために造られて、五年ほど前に完成したばかりなのよ」


 とは、街を歩いているうちに調子を取り戻したカタリナが語った言葉だ。

 そしてこの街の冒険者ギルドも元は二番目の城壁の内側にあったのだが、新市街が計画された時に移設されたそうだ。その建物は今まで訪れた中でも最大級の規模で、芸術の都の謳い文句に負けぬスパニッシュ様式の美麗な建物群の中にあって四層構造のそれは文字通り頭一つ飛び抜けていた。

 全幅もかなり広いこの建物の玄関には『冒険者ギルド・エスぺリア本部』とエンボス加工で描かれた金属プレートが掲げられ、大きな扉が開け放たれたそこは多くの人々がひっきりなしに出入りしている。

 まずはいつも通り、依頼された輸送物をギルドへ引き渡す作業から始める。


「何だこれ? 中で何かが腐ってるのか?」

「は、話には聞いていたけど……おぅぇっ」


 今回運んできたのはテルマスの特産品の一つ、硫黄だ。

 詰め込んだ樽の防臭処理は特に厳重に行ったが、それでも漏れ出す異臭は完全に防げるものじゃない。長く滞在して鼻が慣れてしまった俺たちはともかく荷物の確認と積み降ろし作業を行っている職員たちにはやはり辛いらしく、次第に顔が青くなっていく様は少々気の毒だった。


「ちょっと聞きたい事があるのだけど、いいかしら?」


 硫黄の詰まった樽を降ろし終えて一息吐いている職員たちに話し掛けるのはカタリナ。

 臭いにやられた彼らは億劫そうだが、太陽を思わせる朗らかな笑顔の美人に呼び掛けられて悪い気はしていないようで、「なんだい?」と優れない顔色ながらも笑みを浮かべて応じている。


「城門で厄介な事が起こってるって聞いたのだけど、何があったの?」


 そうカタリナが尋ねると、彼らは「ああ……」と表情をやや曇らせた。


「このところ女性ばかりを狙った殺しが立て続けに起こっていてね、多分その事だろうな」

「殺し?」


 カタリナの笑顔も途端に曇り、彼らに続きを促す。


「なんでもやんごとない身分の方も襲われたって噂でね、街中がピリピリしてるよ」

「衛兵だけじゃなくて近衛や王立騎士も犯人探しに動員されてるって話だし、貴族たちも領地から私兵を呼んで屋敷を守らせてるって噂もある」

「犯人の特徴は?」

「それがさっぱり。何でも目撃者は例外なく殺されてるんだと」

「被害者の殆どが拷問されたみたいに甚振られて殺されていたって事だけど、目撃者と思われる被害者は無駄なく一撃で殺されているらしい」


 甚振って殺すとか、エグ過ぎる……そんなのが跋扈している街にカタリナとラウラを置いて行くのはとんでもなく不安なんだが。


「なあ、カタリナ」

「何?」

「事が治まるまで街を離れてた方がいいんじゃないか?」


 俺の提案にカタリナは顎を指で撫でつつ、難しい顔で考え込む。


「カタリナ、お迎えが来たわよ!」


 しかし彼女が口を開く前に、建物の通用口から出てきたトリーシャの呼び掛けで思考は中断された。

 それを聞いたカタリナは小さな溜め息を一つ吐くと、柔らかい微笑みを向けてくる。


「外が安全って訳でもないし、今までだって物騒な事がなかった訳でもない。こういうのは割りきるしかないわよ」

「でもよぅ」

「私だってそれなりに経験したんだから、前みたいな目には遭わないって。それにあんたの場合、他人の心配よりも自分の事を心配なさいな」


 そう言われては返す言葉がない。

 このところ俺は体調が優れず、テルマスでは予定外にも一月ほどの逗留となってしまった。

 溜まった旅の疲れがどっと出たのだろう、と仲間たちの恩情に甘えて休養させて貰ったが、そのせいで王都を目前にカタリナとラウラにはお預けを食わせてしまったのだ。


「さ、行きましょ」


 スカートと帯をふわりと翻してカタリナは踵を返し、すたすたと歩いていく。

 胸のうちで蟠る不安は凝りとなって訴えかけてくるが、彼女の言うことが尤もだと理解出来るだけに歯痒くなる。よりにもよってこんな門出の時に、と既に死んでいるらしいこの世界の神様へ愚痴を投げつけて俺もカタリナの後を追った。

 通用口から建物に入りロビーへ戻ると、その一画は異様なまでにピリピリと張り詰めていた。

 この緊迫した空気の発生源はテレーゼらしく、眦を吊り上げて口元を引き締めた険しい表情から相当機嫌が悪そうだ。そんなリーダーの珍しい様子に俺とカタリナは顔を見合わせ、怖ず怖ずと進み出る。


「お、おお! カタリナ君、無事だったか!」

「ブルック部長!」


 そんな空気を拭い払うように大きく太い声が上がり、 声の主らしい丸っこい体形の壮年の男にカタリナが駆け寄った。

 部長ということは結構な上役であり、それなりにどっしりと構えた風格を漂わせている。何処ぞの支店長の娘というのは聞いていたが、まだ二十二の小娘を出迎える役としては少々過ぎた人物ではなかろうか。


「よくぞ帰ってきてくれた!」

「ご心配をお掛けして、すみません……」

「いやいや、こっちこそ探し出してやれんでスマン。君だけでも無事に帰ってきてくれた、それで十分だよ」

「え……、私、だけ?」


 虚を突かれたようなカタリナの力ない呟きを誤魔化すように、ブルックと呼ばれた親父はわざとらしく咳払いをする。


「詳しい事は落ち着いてから話そう。それよりも今はご両親を安心させてやってくれ」

「あ……」

「君の復帰最初の仕事はフェレイラの奴に気合いを入れる事としよう。あいつは今、脱け殻のようになってしまって全く役に立たなくなっているからな、やってくれるね?」

「は、はい!」


 おっさんの言葉に元気良く応えたカタリナは振り返り、ひとつ大きく深呼吸をして俺たちを一人一人見回した。


「みんな、ここまで連れてきてくれてありがとう。ホント言うと、ここにはもう帰って来れないと思ってた……あ、でもしばらくはこの町に居るよね? このままお別れっていうのは寂しいし、ちゃんとお礼もしたいんだ」


 しんみりしそうになる空気を嫌ったのだろう、カタリナは明るく弾んだ声で語り掛けてくる。

 でもそれに応える声は上がらず、いつもとは全く異なる重い雰囲気に俺とカタリナは困惑気味に顔を見合わた。それからトリーシャ、ラウラ、プリムの気まずそうな表情を見比べた後、やや青褪めて思い詰めたようなジャネットの顔に気付き、問い掛けるようにテレーゼへ視線を向ける。

 するとテレーゼもまた気まずそうな苦笑を浮かべ、小さな溜息を零して口を開いた。


「ごめんねぇ。本当はもっと明るく祝福して送り出したいところだけど、どうしてもそういう気分になれなくてね……」


 そう言って瞼を閉じ、三拍ほど置いて大きく溜息を吐き出すと瞼を開くと、いつもの緩い雰囲気は欠片も感じさせない引き締まった顔で俺たち二人を見据える。


「どういうことだ? まさか、このおっさんが変な事でも――」

「え? いや、そういうことじゃないから! そこは安心していいよ」


 ギロ、とブルックを睨みつけると、テレーゼが慌てて止めに入った。

 彼も俺が向けた剣呑な目に鼻白み、手と首をぷるぷると横に振って疑惑を否定している。


「紛らわしいなぁ。じゃあ何だよ?」

「うん……城門での事をここの職員に問い合わせたのだけど、妙な事に巻き込まれちまってね」

「妙な事?」


 テレーゼはチラリと視線を俺とカタリナから外し、ジャネットへと向ける。その目は気遣いと憂いの色が窺え、それを言うべきかどうかを迷っているように見えた。

 しかしそれも数秒の事、すぐに視線を戻したテレーゼは意を決して口を開く。


「今、この街で女性ばかりを狙った連続殺人が起こっていてね」

「ああ、さっきそこで作業中に聞いた」

「その狙われた女性ってのがね、みんな『ジャネット』なのさ」


 ガンッ、と頭をハンマーで殴られたように視界が暗くなりチカチカと明滅した。

 同時に左腕の肌がざわりと粟立ち、疎らに生えた朱い羽毛が苦痛の記憶を呼び覚ます。

 まさかアイツの仕業……いや、幾らなんでも距離が離れすぎている。野盗の頭らしいし、あんな連中を引き連れていたら速攻で捕縛されるに決まっている。

 道中もずっと警戒していたけれど、結局噂すら聞かなかったし、考えすぎか……あの時の恐怖感は中々拭えないからなぁ。


「なるほど。それじゃ長居は出来ねーな……」

「そうね……ちゃんとお礼したかったのだけど、そういう事なら仕方がないね」


 しゅん、と尻尾を下げて落ち込むカタリナには本当に気の毒だ。

 俺としてもラウラと二人、道中を明るく盛り上げてくれた彼女らとこんな形で別れるのは不本意だし、残念という他ない。


「それがそういう訳にもいかなくなってね」


 しかし言葉を次いだテレーゼの声には苛立ちが篭り、俺たちは三度顔を見合わせた。


「この街に居る冒険者ギルド登録者は全て、この事件の犯人を捕縛するよう王宮から命令が下された。そしてこの子には囮として協力するようギルドから指示されたのさ……拒否は認めないってさ」


 内側から湧き出てくる感情を吐き出すように大きく息を吐くテレーゼ。彼女が手を置いたのは、青い顔を俯かせて茫然自失しているジャネットの肩だ。

 その言葉を最初、理解する事を頭が拒んだが、次第にそれが染み込むように理解が進み、同時に頭から血の気がス、と下がっていく。


「……はぁ!?」


 俺とカタリナ、二つの叫びはキレイに重なり、広いロビーに屯する人々の鼓膜に甚大な被害を齎した。

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