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異郷異形異常譚  作者: とりあたま
第一章 赤い大地と朱いトカゲ
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第十三話 異世界の湯煙旅情 2

 俺とジャネットの悲鳴が宿の中庭から上がらなくなった夕暮れ時、街へ工場へと散っていた仲間たちもそれぞれの役目を終えて宿へ帰ってきた。


「やー、参ったよ。この街ってば宿屋ばっかりなんだもの」

「そりゃ温泉町だもの」

「姉さん、呆けるの早くない~?」


 木の廊下をバタバタと駆け抜けていく牛と耳長は他の客やら従業員の迷惑を考えるべきだと思う。

 この世界に湯治という文化があるのかどうかは知らないが、観光客を相手にした商売が主だっているのは街をざっと見た感じでも分かる。

 今回選んだこの宿も小さいながら小綺麗に整えられており、他所ならばそれなりの宿泊費を要求されそうな所だ。しかし競争相手が多いためか意外なほどリーズナブルなお値段設定となっている。


「さて、それじゃ温泉とやらに行きますか」

「カタリナ、臭いは大丈夫なの?」

「……ここまで来て入んなかったら、今日一日何のために耐えたのか分かんないじゃない」


 ググッ、と拳を握り込んだカタリナはそう呟いたのだが、それではただの我慢大会ではないか。温泉は楽しみ、癒されるものであって……いや、俺にとっては温泉には付き物のフレグランスでしかなくとも、彼女にとっては催涙ガスにも等しいに違いない。でなければあんな悲壮感に満ちた表情なんて浮かべないだろう。


「なんでもいーからもう寝たい。疲れた……」


 こってり絞られたジャネットはソファにもたれ掛かってぐったりしている。

 俺? 喋る気力も残ってないよ。


「まったく、だらしがないわね。そんな疲れなんて温泉に浸かって一晩眠ればスッキリとれるわよ」


 そして俺たち二人を纏めて叩きのめしたお嬢は疲れなど欠片も見せない。さすがだ、無駄に脳筋じゃないな。

 などと不届きな事を考えていたらギロッと睨まれてしまった。トカゲの表情とかどうやって見分けているんだろう、解せぬ。

 暫くして戻ってきたテレーゼとラウラを伴い、俺たちは風呂へと向かう。

 風呂は建物の裏手に温泉を引き込んだ露天風呂で、控えめな建物とは打って変わってかなり広い空間がもうもうと立ち込める湯気を収めて待ち構えていた。

 周囲は高い木の壁で囲まれているが閉塞感は薄く、銀色と黄色の二つの月が瞬く星々を引き連れて冷たく輝く空の広さがただ圧巻で溜め息が零れるばかり。壁に掛けられたマナ灯のぼんやりとした灯りがいっそ余計とすら思えるほどに、いつまでも眺めていたくなる宵の空があった。

 見事なものだ。こじんまりと纏める日本のそれとはやや趣は違うが、自然に抱かれるようなこの開放感は心身に澱んだものをすっきりと洗い流してくれるようだ。


「すっごーい! 見て見て! お湯が池になってるよ!」


 声に誘われて視線を下げると、岩で囲んで作られた浴槽を覗き込んでプリムがはしゃいでいる。

 普段はいつも何かに怯えて縮こまり、声も抑えて話しているあの子がこれほど明るく弾けている姿ははじめて見たかもしれない。


「床が滑りやすくなっているから、あんまりはしゃいでいると転んじまうぞ」

「……ホントだ、ぬるぬるしてる。ねぇ、どうしてお湯が白くなってるの?」

「温泉には色んなモンが溶け込んでるんだ。少し飲むくらいなら問題ないが、飲み過ぎると腹下すから気をつけろ」

「はーい!」

「ああ、待て待て。先に身体を洗ってから入るんだ」


 岩風呂の縁を乗り越えようとするプリムを脇から抱きかかえて洗い場へと運んでいく。

 こっちの世界に日本の大衆浴場でのマナーを持ち込むのは拙いかもしれないが、やっぱり洗わず入っちゃダメだと思うんだ。

 さて洗おうか、とサウナっぽい個室近くの適当な場所を陣取ってみると壁に見慣れた、だが久方ぶりに見る物体が掛けられているのに気付く。

 これはまさか……、と先端が丸く、太くなった特徴的な形のソレを掴み、ソレから伸びたホースの根元辺りに設置された宝石に触れてみる。


「ほわっ!?」


 勢いよく降り注いだお湯にビックリしたプリムが咄嗟に瞼を閉じて俯いた。

 なんと、やっぱりシャワーだったか! 今まで訪れた街は水が貴重だからと縁遠いものだったが、あるところにはあるものだ。ますますこの世界の文明レベルが分からなくなった。

 石鹸と一緒に置いてある陶器の瓶を手にとって傾けると、トロリと粘質のある乳白色の液体が手のひらに零れおちる。そして立ち上る爽やかな香草の香り、間違いなくシャンプーである。それをぐっしょり水を含んだプリムのおかっぱ頭に含ませ、泡立てて髪全体に行き渡らせる。

 プリムの髪は出会ってから今まで水浴び程度の洗髪しかしてこなかったので、汚れが結構すごいことになっている。シャワーで濯ぎ落とし、シャンプーで泡立てて、と三回繰り返す。最後にもう一本の陶器瓶からリンスと思われる液体を垂らして髪に馴染ませるとひとまず終わりだ。

 と、そこまでやった所で他の五人がやたら興味深そうにこちらをガン見していることに今さら気づいた。


「な、なんだお前ら?」

「いやぁ、ずいぶんと手慣れているなぁ、と思ってね~」

「変なトカゲだとは思っていたけど、これほどとは……」

「良い匂い……これってそうやって使うものだったのね」

「プリムの髪がキラキラしてるよ……」

「ちょっとお姉さんにもそれを教えなさいな。プリムの後で良いからさ」


 拒否を許さない牛の笑顔から察するに、これは全員分やらされるに違いねぇ。重労働だ、なんてこったい。


「じ、じゃあ先に体を洗って湯船に浸かってろ。あ、髪を湯船に浸けるなよ」


 そう言ったが五人は何故か行動に移らない。

 何故? と思ったら、どうやら体の洗い方まで見学するつもりらしい。タオルを石鹸で泡立てて身体の垢を擦り落としていくだけだが、何やら数名からは感心するような溜め息が零れている。


「おし、終わり。湯船にゆっくり浸かってな」


 リンスと身体の泡を濯ぎ落とし、仕上げに洗顔してやると髪や肌に手を触れて不思議そうにしている。

 微笑ましい仕草だが、割と冷えてきている最近の夜風に濡れた身体を晒したままなのは宜しくない。


「早く行かないと湯冷めして風邪引くぞ」

「あ、うん。レン、ありがとう!」


 にぱ、と無邪気な笑顔を咲かせたプリムの頭を撫でてやると、彼女は岩風呂へ小走りで駆け寄り、縁を乗り越えて身を沈める。「ふわぁ~」と心地良さそうな声からしてご満悦のようだ。

 さて、プリムが湯だる前に他の連中を済ませるか。



「なるほどねぇ、こりゃあ気持ちがいいわ」

「サウナとか水浴びで十分って思ってたけど、全然違うんだ」


 湯船に浸かったテレーゼとジャネットは髪や肌を撫でながら頬を緩ませているが、カタリナは両手で掬った白い湯を険しい顔で見詰めている。


「どーしたの?」

「いや、なんていうか……この臭いよりも自分の髪の方が凄かったのに気付かなかったのがちょっとね……」


 プリムの問い掛けにふ、と切なげに眉根を寄せるカタリナ。

 うん、香水とか汗とか色々混ざり合った髪の臭いはなんていうか、色々と凄かったデス。おまけに髪が長いから洗うのが大変だったよ。

 でもその甲斐あってか頭上に纏めた赤みが強い金髪(ストロベリーブロンド)は、湯煙の中でもはっきりと分かるくらいに輝き方が違って見えた。


「すごいよねぇ、手櫛で全然引っかからないんだもの」

「ええ。あのシャンプーとリンス、大々的に売り出せばきっといい商売になるわ」


 おお、なんか知らんが気炎が燃えている。


「あー、そういえばエスペリアだとあまり売ってないよね~」


 しかし燃え上がっていたカタリナの商売魂はラウラの何気ない呟きに儚く揺らいでしまった。


「へ? それってどーいう……」

「レムリアだと普通に売ってるんだけど、こっちは水が貴重だから湯浴みの習慣があまりないでしょ~? だから香油とか香水で誤魔化すのが主流になってるんだけど、私は実家から送ってもらってこっそり洗ってたのよね~」

「じゃあ髪を短くしてる理由って」

「水の量を減らすためよ~。レムリアに居た頃は長く伸ばしてたから切る時は随分迷ったし、悲しかったわぁ」


 苦笑しながらしみじみと語るラウラの言葉をぽかーんと口を半開きにして聞いていたカタリナだったが、ハッと何かを思い付いたようにトリーシャへと視線を向ける。


「……ヴィグリードでも普通に売っているわ。お風呂なら大衆浴場があるし、一般家庭だとシャワーが普及してるから……」

「そういえばアストリアスでも粉シャンプーっていうのを売ってたわ」

「どんだけ遅れてんのよエスペリア!?」


 そーいえば以前、トリーシャが「この辺は田舎」って言っていたよーな気がするなぁ。


「あのシャンプーとリンスは八雲の物ね。民生品にしては香りの配合が絶妙だわ、さすがね」

「こっちであれらを売るなら、まずは水の問題を解決して湯浴みの習慣を根付かせる必要があるわね~」

「先は長いってことね……」


 すっかり意気消沈してしまったカタリナは不貞腐れたように湯に沈んでいく。身体を洗う前は散々臭いと喚いていたのに、慣れれば慣れるもんだ。

 んで三助をやらされた俺は疲れて暫し休憩中だ。

 今から全身の羽毛を洗うと思うと激しくダルい。しかし風呂への欲求は些かも衰えず、むしろ浸かって疲れを落としたい。


「レン~、洗わないの~?」


 岩風呂の縁を抱き抱えるように半身を乗り出したラウラが尋ねてくるが、どう答えたものか。

 もうこのまま湯船に沈みたい気分だが、プリムに洗って入れと言った手前、そういうわけにはいかんし。


「あれ使ってみたら?」


 トリーシャに促されて指差す先へ視線を向けると、そこにはサウナらしき個室がある。

 蒸し風呂かぁ。でもトカゲって汗を殆どかかないから暑いのは正直辛いんだよなぁ。それに羽毛の汚れだって洗い落とすわけじゃないから、キレイになるとは言い難いし。


「全自動、トカゲ洗濯機……は?」


 しかし看板に書かれていた文字は予想していたものとは遠くかけ離れたものだった。


「あ、そーいえばトカゲが湯に浸かると汚れて仕方がないってギルドの人が言ってたよね」

「注意書きがあるね……『羽竜族の方はこちらで汚れを落としてからご入浴ください』だって」

「こんなの書いたってトカゲの殆どは文字を読めないんだから、意味が無いんじゃないかねぇ」


 湯船から上がってきた連中がサウナ改め洗濯機にわらわらと集る。


「使い方はとっても簡単、中に入って手摺に掴まっていれば全身を自動でキレイに洗ってくれます。へぇ面白、じゃなくて便利だね~。やってみようよ~」

「……おい」


 わざわざ言い直したけど、切れ長で一見涼やかなアイスブルーの瞳を大きくキラキラ輝かせるその顔は本当に隠す気があるのか非常に疑わしい。

 いや、好奇心に満ち溢れているのはラウラだけではない。プリムはもう見るからにワクワクした表情を咲かせているし、トリーシャは澄ました顔ながら離れる様子が無い。尻尾のある奴らに至っては顔を見るまでもない!


「トリーシャにあんだけ扱かれたんだから、疲れて洗うの面倒なんだろ?」

「使ってみたらいいじゃないか。危ないものだったら、こういう所には置かないはずだよ」

「わーったよ」


 そう答えて渋々扉を開けると、中は思ったよりも狭かった。俺一人だと少し余裕はあるが、他に誰か一緒に入れるだけのスペースはない。

 そして壁の両側にはベージュ色に塗装された太いパイプが一本ずつ、腰の高さに設置されている。これが手摺に違いない。

 それを握りながら奥まで進んでいくと背後で扉が閉まり、がちゃん、とロックされたような音が聞こえた。


「お、おい。何だ今の?」


 回頭しようにも狭すぎて動けず、仕方なく首だけ後ろを振り向けば扉に取り付けられた小窓からあいつらの笑顔がぼやけて見える。

 嫌な予感がする、ていうか嫌な予感しかしない。


「おいコラ! 開けんかぁ!」


 尻尾でビタン、ビタン! と何度叩いても扉はびくともしない。


『注水ヲ開始シマス』


 そして平坦なアナウンスが頭上から降ってきたと思いきや、左右の壁に幾つかの穴が開いてそこからお湯が流れ落ちてきた。


「レンって小柄だから、あんまり入れなくても大丈夫だよね?」

「ダメよ。少なかったらちゃんと洗えないかもしれないじゃない」

「入れすぎたら溺れちゃわないかな?」

「根性でなんとかなるでしょ」


 扉と壁、それと落水の音で誰が何を言っているのかよく分からないが、不吉な内容というのは何となく分かった。

 お湯は見る間にその嵩を増してゆき、胴体がすっかり浸かった所で湯が止まった。


『洗浄ヲ開始シマス。手摺ニシッカリ掴マッテ下サイ』


 続いて告げられたアナウンスに従い壁のパイプを掴む――と、掌からマナが吸い上げられる独特の感覚を覚えた。

 何だ? と反応する間もなく湯に動きが生じ、流れは次第に大きくなって渦を巻く。そして流れる水面には何故か泡も立ち始めていた。

 渦を巻いた水流が生み出す力は結構なもので、手摺をしっかり掴んだ上でも流されそうになるほど強い。その回転は数秒毎に逆へと向きを変え、流れに耐える四肢の力をガリガリと削り取っていく。

 その様はまさに洗濯機。

 本当にこれは何の罰ゲームだ!? どう考えてもお笑○ウル○ラク○ズのノリじゃねーか! 外に出たら「聞いてないよ!」とか「訴えてやる!」とか騒がなきゃならんのか!? 相方が二人足らんぞ!

 もう何処から突っ込んでいいやら分からんが、とにかく作った奴はトカゲに相当な恨みがあるとしか思えねえ! 

 水流に翻弄される身体を留める四肢の、特に何もサポートが無い足の踏ん張りがかなりヤバイ。お湯に混ぜられたシャンプーが足と床の間に入り込み、ふとすれば刈り取られてしまいそうな危機感がある。

 ここでコケたらどうなるか、考えるまでもない。ヒトは膝程度の水深でも溺れるのだ。今はヒトじゃないけど、溺れたら死ねるのは変わらんだろう。

 そろそろ本気で生命の危機を感じ始めた頃になって、水流がようやく落ち着き始めた。


「はぁ、助かった……」


 溜息を吐いて水面見下ろすと、なかなかすごい感じに湯が黒く濁っている。なるほど、こりゃ風呂屋も愚痴るわな。


『排水シマス。足元ニゴ注意下サイ』


 アナウンスが流れた後、その濁った湯は底に開いたらしい穴から排水されていく。それが完全に穴へ消える頃、扉から出たら開口一番何を言ってやろうかと考えていると――。


『注水を開始シマス』


 ――再び流れたアナウンスに耳を疑った。

 そして先程同様、密室に注ぎ込まれる大量の湯。それが溜まるのをただ呆然と見詰め、さっきと同じ程度まで水位が上がったところで注水が止まる。


『濯ギヲ開始シマス。手摺ニシッカリ掴マッテ下サイ』


 流れたアナウンスに妙に納得してしまった。

 そうだよな、『洗濯機』なんだから洗ったら濯ぐよなぁ。でも俺のライフは風前の灯なんですががが――。


「レーンー、だいじょ~ぶ?」


 何とか溺れずに済んだが、もうヘロヘロだ。

 湯が引いてやっと開いた扉から出てこれたが、お約束を飛ばす気力もない。

 本来なら頭や首も洗わなければならないのだが、もうそんな事はどーでもいい。とにかく休みたい。

 平らな石を敷き詰めた床を這い、岩の縁を乗り越えて頭からダイブ。盛大に飛沫が上がったようだが、知るもんか。


「ぶはぁ!」


 お湯から顔を出し、思いきり首をブルブル震わせて水気を飛ばす。

 周囲からは非難の声が次々上がってくるが、知らん顔だ。大人げない? ほっとけ。


「ったく、酷ぇ目に遭ったわ」


 頭を岩の縁に置き、背を縁から床へ仰向けに寝転がるように預けて一息吐く。大きく開いた顎から体内に溜まった熱が放出され、一緒に疲労も抜けていくような虚脱感が気怠くも心地よい。


「何のリアクションもないとか」


 しかし追うように湯船へ腰を沈めた脳筋お嬢のつまらなそうな面が、そんな心地よさを台無しにしてくれる。


「そんな余裕なんかねーよ。昼間の稽古からこっちで精も根も尽き果てたわ」


 ぶっちゃけた話、もうこのまま寝てしまいたい。すぐ間近からじとー、と粘っこさを覚える視線の矢を突き刺してくるが、気にするのも億劫だ。

 どんなにヘロヘロになっていてもハイテンションのリアクションを繰り出す伝説のリアクション芸人はマジで偉大だと痛感する。


「あっはははっ、もうそれくらいにしてやりなよ」


 そんな微妙な空気をハリセンで弾き飛ばすような豪快な笑声を上げながら、テレーゼがトリーシャの背後に腰を下ろす。


「あ、そうそう。レン、さっきの洗濯機なんだけどね」


 そのテレーゼはやや太めの眉を八の字に歪めて困ったような笑顔を形作り、如何にも言い辛いような空気を纏っていた。

 何かまだあるのだろうか? まだメニューが残っているとか、そんな話だったら聞きたくねーし、あったとしても絶対にやらねー。俺にはあの御仁の真似事はハイレベル過ぎる。


「本当は座って使うものなんだってさ」


 …………なんですと?

 完全に脱力していた頭と首はまるで油が切れた機械のようにギリギリと軋みながら二人の方へ向く。

 と、剥れ面のトリーシャはよく見れば小さく震えており――。


「…………ぷっ」


 ――ついに耐えきれずに吹き出しやがった……!

 やられた……疲れた頭じゃ深く考えられなかったけど、コケたら溺れるような危険な施設をこんな所に設置するはずがないなんて、当たり前の事じゃないか。

 急かされるままに入ってしまったけど、注意書きは自分の目でキッチリ読むべきだった!


「くっ……くぷぷぷぶ……っ」


 それはそうと、こいつはどうしてやろうか……。

 忍び笑いを隠せなくなり顔の半分を湯に沈めているが、肩の震え方が大きくなってるし顔は紅潮して歪んでいるし腹が立つ。

 しかしなんだ……こいつ、何気に胸でかいな。

 普段は白く染めた胸当てを着込んでいるからあまり意識した事はなかったが、Dカップくらいはあるんじゃないだろうか。

 引き締まっていながら女性らしい丸みは失わず、まさしく出るところは出て引っ込むところは引っ込むをという言葉を体現している。背後のテレーゼに比べると母性や艶といった面では全然及ばないが、若さ特有の瑞々しさと健康的な色気は申し分ない。

 他に目を惹くのはカタリナとラウラか。

 カタリナは胸元こそ控えめだけど、腰付きや太ももの肉付きにえもいわれぬ色香が漂う。ラウラにからかわれてジャネットと同レベルな子供っぽさを見せるけど、改めて見ればちゃんと大人の女性らしさを備えているのだな、と思ってしまう。

 そのラウラはといえば、まだ随所に硬さが見られるがテレーゼに次ぐグラマラスな身体付きをしている。加えて仄かな灯りに照らされる褐色肌とそれが浮かべるボディラインはなんともいえない艶かしさを醸している。

 プリムとジャネットは今後に期待ってトコロだな。膨らみかけとかつぼみとか、そういうワードに惹かれる紳士にとっては今が旬かもしれんが俺には分からん。

 ……いやいや、待て待て。分からん、じゃねーや。何を悠長に女体レビューなぞやっとるか。

 今の今まで何の疑問もなく一緒に風呂場に入って、三助やって、お笑○ウル○ラク○ズやらされたけど、俺は何故堂々と女湯に居るんだ?

 トリーシャとテレーゼへ視線を戻す。

 長湯に疲れたのか二人とも岩縁に腰を落ち着け、冷たげな月光の下に見事な肢体を惜し気もなく晒している。


「うん? どうかした?」


 ぶしつけとも言える俺の視線を浴びせかけられても、二人とも全く動じる様子はない。むしろ自然体そのものだ。

 そしてまた、興味以外の情動が沸き起こらない俺自身に激しく愕然とした。

 あまり若すぎるのは好みではないが、成人男性としては標準的な煩悩を備えていると自負している。

 思い返してみれば程よく熟れて母性も色気も薫りたつようなテレーゼなんて、俺の好みどストライクの筈だ。むっちり柔らかな白肌がほんのり赤く色づいて、濡れそぼった黒髪から滴る雫が豊満な身体を流れ落ちる様など目の当たりにしようものなら、もう辛抱堪らん……筈なのだ。

 しかし今はどうだ? 色っぽいとか綺麗だとか、そういった賛美の気持ちは浮かぶが、情欲を掻き立てるような激しい情動は沸き起こらない。

 何故だ、まさか……いや、そうだ。刺激が足らないんだ! 思えばこの半年、ずっと年頃の女たちと寝食を共にしてきた。それに最初の出会いからして凄惨だったし、小汚ないってレベルじゃなかったからなぁ。特に臭いが酷かった……。

 つまり刺激が、あのインパクトを一蹴するだけの刺激を与えねば眠りについた俺のリビドーは呼び起こされんということか。

 ではどうする……そう、だな。さっきの仕返しも兼ねて、こいつらに協力して貰うとしようか。丁度良い所に手頃なのが実ってるしな!


「ん?」


 二人の前へ移動し、まずはトリーシャの乳へ手を伸ばす。手に余るほどに大きいながらも釣鐘型に保たれたそれは柔らかさの中に確かな弾力があり、マシュマロを思わせる揉み心地は素晴らしい。が……。


 ふに、ふにふに、ふにふにふに――。


 感触は心地よいが、それ以上の感動が無い。

 何故……ああ、そうか。足らないんだな。いくら良いカラダでも、ストライクゾーンから外れていたらそれなりってことか。つーか、ストライクゾーンが狭くなりすぎじゃね? 俺、ヤバくね!?


「んん?」


 もう片方の手を伸ばし、テレーゼの豊か過ぎる乳を鷲掴む。重力に引かれてやや垂れ気味なそれは僅かな力で指が乳肉に沈みこみ、包み込まれるような感触は幸福感でいっぱいだ。

 しかし俺の望む感覚は一向に沸き上がる気配がない。

 まだか、まだ足りないのか!?


 ふにふに、ふにふにふにふに、ふにふにふにふにふにふにふにふに――――。


 両手に掴んだ乳を一心不乱に揉みまくる。

 それぞれの掌から伝わる幸せな感触の差異、やっぱ若い方が肌の張りが――って、違う。そうじゃない。俺が欲しいのはそんな知的好奇心を満たす考察じゃなくて、もっと直情的な激しいヤツなんだ。

 なんでだ、こんなにいい女を目の前にしてんのに、しかも直接触れてさえいるのに! 何故昂らぬ! 何故奮い勃たぬ!?

 哀しみのずん底で足掻き、声も上げず咽び泣きながら乳を揉みしだく俺の姿に呆気にとられ(ドン引きし)ていた二人だったが、次第に我を取り戻し、表情がだんだんと険しくなっていく。

 しかし俺はそれを見ていなかった。いや、果てしない喪失感に囚われていて気づけなかったのだ。だから二人が拳を固めて振り上げても全くの無防備を晒していたワケで――。


「いい加減に――!」

「――しなさい!」


 強烈なアッパーカットと痛烈なチョッピングライトのツープラトンが顎と脳天に突き刺さり、敢えなくノックアウト。

 嗚呼、メストカゲに欲情しちゃった日にはどーしようか……と、薄れゆく意識の中で軽く絶望しながら白く濁ったお湯に沈んでいくのだった。

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