第1話 夢の、その先
子どもの頃の夢は、何でしたか。
お花屋さん。
ケーキ屋さん。
スポーツ選手。
お姫様。
小さな頃は、誰もが当たり前のように夢を語っていた。
いつからだろう。
「夢は叶わないものだ」と、大人みたいなことを言うようになってしまうのは。
それでも、夢を叶えた人はきっといて。
誰より努力して何度転んでも立ち上がって、憧れに向かって手を伸ばし続けた人たち。
誰かに夢と勇気を与えて。
誰かの明日を照らして。
私も、そんな人たちになりたいと願う1人だった。
「あなたのおかげで頑張れました」
そんな言葉をもらえる存在になりたかった。
だから私は、アイドルを目指した。
ありがたいことに、その夢は一度叶った。
憧れていたステージに立ち、スポットライトを浴び、名前を呼んでもらえる日々。
夢だった。
本当に、夢みたいだった。
……だけど。
夢を叶えることと、その世界で生き続けることは、別だった。
ランキング。
人気。
数字。
「もっと自分を売って」
「他を蹴落として」
誰かの心を掴み続けることが、仕事だった。
私は、それが下手だった。
誰かより目立ちたいとは思えなくて。
「私だけを見て」と笑うことも、うまくできなかった。
人を笑顔にしたくて飛び込んだ世界なのに。
気付けば、自分が笑えなくなっていた。
だから私は、自分でステージを降りた。
後悔がなかったと言えば嘘になる。
それでも、あの日の選択が間違いだったとは、一度も思ったことはない。
だって私は、夢を諦めてからの方が、ずっと笑えるようになったから。
誰かの夢を支えること。
誰かを輝かせること。
そんな日々に身を置けるよいうになってからは、今までいたキラキラしたステージ上より、ずっと私らしい毎日だった。
私はもう、ステージには立たない。
でも、誰かの夢を、一番近くで叶えることはできる。
「高瀬さん!」
ぱたぱたと駆け寄ってきた青年が、満面の笑みを向ける。
線の細い印象こそあれ、高過ぎない身長はその可愛らしい声色にぴったり合って。
「お疲れ様!」
くしゃりと笑うその笑顔につられて、私も自然と笑みが漏れた。
「お疲れさま、鳴くん」
「見てました!?」
「見てたよ」
「めちゃくちゃ盛り上がりましたよね!」
「イエーイ!」
パチンと鳴るハイタッチがスタジオに響く。
波多野鳴。
二十二歳。
高校時代から配信を始め、個人勢として燻っていた彼を企業所属として迎え、私は三年前から担当している。
透き通るような歌声。
耳に残る優しいボイス。
誰もが自然と笑顔になる人懐っこさ。
ゲームでは信じられないほどの集中力を見せたかと思えば、時折飛び出す治安の悪い一言でコメント欄を大騒ぎにする。
放っておけない。
応援したくなる。
気付けば、誰もが笑っている。
そんな、不思議な魅力を持った配信者だ。
「企業さんも凄い楽しそうだった」
「よかったぁ!」
今日の企画に同席していた企業担当者との挨拶は既に済んでいる。
「想像以上でした。ぜひまたお願いします」
何度も頭を下げられた。
また企画を組んでもらえる。
力強い握手に確信していた。
鳴も嬉しそうに笑っている。
驚いたことに、見た目も存外悪くない。
配信者ではなく、芸能の世界へ進んでいても、きっと活躍していただろうと思えるくらいには。
それでも、彼はLive2Dのモデルを纏うことで、さらに輝く。
Live2Dの向こう側でも伝わる表情。
モーションキャプチャー越しでも分かる仕草の癖。
笑えば、見ているこちらまでつられて笑ってしまう。
怒れば、一緒になって悔しくなる。
喜べば、画面の向こうまで嬉しくなる。
アバターを纏っているはずなのに、人間味が溢れてしまう。
それが、波多野鳴という配信者だった。
私は初めて会った日から思っていた。
この子は、絶対に売れる。
いや。
売れるじゃない。
売る。
私がこの業界の、一番星にしてみせる。
その覚悟で、この三年間を駆け抜けてきた。
思わず笑顔になる破天荒な企画配信の数々は今や事務所を牽引する存在ですらある。
「よかったぁ……!」
安心したように肩の力を抜く姿に、思わず笑みが零れる。
「あ、でも」
忘れる前に言っておかないと。
そう思ったのは、うっかりこの可愛い生き物に絆される気持ちをごまかすためでもあった。
「え」
引き攣る頬は、このあとの私の台詞を予測していたように思う。
「企業名、一回噛んだ。ていうか間違えそうになったでしょ」
「あっ」
「あとコメント拾いすぎ。普通の配信と対応変えようって話したよね」
「うっ。ご、ごめ」
「あと配信終わって企業さんより先に席立った」
「…………ごめんなさい」
「反省点、三つかな」
「先生怖い!」
本人は言われる前から自覚があったのか、嫌だー!と喚くけど、私はにべもなく返した。
「誰が先生」
「冷たい!」
「甘えないで~これも本人に言ってあげる優しさです」
「どこが!もっと褒めてよ!」
鳴がむっと頬を膨らませる。
子どもみたいに膨れるその顔がおかしくて、笑ってしまった。
「……あー」
すると、気まずそうに泳ぐ視線。
「……なに?」
「ごめんなんか子どもみたいなこと言ったかも」
「……鳴くんが我儘なのはいつもでしょ?」
「ひっでぇ!」
泣き真似をするしてみせるその一挙一動が、アイドルのそれだった。
自然に人を引き付ける天性の才能。
「でも、ちゃんと見ててくれて嬉しいっす」
さらっと言ってのける屈託のない笑顔。
本当に、この子はあざといというか。
こういうところがみんなに好かれるところで。端的に言ったらずるいのだ。
「はいはい」
「あーもーそうやって流さないでよー」
踵を返しながら言うと、ムッとしながらも後ろをついてくる。
「帰る前にちょっと打合せするよ」
「あ、そうだった!」
次の歌ってみた投稿、コラボ配信の日程変更とコラボ相手の概要、気を付けたいポイント、伸びた動画の分析、SNS運用の際に注意が必要そうな案件について。
何から話そうか、なんて考えながら、隣に並ぶ青年を見上げた。
なんかいつになくご機嫌だなー。
「高瀬さん」
スタッフさんがこちらへ歩いてくる。
「社長がお呼びです」
「私ですか?」
「波多野さんもご一緒に」
「俺も?」
「はい」
スタッフさんはそれだけ告げると去っていった。
鳴と顔を見合わせる。
「なんだろ」
「さあ?」
「最近まためっちゃ伸びてるし。」
「うん」
「褒められるんじゃない?」
少し長めの前髪越しに見える、瞳を輝かせて、
「賞与!」
叫ぶように言う鳴。
「それはない」
「夢くらい見させてよ」
「現実見よう」
「冷たっ!」
そんな他愛ない会話を交わしながら歩く廊下。
私は、この時間が好きだった。
仕事終わりの、ほんの少しだけ気が緩む時間。
みんなを笑顔にしてくれる存在のこの子が、また明日も笑って配信できるように管理するのが私の仕事だ。
それだけを考えて過ごしてきた三年間だった。
だから。
私は信じて疑わなかった。
この日々はずっと続くんだと。
彼の担当マネージャーは、私なんだと。
――この時までは。




