過去編7
おかしい。明らかに変だ。
「そっち行ったぞ!」
モンスターの数が多すぎる。
「次が来たぞ!」
スタンピードを経験するのはこれが初めてだ。これが普通なのかもしれない。だが、ゲームではここまででは無かった。これは現実だと言われたらそれまでだが。
「回復します!」
先程から休む間もなく戦い続けている。いくらなんでも数が多い。このままでは交代時間までもたない。そんな采配、ギルドがするか?
「てい!」
飛びかかってきたオオカミ型のモンスターの横っ面をメイスで殴りつける。
先程から前衛を抜けて後ろまで敵が来るが仕方ない。流石にこれは彼等の責任では無い。それ位敵が多い。
「なぁ、一旦逃げようぜ!」
「そんな事出来るわけないだろ‼︎」
この状況なら逃げてもペナルティは無いかも知れない。とは言え絶対じゃない。それに調子に乗っていた彼等には逃げたと周りに思われるのは耐えられないのだろう。実際はそんな風に思われないだろうが彼等はそんな風に考えない。だから、撤退の判断が出来ずにいる。
「いいから踏ん張れ、次来たぞ!」
それに、さっきから気になっているのだが、モンスターの狙いがやけに後衛の私達に集中している気がする。前衛を倒す事より前衛を抜けて後ろに行く事に集中している気がする。なんだ?柔らかい女の肉が好みとかそう言った野生の感覚か?
「一匹抜けたぞ!」
抜けて来たモンスターを思いっきり殴り飛ばす。
……いや、違う。後衛じゃない。私だ。明らかに私を狙っている。何故だ?他のモンスターの様子も見てみるが、私に視線が集まっている。狙われる理由に心当たりが無い。そう思って自分の体を探ってみる。
別に何も……
「あ」
「どうしました?」
「あ、いえ、何でもありません、なんでも」
「?」
そう言ってアリシアさんは少し不思議そうにしたがそれどころじゃ無いのだろう、直ぐに切り替えて再び戦闘に参加していった。
「まさか、コレか?」
思わずそう言ってしまった私の胸の内ポケットには使わなかったもう一つの『魔力過剰供給薬』が入れっぱなしになっていた。
確かに奴等はコレから生まれてきた存在だがまさかコレに引き寄せられているのか?
分からない、分からないが奴等の狙いがこの薬、ひいては私なのは間違いなさそうだ。
どうする?今すぐ、コレを捨てるか?駄目だリスクが高すぎる。奴等がどう動くか分からないし、ダンジョン内で再びこの薬が解放された時、私やモンスター、果てはダンジョンそのものにどんな影響があるか分からない。それに他のメンバーに見られた時アレは何なのか説明を求められても困る。話せる訳がない。その結果変に私に嫌疑がかかると困る。
なら、今私に出来る最善はみんなを説得し一旦ダンジョンを出ることだ!
そう思い声をかけようとした瞬間
「ウワアァァァー‼︎」
「カーン!」
突如出てきたモンスターに前衛の1人が殴り飛ばされ悲鳴をあげる。最悪だ!オーガまで出て来た!下層のモンスターだろ、わざわざここまで来たのか!そんなにコレが欲しいのか!
不味い勝てない!クソッ!一応用意しておいた切り札はあるがどうする!?こんな敵だらけの状況じゃ意味無いぞ!
と、そう思ったら
「何だ?モンスターどうしが争ってる?」
そう、突如現れたオーガと元からいたモンスターとが争い始め、冒険者vsモンスターの群vsオーガの乱戦になったのだ。
獲物を巡っての対立か!
「チャンスです‼︎今の内に撤退を‼︎アレは勝てません‼︎」
アリシアさんがそう叫び流石に2人も撤退しようとしたが
(馬鹿!そいつはもう手遅れだ!置いていけ)
既に死んでいるカーンを運ぼうと駆け寄ったのだ。結果
「ギャァァ‼︎」
「チェーンー!」
1人、横から襲いかかってきたモンスターに噛み殺されていた。
「くそ、くそ!やってやる、やってやるぞ‼︎」
結果トゥーンが乱心してモンスターに挑みかかって行った。
(クソ最悪だ、兎に角何とか逃げねば)
そう思い、退路だけを見つめて視野が狭くなったのが悪かったのだろう。
「アンリさん‼︎」
その叫びが聞こえたと同時に
「あがっ、きっ」
私の胸元にオオカミ型のモンスターが噛み付いていた。コイツさっきの殴り飛ばした奴!まだ生きていたのか‼︎死んだ振りをしていやがった!
「ぐっ、セイ‼︎」
痛みを堪えて咄嗟にメイスの柄の部分をオオカミの目に突き刺し全力で振り抜き、引き剥がす。
「大丈夫ですか!今回復を……あぁ」
アリシアさんの方を向くとアリシアさんは私ではなく別の方を見ていた。
そこには全部片付けたのだろう。オーガが1匹だけ立っていた。他のモンスターもトゥーンも全部死んでいた。
邪魔者がいなくなり阻む者がいなくなったオーガが此方に歩いてくる。アリシアさんは絶望して腰を抜かしてしまっている。
だが私は
(ありがとう。邪魔者を排除してくれて)
そう心の中で礼を言いそれを投げつける。それは小さな鎖を野球ボール程度の大きさに丸めた物だ。
「ガッ‼︎」
オーガに当たった瞬間それは巨大化し絡み付き一瞬でオーガを拘束する。鎖の名前を『縛動鎖』といい対象を拘束するアイテムだ。
ゲームでは使用すると逃走コマンドが確定成功し、攻撃する場合、次の一撃が確定クリティカルになる便利なアイテムだ。ただ、時間経過か外からの強い衝撃で壊れるので周りに敵が複数いる場合壊され有効打にならないこともあり使い所を考える必要がある。
便利な反面値段が高く、コスパが悪いのが欠点だったが、この世界でもそこは変わらず非常に値段が高い。一般サラリーマンの年収に匹敵する、私の切り札で万が一の保険として用意しておいた物だ。アルバイトしておいてよかった。
「…ハッ!大丈夫ですか。今そちらに行きます」
アリシアさんは一瞬何が起こったか分からなかったのだろう、しかし直ぐに状況を理解し地面にうずくまる私に駆け寄って来た。
だが
(不味い不味い不味い不味い、非常にヤバい)
私は焦っていた。傷にではない。傷は大して深くない。手当てをすればなんとかなる。問題は
(傷口から『魔力過剰供給薬』が入ってきた!)
そう、噛まれた時に瓶が邪魔をして傷が浅くなったのは良かったがその際瓶が割れ、漏れ出た魔力過剰供給薬が傷口から私の体内に入ってきたのだ。
(体が熱い。魔力が溢れて来るのが分かる。このままだと、このままだと‼︎)
「大丈夫ですか! ……エッ!」
私はアリシアさんの両手を掴み地面に押し倒し、アリシアさんの上にのしかかる。
「アンリさん、落ち着いて!やめて下さい‼︎」
その声を無視して私はアリシアさんの首筋に思いっきり噛みつく。
「痛い!アンリさん!やめて下さい!離して、離して下さい‼︎」
(術式発動 記憶消去)
暴れるアリシアさんを全力で押さえつけ魔術を発動する。
過剰な魔力供給による体内からの破滅を防ぐ手段は1つ‼︎全力で体外に放出する、それしか無い!
今の私に出来る最大の魔力行使、それは記憶消去の術式を全力で発動すること!
元々、燃費の悪い術式だ、大量に魔力を使いたい今の状況で私に出来る最良の術式がこれだ。
両手と口から魔力をアリシアさんに大量に流し込む。
「アン、リ、エッ、ア、ハ、ハ、アッ」
本来なら時間をかけて魔力を浸透させじっくりと準備しなければ使えない術式だが、今は溢れる魔力でゴリ押す。
全ての記憶を消されアリシアさんは廃人になってしまうだろうが知ったことか‼︎私が生きる事が最優先だ。
「アッアッアッアッ」
アリシアさんは最早言語も解さなくなり、ビクンビクンと震えている。
だが、私のピンチは未だ続いている。内側からの圧力に耐え切れず体内の血管が切れる感触と筋肉が断裂する痛みが危機感を加速させる。
(もっともっともっともっと)
視界が赤く染まる、骨が軋む音がする、血が沸騰する様な熱さを感じる。それでも止まらずに全力で魔力を消費し続ける。
すると
バキッ‼︎
っと、何か壊れてはいけない大切な物が壊れる音が聞こえ
(イヤだ‼︎怖い‼︎死にたくない‼︎死にたくない‼︎死にたくない‼︎)
「あっ」
パンッ!
と、間抜けな音を立てて私の頭は内側から破裂し私は死んだ
…………はずだった。