豪邸
75話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
遠と雹は二人して顔を窓から出し、春の風と、グラウンドに響く活気ある声にその耳を傾けていた。
「涼しい…」
「だねー」
この風が街の階段を上った先にある、桜並木を揺らし、その花びらを街に降らせているのだ。
「あっ、そういえばさ。昔、ちっちゃい頃にあの上にある豪邸に行ったことなかったっけ?」
「…?…あ、あった」
遠に言われ、雹は記憶を巡らせるとすぐにヒットする。
「10年前ぐらいかなぁ…。雹が行きたいって言ってさ」
「あの頃はあーいう感じの薄暗い…不気味な豪邸系のお話が好きだった…」
「そう。それで行ってみようってなって、二人で一緒に向かったんだよね」
…まぁ、結局そこには人が住んでたらしくて、近寄ろうとした前にその人に追い出されちゃったんだけど。
はっきりとした記憶はないが、柵の奥には大きな庭園があったような覚えがある。
「懐かしい…」
「あの豪邸、今も残ってるのかな?」
「分かんない…」
「まぁ、結構時間も経っちゃったしね」
近寄ってきたにゃんこを拾い上げ、しっかりと両腕で支える。
肌に触れる優しい風はにゃんこの毛も同じように触れ、なびかせる。
「また…行ってみる…?」
「うーん…雹…きちんと辿り着ける?」
「…君次第」
雹は昔よりも周りに目を配る事が多くなり、その分より多くの本を見つけるようになった。
だから、目的の場所はと辿り着くのにも毎度毎度やっとのことなのだ。
今の彼女を自宅まで送るルートだって、彼が何度考察したことか。
「不安だし…止めようか」
そういうことなので、彼が小さく首を横に振ると雹は縦に頷いた。
「それが安全…」
「自分でも分かってるんだね…」
「分かっててもどーしようもない」
「そっか。あ、そうだ。お菓子新しく出てきたから買ってきたんだけど食べる?」
「うん…うん…!」
「にゃんこちゃんにもにゃんこちゃん用のが買ってあるからねー」
「にゃーん」
買ってきたのは僕じゃなくて生き物を溺愛し始めた先生なんだけど…。
最近じゃあ生物学の解剖に意を唱えてるとかなんとか…。
そんなことを思い出しながら、二人と一匹はのんびりと窓から離れる。
あの人…いずれ変な方向に行きそうで怖い…。
「えーっとこれと…これ」
鞄からビニール袋を取り出して、その中からオレンジいろと紫色のパッケージを取って、本が隅に積まれているテーブルの上に置く。
何やらドライフルーツらしい。
「ほぉぉ…!」
興味津々で雹はパッケージを開け、中の果物をつまんで口に運ぶ。
すると、美味しそうに笑みをこぼし、見ているだけで幸せになれそうだ。
「美味しい、みたいだね」
「うん…」
彼女は小さく頷く。
…と、不意に風が窓から入ってきて、雹の視線はそっちに移動し、また窓の外に。
「……………」
「……。…?あれ、食べないの?」
雹は窓の外の一点を見つめ、そこから微動だにしない。
遠も気になり、彼女の視線の先に動かすと…そこにあるのは…
「…あ」
歩道に一人、家に向かっているのだろうか、ゆっくりと本を読みながら歩いている女の子が。
…本…本。
「…………」
「雹、ストップ!」
「…………」
ゆらりゆらりと立ち上がり、それを目指して…
「雹!…あ、そうだ。にゃんこ!助けて!」
あの女の子の安心のため、にゃんこに呼びかける。
「にゃー!」
声に反応してくれて、ビシッと雹の顔に全力で張り付く。
「…!…?…?」
毛むくじゃらが張り付いてきた雹は、慌ててそれを剥がすと、分からないといった様子で辺りを見回す。
「良かった…」
にゃんこのお陰で、あの見知らぬ女の子の平穏は守られたのだった。




