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十、二つ首のドラゴン(2)

 撤退(てったい)は、すみやかに行われ、からっぽになったシデン城にイーデン兵があふれたのは、それから四日後だった。懸念(けねん)していた虐殺(ぎゃくさつ)は無かった。だが、住民の財産はすべて没収され、奴隷として一家から一人、家族を差し出さなければならなかった。


 そして、奴隷を人質にして、イーデンへの絶対的服従と信仰を誓わされた。



 マクラムは、奥深い山に(とりで)をつくりテントを張り、連れてきた五百人ばかりの兵士達を待機させ、カノンからの連絡を待った。食料は一ヵ月分は用意していたが、ここにくるまでにすでに十日がたち、さらにまた十日がすぎていたので、残り少ない食料をいかにしてもたせるか、軍でも問題となっていた。


 シエラは、砦内に小さな丸太小屋をたててもらい、人目から見えないよう、そこで監禁状態となっていた。軍でただ一人の女であり、絶世の美女でもあったので、ストレスのたまった(けもの)達のえじきとなるのを防ぐ必要があったからだ。


 シルがつきっきりで、シエラのそばにいた。シエラは精神的にもう限界だった。


「シル、もうダメ。心がこわれてしまいそう。いつまでこうしていなきゃダメなの?」


 シエラは以前、奴隷として荷馬車につめこまれた経験がある。その時受けた心の傷が、せまい小屋に監禁されたせいでふきだしてきていた。


 シルには、なぐさめるしか方法は無い。だが、なぐさめてもシエラの不安定な心はどうしようもない。シルは逃げるしかないと覚悟を決めた。けど、その事をシエラに話すと、


「できない。みんなを裏切るなんてできない。みんなも苦しいのに、私だけ楽になれない。」


 である。シルは、自分も追いつめられていると感じざるをえなかった。


(ったく、カノンは何してんだよ。さっさと返事をもってきやがれってんだ!)


 そしてその日の夜。シルは、こっそりと監禁場所から、人の目を盗みつつ抜け出た。他の馬といっしょにつながれているハクを取りに外へ出たのである。そして、ハクをつれてもどってくると、きっちりしめたはずの小屋の戸がかすかに開いている。


 あわてて中へ飛び込むと、兵が二人、まさにシエラをおそおうとしていた。シルは、あっというまに、妻に乱暴しようとした兵を切りたおした。たとえ味方であっても、シエラに乱暴する者は許さない。


 シエラは、ワンワン泣いた。そしてもういやだと言った。シルは、ハクをつれてきたと言うと、シエラはすなおにうなずいた。


 敵襲(てきしゅう)だ、と言う声が響いた。どうやら、山の奥深さが原因したようで、敵が分散しつつ、こちらを目指していたのに気がつかなかったらしい。敵は、こちらがゆだんしている夜をねらって襲撃(しゅうげき)をかけてきたのである。


 砦内部は、兵士がぎりぎり生活できる広さでしかない。二人は、たちまちのうちに乱戦に巻き込まれてしまった。シエラが女だと気がついた敵兵がおそってくる。この女だ、と言うさけび声をきけば、領主はまだシエラをあきらめていないのは確かだ。


 シルは、シエラをハクに乗せ、ハクの尻を思いっきりたたいた。


「シル! シル!」


 ハクは、月を背に夜空へと飛び上がった。暗い森一面に、赤い松明が見えた。その数、どれくらいいるのだろうか。まさか、こんなに大軍が、ここまでせまってたのに、今の今まで気がつかなかったなんて!


 シエラは、あわててシルをさがした。白い髪、白い髪。だが、夜のうえ、ごちゃごちゃしていて見えない。砦が赤く燃え上がった。


「シル!」


 シエラは、ハクにもっと高度を下げるようたのんだ。が、


「いけません。これ以上さがったら、敵に気がつかれてしまいます。」


「でも、シルが! おねがい、シルを助けて!」


 ハクが少しなやんでるようだった。


「あなたが力をかしてくだされば、この大軍をなんとかしてみせます。ですが、あなたの消耗は予想以上となるはずです。運が悪ければ、命をおとしてしまうでしょう。」


「助けられるのなら、なんでもするわ。でも、命はおとさない。シルが悲しんでしまう!」


「剣に意識を集中してください。彼が光でつつまれるのを想像してください。強く強く、命がけで思ってください。そうすれば、すべてを失ったとしても、彼だけは助けられるはずです。」


 彼だけ、ハクが何をしようとしてるのかわからないが、その言葉の意味だけは、はっきりとわかった。あそこには、まだマクラムさんや、自分と親しくしてくれた人達がたくさんいる。でも・・・、


「わかった。シルだけは・・・、やっぱりいや。シルだけじゃない。できる限りたくさんのシデン兵を助けたい。シルだけ助けられたとしても、みんなが助からなきゃ、なんの意味もないじゃない。みんなが光につつまれるのを想像すればいいのよね!」


「それでは、本当にあなたの命が・・・。」


「ハク。やって! 絶対、助けてみせる。そして、私は死なない!」


 夜空の空間が大きくゆがみ、白いドラゴンに変わり、はるかに巨大な存在が出現した。戦いの最中にいた者達は、敵味方関係なく、何事(なにごと)だろうと空を見上げる。それが、月の光にてらされ、はっきりと見て取れた。


 白い姿と、真っ赤な目を持つ、二つ首のドラゴンだ。ハクよりも数倍大きい。その場にいた兵士達が、とつじょ夜空に現れた巨大なドラゴンに(こお)りついた。


 ドラゴンの二つの首から、光の弾が戦場に向けて発射された。天をもつらぬく爆発が起こり、周囲の山も巻き込み、その場から何もかも消し去ってしまった。


 二つ首のドラゴンは、ハクへともどった。ハクは、ぼうぜんとしているシエラに、


「この島には、私の他に(つい)となるドラゴンがいるのです。私の姉にあたる存在で、私よりもはるかに強い力をもっています。その姉をよび、力をかしてもらったのです。私だけでは、このような事はできません。」


 まるで溶岩が吹き出たような地形となっていた。山が丸ごといくつも蒸発し、大きな平地が山間に出現している。シエラは、ハッとした。シルはどこ?


 真下に、うごめく影を見つけた。あわてて降下する。シルが、まっさきにかけよってきた。ケガしてるものの、たいした傷ではないようだ。


「何が起きたんだ。突然、何もわからなくなった。イーデン兵が消えちまったし、第一、ここはどこなんだ?」


「みんなは無事? マクラムさんは?」


 シルは背後をチラと見た。


「さっき見た。味方がだいぶやられちまったがな。残ってるのは、おれが急いで確認しただけで、百人程度しかない。五百人つれてきたうちの百人だ。」


 シエラは、そうとだけ言った。全員助けるつもりだったが、やはり無理だったらしい。緊張(きんちょう)していたシエラは、糸が切れたようにシルの腕にたおれた。

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