七、シオン信者の村(1)
まさかこんな村があったなんて、その村の存在を始めて知ったシエラとシルはびっくりした。組織のドン、モウは知っていたとカノンは言ってたが、表面的にはナルセラに従っていたシデン領に、シオン信者だけの村が残っていたなんて、ふつうならば知るよしもない。
シデン領でも、ここは本土から距離をおいた離島の村落だった。はなれていたせいで、イーデンが二十年ものあいだ気づく事はなかったらしい。領主のマクラムとその先代がかくし通していたせいもあり、いまだにエイシア本来の神々がきちんと祀られていたのである。
モウは、ここにいるという。数日前、シエラのもとにモウからここにきてくれと連絡があり、夫婦はジンと三人だけで向かった。
だが、喜びいさんで向かったのはよかったが、ガレー船の船酔いはシエラにはかなりこたえ、島伝いに五日ほどかけ、ようやくたどりついたころには、ほぼ動けない状態にあり、それから二日、島で寝込むハメになってしまった。
ようやく、起き出したシエラは、村の美しい風景に目をうばわれた。到着したばかりの時は、タンカで運び込まれたので、景色なんか気にする余裕なんてなかった。
まさに緑と青だけの世界だ。木々の緑は、新鮮な香りで空気を満たし、空の青と海の青は、この島をつつむ空間を浄化しているようだ。植生は、本土の植物とあまり代わり映えしないのに、なぜこんなにも違うのだろうと不思議に感じる。シエラは、なんだか天国にきたような気がした。
「本土も昔はこうじゃった。他国に支配され、人々が心を失うと、すべては色あせてしもうだ。ここでは、エイシア本来の世界が生きている。」
モウだった。シエラが起き出しているときいてきたのだろう。
「シルはどこ?」
「シルとジンはいっしょに、村の男達と夜明け前から漁に出ているよ。タダ飯は食えないしね。だから、よけいな護衛はつれてくるなとたのんだんだよ。」
生活は、楽ではないらしい。漁から帰れば、畑仕事が待っているとモウは言った。シエラは、
「何かする事ない? 海はダメだけど、畑はできるから。」
「お前さんは、する必要は無い。今日はゆっくり休んで、明日、北にある神殿にいきなさい。それに、海に入ってから、あまり食ってはおらぬだろう。」
そういえば、空腹だった。シエラはやっかいになっている家の台所をかり、朝食の残り物で雑炊をつくり食べた。そして、その日は一日、昼寝したりして、ゆっくりとしていた。
シルはつかれているのか、夕食がすみ次第さっさと寝てしまう。この村の夜は、日の暮れと同時で、朝もやはり日の出と同じだった。そういえば、自分達も田舎では、こういう暮らしをしていたと、シエラは思った。
昼間、寝すぎたせいで、シエラは寝付けなかった。いびきをかきはじめたシルを見て、シエラは、夫婦というより兄妹だなと感じてしまう。熱愛していたのは、シルと結婚の約束をしてから、異端取締官につかまるまでだったような気がしている。
別れ別れの日々も、いつかは必ず会えると信じて、再会だけをたよりに生き延びてきた。そして、再会の感動に胸をおどらせ、つらい毎日をしのんできたのを覚えている。
(再会の感動なんて、期待してたほどじゃなかった気がする。やっと夫婦としての生活にもどっても、ほんの数日だけで感動は終わってしまった。あとは・・・、)
夫婦の時もあれば、兄妹である時もある。そして、友人となる時もある。もう愛していないのかと問われれば違うと、すぐに答えられる。それが、恋人愛と夫婦愛の違いだと、だれかが言っていたのをきいたような気がする。
シエラは、フーとため息をついた。そして、思い出してはいけない者も思い出してしまう。思い出したくなくても、忘れられるわけが無い。確かに、二年ものあいだ、奴隷とはいえ、夫婦として過ごしてきたのは事実だ。
とにかく生きなければならなかった。生きる為には、愛する必要もあれば愛さなければならない。偽りの感情だとしても、再び大切な人に会えるまで屈辱をのんでも耐えなければならない。
・・・そう言い聞かせてきたはずだった。シエラはわからなくなってしまった。そして領主の自分への怒りはもっともだとも考えてしまう。最初はともかく、愛され大切にされてきたのは事実だ。それを、シルがきた時点で、用済みの道具のように捨ててしまったのだから。
(シルは私の事、どう思っているのかな。時々、兄さんだし。)
カーラとシルをうばい合ってた日々がなつかしく感じられた。人は命をなくしても、魂はなくならない。愛する者に命をうばわれ、むざんに捨てられたカーラの魂はいま、どうしているのだろう。
(私が領主にした事は、シルがカーラにした事と大差はない。そうやって、私達二人は、敵と決めたものを利用し、捨ててきた。私とシルは、ほんとによく似ている。でも、生きるためとは言え、私達はなんという事をしてきたのだろう。)
もう寝よう、ごちゃごちゃ考えていても、わからないものはわからない。シエラは、頭から毛布をかぶって寝てしまった。
翌日、シルはシエラが目をさます前に漁へとでかけていた。シエラは、朝食を終え、やっかいになっている家の手伝いをしたあと、モウの言っていた北の神殿へと向かう。
北の神殿は、登った山の上にあった。木造の古い建物で、神殿というわりには大きくはない。村の農家より少し大きい程度だった。中には、神殿の巫女みたいな中年の女がいて、祈祷所へと案内してくれた。
石彫りのシオン神像らしきものの前に、モウが座っていた。シエラは、シオン神像なんて見た事がない。昔は、神像はあちこちに安置されていたらしいが、占領されてから、すべて壊されてしまったと、シエラは両親からきいていた。
長い髪をした、なかなかの美青年、神像を見たシエラの第一印象だった。
(シオンの神様って、こんなに若かったんだ。てっきり、もっと年取ってると考えてた。この人が、私達のご先祖様か。どんな人だったんだろうな。神様になるくらいだから、きっとすごい人だったんだろうな。)
モウは、シエラに、自分のとなりに座るよう言う。シエラは古いがきちんと手入れされている床板にペタンと座った。
そして、いつもの修行が始まる。アジトを襲撃されて以来、教えられていたとはいえ自前でやっていたので、適当になってたらしく、モウの指導はかなり熱の入ったものになった。そして、昼食が終わったあとに再開しようとすると、シルが神殿にやってきて、モウにきてくれと言う。
「この島の近くの無人島に、イーデンの教会の坊主が流れ着いていたのを、漁に出たさい拾ったんだ。かなり衰弱してるが、意識ははっきりしている。どうやら、この島に勘付いて調べにきたようだ。」
モウは、シエラにそのまま修行しているよう言い、シルとともに下山していった。シエラは気になってしかたがない。けど、言いつけを守らなかったら、あとがこわい。
シエラはそわそわしつつ、修行をし、もうそろそろいいころだと思い、夕方になる前に山をおりた。
イーデンの僧侶はどこにいるのだろう、村はいつもと変わらないよう見える。シエラはとりあえずやっかいになっている家へともどった。そして、ややあってから、シルが帰ってきた。
「最初はスパイかと思ったが、モウさんとジンが調べるうちに、ただの坊主だとわかったよ。いま、戦争さわぎでシデンは通過できないから、海まわりで、カーランに行くつもりだったらしい。途中、船が難破して、あの島に流れ着いたと言っていた。この辺りは、岩礁が多いからな。」
「なんであれ、ヤバイんじゃない。この島の事知られちゃったしさ。」
「神殿は山にある一つきりだ。うまくすればばれないさ。村人にも、知らん顔をしろと言ってるしな。」
「でも、どうするの? このままってわけには、いかないじゃない。」
「・・・いま、船着場の道具小屋に拘束してる。ジンがついているから、まずは逃げ出せない。」
シエラはそう、とだけ言い、それきり僧侶の事は口にしなかった。




