六、戦いのはじまり(1)
マクラムの領地シデンへときて、はや一月がたとうとしていた。けど、ナルセラは、表立っての動きはなかった。スパイからの定時連絡もそのようなもので、領主の動きは、アジトとザクラムを襲ったわりには、まったく何もしてないのと同じよう感じられる。
カノンとマクラムは連日、さまざまな事で忙殺されているようだが、シエラは、とりたててする事もなく、日課になっている修行を終えたあとは、ヒマをもてあましている毎日でしかなかった。
そのかん、シルは決してシエラから離れなかった。カノンから、シエラから目を離すなといわれているし、シデンの荒くれどもがシエラの美貌に目をつけてるせいもあり、とにもかくにも、シエラは守らなければならなかったので、シルは片時も目を離さず、城から一歩も外へと出す事もなかった。
でも、シエラにしたらうざったい。いくら、大好きなシルとはいえ、丸一日へばりつかれていたら、息がつまってしまう。シエラは、とうとうガマンできず、シルの目をぬすみ、城から外へと脱出してしまった。
シデン城は、海のそばにあったので、シエラはここへきて始めて見た海の広さを心ゆくまで楽しもうと思った。
岩場にすわり潮風にふかれていると、海はきれいなわりには、けっこう臭いと感じる。
(潮風って言うとさわやかに感じるけど、なんか魚くさいというか、海くさい。領主の家にあった本で読んだ海は、ロマンチックだったのにな。)
シエラはうーんと背伸びをした。今ごろ、城じゃあ、シルが青くなって自分をさがしているんだろうな、なんて考えてたら、大波がドブンとやってきて、波にさらわれそうになる。なんとか岩場にしがみつき、陸へとはいあがった。
「しょっぱ。」
はじめて飲んだ海水をペッペッ吐き捨て、シエラはずぶぬれになった体を引きずりつつ、もう帰ろうと思ったら、何かが海からこっちへ向かって飛んでくるのが見えた。
なんだろうと目をこらしてみる。小さな雲のかたまりのようにも見えた。
雲は、サーッとシエラの頭上を通り過ぎ、岩場から少し離れた砂浜に落ちていった。シエラは、ぬれた衣服を引きずりつつ走った。
真っ白い、雪のように輝く馬が一頭いた。この辺りは野生馬がよく出るが、たいていは赤茶で、こんなに白いのは見た事が無い。シエラは慎重に近づいた。
馬がこっちを見た。警戒してるかと、シエラはドキドキしながら、ゆっくりと近寄っていく。馬は逃げなかった。逆に、うれしそうにシエラにすりよってくる。子犬みたいに無邪気な顔を見て、シエラはなんだが懐かしい思いにおそわれていた。
「ね、友達になってくれるかな。私はシエラ。君は、君の名前は、え、と。」
真っ白いから、ハク。それでいい。
「ハク。今日から、君はハクだよ。私は、シデンのお城にお世話になってるの。夫のシルにも紹介したいから、いっしょにきてくれるかな?」
ハクは、シエラに乗ってほしそうだった。シエラは、馬に乗った経験は無い。田舎にいたとき、ロバに乗った程度だ。どうやって、乗ったらいいのか分からないでいると、ハクが口をうごかし、シエラをヒョイとつまみあげるよう、自分の背中に乗せてくれた。
シエラは、え?と思った。いくら人間より大きいとはいえ、馬が口にくわえて背中に乗せるなんてあるのだろうか。それに、くわえられたというよりも、体全体を大きな何かにくるまれて持ち上げられたよう、シエラには感じられた。
ハクは、ポクポク歩き出した。こわいという感じはまったくない。だが、馬の座高は考えてたよりも高く、シエラは落ちまいとハクの首にしっかりとしがみついていた。
城についたら、やっぱりシルがいない。シエラをさがしに、外へ出ていったという。カノンがやってきて、シエラを馬からおろしてくれた。
どなられるかと思ったが、カノンは忙しいらしく、シエラの安全を確認しただけで、その馬は厩にでも入れとけとかなんとか言い残し、さっさと城の中へと消えていく。シエラは、ハクの顔を見た。
そして、まもなくもどってきたシルに大目玉をくらい、シエラは寝室でその日の午後をションボリとしてすごしていた。夕方近くになり、カノンが顔を出した。馬の乗り方を教えてくれるという。
「どこで見つけてきたんだ、あの真っ白いの。マクラムもこんな野生馬がいたなんて、きいた事が無いとかほざいてたぞ。」
シエラはドキリとした。カノンは、
「安心しろ。奴さん、えらい気に入りようだったが、ハクとか言ったよな。ハクは、絶対に乗せなかったんだよ。さんざん振り落とされてつい先ほど、やっとあきらめたんだ。あの馬、お前が好きみたいだな。お前、馬までたらしこむテクがあったのかよ。」
さすがにシエラも真っ赤になった。
「ちがうよ。なんか知らないけど、友達になったんだ。ぐうぜん、海岸で見つけてさ。」
「野生馬にしては、気品がある馬だ。どこかから逃げ出してきたのかな。しかし、持ち主がいる馬は、耳に目印の焼印がしてあるしな。とにかくいい雄馬だ。」
「男の子なの、ハクは。」
「お前、知らないで連れ帰ってきたのかよ。」
「悪かったね。あんまりきれいだったから、白い毛並みに見とれてたのよ。それに、すごいきれいな青い目してるしさ。」
カノンは笑った。
「ま、いい。ちょっとこい。」
「シルは、何してるの? めずらしく、私のそばにいないから。」
「マクラムの手下に凄腕の男がいてな。ガードの腕をあげるために、きたえてもらってるんだ。あいつの仕事は、女房の子守だしな。」
「子供じゃないよ。」
シエラは、ムッとした。




