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ホムンクルスは球根を抱いて  作者: 天翔すめら
14/14

14.花が咲く頃に、また

「起きろ、ドリー!」


 魂に直接響く声でまぶたを持ち上げる。

 視界いっぱいにタンポポ畑が広がった。

 短時間の休憩のつもりで背もたれのあるベンチによりかかったのだが、船を漕いでそのまま眠ってしまったのだろう。頭が変に重かった。


 目をこするが眠気は飛ばない。そのまま声が聞こえてきた隣のほうへ首を巡らせる。

 そこには透明な花瓶で水栽培をしている球根が置いてあった。口のくびれ部分で栓をしているそれには、周囲の様子を読み取り、声を伝える魔法がかけられている。


「おはようございます、マトン」

「こんにちはの時間だけどな」


 呆れたような声を発する球根には、あの少年の魂が入っていた。

 命を持ち、育つものに入れないと、魂を維持できなかったのだ。


「おや、一人で移動できるようになったのですね。ならもうホムンクルスの身体は要りませんね」

「お前の冗談は笑えないんだからやめろよ! 博士の奴が置いていったんだ!」

「ああ、目覚まし代わりというわけですか」

「目覚ましでも玉ねぎ坊やでもないってのに、あの野郎……」

「どうか許してください。徹夜でハイになっているせいで普段以上の奇行をとってしまうんです。恩着せがましいけれど、私たちは寝る間も惜しんであなたの身体を造っている。できるだけ寛大な姿勢でいてくれると助かります」

「……それは……わかってる。……ごめん」


 彼の感情は声音でしかわからなくなってしまった。しかし基本的に素直なので読み取りやすい。

 今、彼はドリーたちの助けがなければ生きていけなくなっている。それを心苦しく思っているのだろう。

 しかしそんな気持ちは必要ないのだ。


「彼が必要な物資の残りを集めてくれたんです。身体が完成する目処が立ちました。あなたの花が咲く頃には完成します」

「そうか! 良かった……ルシファーにお礼言わないとな」


 ルシファーとは、あの怪鳥の名だ。

 彼がマトンに対して発した言葉は、その名だけ。あとはドリーたちが必要とする物資をあちこち飛び回って集めてくれた。

 それも今回の運送で終わった。もう彼はここに来ない。

 最後にたった一言だけを残したから。


 ――あとは、よろしくお願いします。


(まあ、そんなことを言いつつ、どこかで見張っているのでしょうけど)


 なんせ彼は、“手抜かりの無い悪魔”らしいから。

 それにしても眠い。重いまぶたをこすり、それでも念のためにマトンを引き倒してしまわないよう、位置を離そうかと花瓶に手を伸ばした。


「傷開いたりしてないだろうな?」

「もう塞がっています。これは傷の再生に使った体力の消耗と、作業による睡眠不足のせいで、身体が眠気を訴えているのでしょう」

「じゃあ、眠れよ。目処が立ったならもう徹夜して焦らなくてもいいだろ?」


 もっともだ。しかしドリーは首をゆるく横に振る。


「睡眠をとる暇が、惜しいんです。そんな暇があるのなら、花の手入れをしていたい」


 言って、マトンの芽まで指を持ち上げ、壊れ物を扱うようにそっと撫でた。


「……なんか、変わったな、ドリー」


 それはドリーの言葉の奥底に潜んだ意味には気づかない、ただ純粋な感想だった。


「俺、ドリーは植物のこと、ほんとは嫌いなんだと思ってた。だって、すぐ手入れが必要になるし。素人になんでもかんでも任せるし、扱いがぞんざい過ぎだ」

「まあ、必要以上に世話をしようとは、思っていませんでしたね。……けれど、これからはそうはいかない。あなたを確実に生かすために、もっと植物と向き合わなければ。今は、そう思っていますよ」


 球根からうれしそうな笑い声が上がった。


「やっぱり、変わった」

「そうですか」

「ああ、今のドリー、好きだよ」

「ありがとうございます」


 そこには、なんの裏も表も無い。

 理性を働かせずに信じられるものがあるなんて、ドリーは知らなかった。

 まどろみが安らぎを伴って包み込んでいく。ドリーはベンチに横たわり、マトンをゆるく抱くような形で眠る体勢に入った。


「ドリー?」

「……やはり、限界です。今は眠気に身を任せます。それなりの時間が経ったら、起こしてください」

「ああ。おやすみ、ドリー」

「おやすみなさい、マトン」


 ドリーの世界が閉じていく。花の香りとあたたかな風を深く吸い、腕の中の存在を意識すると、無意識に微笑む。

 また彼と側にいられる日々を夢見ながら、今はただ、深く眠った。




おわり

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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