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前編

 薄暗い森の中、生い茂った樹木の間にピンクのもやが立ち込めた。


 そのピンクの靄は狙いを定めたように一本の立木にぐるぐると纏まとわり付き、立木は見る間にしなびて枯れていく。


 ズザザザザ……と崩れ落ちる音が一時だけ響き渡り、直ぐに森は静けさを取り戻す。


 まるで何も起こらなかったかのように。



 *****



 小さな村の七、八歳くらいの兄妹、アランとソフィアは家のお手伝いで薬草を採りに森に出掛けた。


 木漏れ日の差す明るい森の中を手を繋いで歩いていると、アランの視界に鮮やかなピンク色が飛び込んできて

「あれ、何だろう」

と足を止める。


 アランの視線の先にあったのは、ピンク色の草の実。それををソフィアも見つけて

「うわぁ、綺麗~」

と手を繋いだままの兄を引っ張って駆け寄る。

「美味しそう」


 直ぐさま摘み取ろうと伸ばしたソフィアの手をアランはガシッと押さえた。

 ムッとして見返すソフィアに

「初めて見る。毒かもしれないから、二つ…三つだけ採ってお母さんに聞いてみよう」

とアランは真剣な眼差しでピンクの実を観察する。


 頬を膨らませて「わかった」と頷く妹にアランが

「もし安全で美味しい物だったら、直ぐに採りに来ような」

と頭を優しく撫でると

「うん!絶対だよ!」

とソフィアは破顔した。妹、かわいい!釣られてアランも笑顔になる。


 アランが慎重にピンクの実を摘み取るその奥の藪の根元に、微かにピンクの靄が漂っていたことに兄妹は気付かなかった。



 *****



 街近郊の村の外れ。

 街まで野菜を卸しに街道を歩くマイクの目の端に、鮮やかなピンク色が飛び込む。


 不思議に思い街道を逸れて草むらの中を行くと、拳大の鮮やかなピンクの蕾を三つ付けた草が、取って付けたように生えていた。


「見たことねぇ草だな」

 綺麗、と称する部類の形容では、ある。好みではないが。

「しかし何でこんな所に突然生えているんだ?」


 怪しい。


 そのまま何もせずに引き返そうかとも思ったのだが、もしこれが何か害のあるものだったら?

 人体に害が無くとも農作物に被害をもたらすものであれば、放置するのは悪手だ。

 薬師に訊けば何か解るかもしれん。


 マイクは開きかけの蕾を刺激しないよう、茎や葉の状態がわかるようにそっと切り取って空の麻袋に入れた。


 マイクが立ち去った後、残った蕾が開きピンク色の花粉がふわっと辺りを漂い始めた。



 *****



「こんなでっけぇ獲物は久し振りだな!」

 五人の狩人が満面の笑みで仕留めたばかりの大きな猪を見下ろした。


 その場で血抜き作業を行う。

「腕、上がったんでぇのか、ジーク」

と年配の狩人はとどめを刺した青年を賞賛する。が、

「いやぁ、こいつ、ちぃとばかし動きが鈍くなかったか?」


 猪の後ろ足を綱で縛り逆さに吊り上げ、血が流れ落ちる真下に穴を掘る。そして喉元、頸動脈をナイフで切断すると


 ブシャァーー!!


と赤黒い中に鮮やかなピンクが混じった血が勢いよく流れ出した。


「ウッ!臭くせぇ!」

「何だこれ、腐ってんのか?!」

 生臭い鉄錆のような匂いに混じって腐った物が焦げたような不快な臭いが拡がる。


 狩人達は皆嫌悪感一杯に顔を蹙め口と鼻を手で覆い、「ぅおえぇ~…」と嘔吐えずく者も出てきた。


 この猪は毒か病気に侵されていたのだろう、食すどころかこのまま放置しては更なる厄災に繋がるのでは。

 狩人達は一先ず村の教会にいる神官に知らせることにした。



 *****



 薬草を摘んで村に戻ってきたアランとソフィアに幼馴染みのマーガレットが話し掛けてきた。


「それ何?」

 マーガレットはアランが持っていた籠の中からチラリと見えたピンク色を目敏めざとく見つけた。


 手を伸ばされないようアランが籠を背に隠す前にマーガレットはささっとピンクの実を摘まみ上げる。


「あっ!駄目だよそれは毒」

と彼が言う間にマーガレットはパクッとその実を口に入れて

「かもしれないのだけど」


 アランの言葉を理解する頃には

「おぅえぇ~~」

とマーガレットはピンク色のドロドロしたものを吐き出していた。


「ソフィア、お母さんに知らせてきて」

 顔の色味を無くしていくマーガレットの背を優しく摩さすりながら、アランはソフィアに指示を出す。


「うん、わかった!」

 アランは母が、周囲の大人が助けてくれるのを願いながら、弾かれたように遠離とおざかる妹の背中を見つめた。



 *****



 街を訪れたマイクは、薬師の婆様に件のピンク色の蕾を付けた見慣れない草を差し出した。


「こんな草は、あたしも見たことは無いねぇ」

 婆様は用心してマスクと手袋を着用して観察する。

 すると、ふわり、と蕾が開きピンクの靄が漂い始めた。

 一瞬芳しく、だがその裏に潜む異臭に婆様は顔を蹙め、直ぐに草花を麻袋に仕舞う。


 マイクは、呆けていた。先程の花粉を吸ってしまったのだろうか。

「これは神殿に報告しなければ…」

 婆様はマイクを引き摺って神殿へと急いだ。



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