0117・基本の練習と町への道
Side:イシス
「そうです、そうです。歩く時はなるべく音を立てず、相手に悟らせないように歩くのです。これは体重移動の方法であり、力を篭める際には別の歩き方に変わるので注意して下さい」
ヌンが躍動しているが、他人に物事を教えるのが好きなんだろうと思う。
そして教え方が上手いので、別に嫌な感じはしない。
おそらく多くの<時空の旅人>に教えてきたから上手いのだと思う。
そんな上機嫌で教えてくれているヌンのゴーレムは、現在バステトに掛かりっきりだ。
二本足で歩く事すらバステトにとっては初めてなので、むしろこれ幸いと徹底的に先に教えている事が理由になる。
間違った歩き方というのを俺もしていたと思うのだが、だいぶ前に<生物修復装置>で学んだ際に脳味噌から矯正されたらしく、今の歩き方は間違っていないそうである。
ただし、それは正しい歩き方でしかないらしい。
歩き方、つまり【歩法】には幾つもの種類がある。
音を立てない為のもの。
体力を使わない為のもの。
素早く移動する為のもの。
あらゆる方向に動く為のもの。
魔力を使った特殊な足捌きの為のもの。
他にも数え切れない程の【歩法】があり、武器を扱う以前に覚えるべき事があるという状況だ。
まさかの武器練習すらしないという有様である。
流石の俺も計算外だったし、これほど大変だとは思わなかった。
「ん、ぬぬ、こう、だ!」
「そうです、なかなか上手くなってきましたよ。元々が猫だからか、やはり歩く事と体の動かし方には高いセンスがありますね。イシスよりも優秀ですよ」
「すまんが猫と一緒にされても困る。こっちは元々からして鈍い人間だっての。猫みたいに俊敏に狩りをするのと一緒にされてもな? そもそも猫って最高速度48キロぐらいで走る筈だぞ。それは一緒にされても無理ってもんだ」
「まあ、それはそうなんですけどね。しかしバステト本人の資質としても歩く事と体の動かし方にはセンスがありますよ。ここが優秀であると近接戦闘は十分にやっていけるでしょう」
「うぬぬ、こう、で、こう?」
「ええ、それで正しいですよ。まずはゆっくりでもいいので、確実に正しい歩行を覚えましょう。これを身につければ後で楽ですからね。ここを矯正する場合は時間が掛かりますから、最初から正しい歩行が出来ると後も正しく覚えられます」
バステトの方を見ていても仕方ないので、俺は俺のやるべき事をやる。
といっても先程から変わらず、様々な歩き方を覚えていくだけだ。
これが簡単そうに見えて難しい。
そもそも【歩法】というのは足の動かし方ではなく、体全体の動かし方だ。
つまり体重移動も重心移動も含まれるし、それは即ち戦いに直結するという事になる。
それ故に手を抜けないし、抜いてはいけない部分なんだよ。
でもやってる事は超絶に地味な事であり、繰り返し繰り返しそれぞれの歩き方を体に染み込ませるだけ。
もちろんそれがとても大事だという事は分かっているし、だからこそ何度も何度も飽きるくらいに繰り返す必要があるわけで……。
これから先を考えると憂鬱になってくるから考えないようにしよう。
ひたすらに繰り返していたら、いつかは終わるだろう。
それぐらいの思いで居た方が良い。
でないとやる気も出てこなくなるし、途中で止めたくなっても困る。
ヌンさんが怒り狂うかもしれないから、流石にそれは出来ない。だって怖いし。
…
……
………
「ふーーーっ! 流石にそろそろ終わろうか。既に俺もバステトも相当にやったぞ。何度も休憩しながら何回も何回も繰り返したし、今の時間と疲れだと、流石にそろそろ寝たい」
「………」
「バステトも疲れきっているみたいですし、仕方ありませんね。初回にしては頑張った方だと思います。繰り返して体力がついてくれば楽になるでしょうから、これからは楽になりますよ」
「だと、いいけどな。バステト、そろそろ脱いで猫に戻ろうか? その方が楽だろ?」
俺がそう言うとすぐに小さくなり、元の猫に戻ったバステト。
どうやら体に身につけていた物はそのまま外れるらしい。
床に落ちた服や下着の中から、疲れた表情のバステトが出てきた。
慣れない人間形態での練習だったので余計に大変だったのだろう。
俺は汗で濡れたバステトの服を持って【クリーン】を使うと、汚れや汗を下に落としていく。
全て綺麗にしたらアイテムバッグに仕舞い、最後に俺とバステトも【クリーン】で綺麗にして終了。
水分補給などを終えたら、魔法陣部屋から惑星に戻った。
宿の部屋へと戻ってきた俺達は、ヌンに警戒を任せて熊の毛皮を敷いたベッドで寝る。
相当に疲れたのだろう、俺もバステトもすぐに意識を手放した。
…
……
………
『イシス、バステト、起きてください。二人とも起きてください』
「ん……もう、朝か?」
ヌンに起こされたので起きると、ヌンが立ち上がって窓を開けてくれた。
確かに朝日が昇っているのが見えるので、もう朝になったらしい。
昨日の特訓というか練習で疲れきっていたのだろう、気付いたら既に朝という状態だった。
健康的ではあるんだろうが、昨日は大変だったからなぁ。
これからあれが当分続くが、仕方がないと諦めるしかないだろう。
俺達は起きて【クリーン】を使うと、バステトを起こして覚醒させる。
俺は起きたもののバステトは寝たままだったからな。
それが終わったら宿を出て酒場へ。
朝食を注文したら、やはりネズミ肉しかなかった。
どうやら何処もが朝はネズミ肉らしいが、これが村だけなのか町もなのかは不明だ。
俺は17ルルを銅貨2枚で支払い、お釣りの小銅貨3枚を受け取る。
後は朝食が運ばれてくるだけなのだが、続々と村人っぽい人達が集まり始めた。
服だけなので、開拓者でないのは分かる。
運ばれてきた朝食を食べた俺達は、場所を空ける為に酒場をすぐに出た。
そしてそのまま村の入り口まで行き、門番に登録証を見せて村の外へ。
昨日ヌンに習った疲れにくい【歩法】を実戦しつつ、俺達は西へと歩いていく。
ようやく初めての町だが、どんな所なんだろうな?
それと最近景気が良いという事を聞いているが、そこも調べておかないといけない。
『なんで? それって調べる必要のある事なの?』
『景気が良いにも理由があるからな。一過性の理由なのか、それとも根本的な理由なのか。たとえば作物が増えたのか、それとも鉱山が見つかったか。それによっても変わってくる』
『新しい作物の種類が増えたのなら根本的な理由ですね。鉱山は一過性かどうかは微妙です。規模によっては数百年もの長きに渡って掘れる鉱床もありますから』
『結局、どういう事?』
『一過性、つまり一時的な事なら早めに離れた方が良いって事だ。そういうのは意外なほどに簡単に終わるんだよ。盛り上がっている間は凄い大人数が押し寄せるんだが、終わったら人が全く居なくなる』
『そんな所では長く稼げませんし、私達はお金が欲しいわけではありませんからね。ゼンス王国の野望を打ち砕くのが本当の目的です』
『現在の一番の目的はダンジョンに行く事だけどな。この際だからアイテムバッグも手に入れておきたいし、他にも良い物があれば入手しておきたいんだよ。色々とな』
『ダンジョンっていうのがある場所だと手に入るの?』
『色々と揃っている場所は人の集まる場所しかない。それは何処かといえば、王都かダンジョンのある場所くらいだろう。多くの物はそこで買える筈だ。ゼンス王国をどうにかする為にも、その準備はしなきゃいけない』
『結局はお金を稼ぐ事になるんですが、それ自体は必要な事ですからね。それに人が集まるという事は、情報も集まるという事です。ゼンス王国に関する情報も集めなければいけません』
色々と考えると、先は長いなー。
それでも一つずつ着実に進んで行けば、そのうちに終わるだろうけどさ。




