両親の愛
「さて、タマラさん。ここからは貴女のご両親の話をしましょう」
アントンの言葉を聞き、タマラはゆっくりと顔を上げてゴクリと唾を飲み込む。
それはタマラが何よりも知りたいと思っていたことだった。
「転んで石を蹴った三日後、ご両親はタマラさんにそのことを決して口外するなと言った。更に貴女を見張っているような感じになった。これは恐らく、ご両親はタマラさんのことを守りたかったのではないでしょうか?」
「両親が、私を……」
タマラは少しだけクリソベリルの目を伏せたを。
「ええ。タマラさんが転んで石を蹴った三日後、ホルスト様の怪我の記事が出たのでしょう。ご両親はそれを見て、きっとタマラさんの影響だと気付いた」
「でも……だとしたら、何故言ってくれなかったのでしょう? 知っていたら、バーデン侯爵令息様に謝罪に行くことだって可能だったはずです」
タマラは少し困惑していた。
「タマラさん、よく考えてください。相手は侯爵令息、お貴族様です。タマラさんもご両親も、貴族については身分が高く、雲の上の存在と認識していますよね?」
諭すような口調のアントン。
「……はい」
少し落ち着いたタマラは頷いた。
「自分の娘がやった何気ないことが、貴族の怪我に繋がった。貴族の中には、平民を人とも思わない者もいます。もしタマラさんが怪我をさせたのがそんな貴族だった場合、きっと家族全員殺されてしまうかもしれない可能性だってあるでしょう」
アントンの眼鏡の奥のムーンストーンの目は、タマラを射抜くように見ていた。
「そんな……」
タマラはヒュッと息を飲み込んだ。
「タマラさんのご両親は、それを恐れた。自分達の生活もそうだけれど、何よりも娘であるタマラさんを守りたかったのだと思います。転んで石を蹴ったことを口外するなと言う以外は、いつもの優しいご両親だっだとタマラさんも言っていましたし」
アントンの眼鏡の奥のムーンストーンの目はどこか優しげだった。
「お父さんとお母さんが……」
タマラのクリソベリルの目からは涙が零れ落ちる。
「お父さんとお母さんは、私を愛してくれているから……十年前あんな態度に……」
嗚咽を漏らしながらポツリと呟くタマラ。
アントンはそんなタマラを彼女が落ち着くまで見守っていた。
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「アントンさん、この度はありがとうございました」
落ち着きを取り戻し、スッキリとした表情のタマラ。懐から追加料金を取り出す。
「いえ、貴女がずっと悩んでいたことが解決して良かったですよ」
アントンは料金を受け取った。
「私、春になったら亡くなったバーデン侯爵令息様のお墓参りに行こうと思っています。私が原因で彼の運命が変わってしまったのですから」
タマラは穏やかな表情だった。
「そうですか」
アントンは眼鏡の奥のムーンストーンの目を優しげに細めた。
「アントンさん、本当にありがとうございました」
タマラはクリソベリルの目を真っ直ぐアントンに向け、改めてお礼を言った。その目に迷いはなかった。
タマラはそのままアントンの事務所を出た。
(十年前、私がしてしまったこと、それからお父さんとお母さんの態度の理由が分かった。私は、自分が何気なくしてしまったことに責任を持って生きていかないと)
タマラは真っ直ぐこの先の未来を見据えて歩くのであった。
読んでくださりありがとうございます!
これで完結です。
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初めての推理、ミステリー風なのでまだまだな部分はありますが、最後までお付き合いくださりありがとうございました!