毒見?
マスター・アッドに「魔の領域」である森の魔物の数について調査を依頼してから数日が経った。
一応、費用は冒険者ギルド持ちであるため、俺が支払うことはない。
正直に言えば、助かった、だろうか。
一体どれだけの金を払えばいいのかわからないというのは、案外不安なモノである。
まあ、払えないこともないし、それで持ち金がなくなるなり、足りなくても、その時は森に入って魔物を倒しまくって稼ぐだけなので、問題はなかった。
とにかく、この数日の間も俺とアイスラは森に入ったが……やはり、魔物の数は増えている。
未だ感覚的なモノでしかないが、前よりもハッキリとそうだと感じるようになっていた。
毎日冒険者たちが森に入って魔物を倒しているからこそ、今のところは均衡を保っているのだが、これで森に入る冒険者の数が減るなり、魔物の数が増えるなりして、均衡が崩れれば非常に危険である。
できれば、調査結果でハッキリして欲しい。
そうすれば、準備不足ということはなくなるはずだ。
その辺りが気になるため、深層には向かっていない。
深層まで向かうと、さすがに日帰りは難しいからである。
森で野宿している間に――なんてことにはなって欲しくないからだ。
そう考えてから更に数日が経ち――マスター・アッドから呼び出された。
―――
冒険者ギルドに入る。
「「「お疲れさまです!」」」
前回と同じように冒険者たちが分かれて道ができる。
既に門番で耐性ができていたようで、二回目でありながら特に思うことがなくなった。
嫌な耐性だという気がしないでもない。
受付まで向かえば、今回は既に話が通っていたようで「お待ちしておりました! こちらへどうぞ!」と受付嬢に案内されてギルドマスター室へ。
ギルドマスター室に入ると、マスター・アッドは前回以上に高い書類の山を片付けていた。
どう見ても体を動かす方が得意だろうから、大変だろうな、と思う。
「……来たか。今日は少し長い話になるかもしれない。ジオはそっちに座ってくれ」
マスター・アッドに言われた通り、ギルドマスター室内にあるソファーに腰を下ろす。
アイスラは俺の後方に控えた。
マスター・アッドは受付嬢に茶を出すように指示――ついでに「あの、少し長い話だから、あの書類の山は副ギルドマスターに……お願いを……一部だけでも……」と絞り出すように言うと、受付嬢は「自分で言ってください」と即座に断って出て行った、
「……ちょっと、待っていてくれ」
肩を落としたマスター・アッドが出て行く。
先に戻ってきたのは受付嬢の方。
「マスターはもう少々かかると思いますので、こちらを召し上がりながらお待ちください」
ソファーの前に置かれているテーブルの上に、紅茶と茶菓子が置かれた。
もちろん、俺だけではなくアイスラの分もある。
受付嬢は後方に下がって控えた。
室内に残っているのは、ここはギルドマスター室であるし、重要な書類もあるから、さすがに俺とアイスラだけを残していく訳にはいかないからだろう。
「失礼致します」
アイスラが隣に座る。
出されたモノを無下にする訳にもいかない、というのと、マスター・アッドが戻ってくる前に自分の分を頂いてしまおう、と思ったのだろう。
アイスラが茶菓子を口にして、紅茶を少し飲む。
「……大丈夫です。毒は入っていません」
「いや、毒見だったの?」
それはさすがにない……いや、そういう考えは止めておいた方がいいな。
狙われていると思われる身なのだから、俺がここに居るとバレれば、どんな状況でだって襲われる可能性はある。
毒を使ってくるのは常套手段だろう。
気を付けなければいけない。
アイスラはさすがである。
今は常に危険と隣り合わせだという心構えができている、ということだ。
俺も見習わなければいけない。
「……惚れ薬も使われていませんね」
「ん? 今、何か言った?」
「はい。安心してお召し上がりください、と」
「そう」
アイスラと同じように茶菓子を食べ、紅茶を一口。
ふぅ、と少し気を抜くと、出て行った時よりも更に肩を落としたマスター・アッドが戻ってきた。
これはアレだな。
書類仕事を頼めなかったか、書類仕事を増やされたか……父上もそういう時があって、それとそっくりだ。
マスター・アッドはテーブルを挟んだ対面にあるソファーに腰を下ろす。
受付嬢はそんなマスター・アッドの前に紅茶と茶菓子を出し、一礼してからギルドマスター室から出て行った。
マスター・アッドは茶菓子を一口で食べ、紅茶を一気に飲んで一息吐いてから、口を開く。
「……さて、さっさと話を始めるぞ。時間が惜しい。早く書類を片付けないと家に帰れない……さすがに泊まり込みはもう嫌だ」
ギルドマスターというのも色々と大変そうだ。
なので、大人しく話を聞くことにする。
「魔の領域」である森を調査した結果――結論から言えば、魔物の数は増え続けていて、このままだと「魔物大発生」が起こる可能性は非常に高い、とマスター・アッドは判断した。
「いつになるかはわからないが、このまま増え続ければそう遠くない内に起こるだろう。これは辺境伯とも相談して、これから準備を始めてヘルーデンの総戦力で対処するつもりだ」
「ああ……これからもっと書類が増える訳か」
「それは言わないでくれ。意識しないようにしている。目の前の書類を片付けることだけを考えていないと心が折れそうだからな」
「すみません。もうウェインさま――辺境伯には報告を?」
「使いは出したが、俺も直接報告しに行くつもりだ。今後のことも話さなければならないし」
「それで更に時間がかかり、書類が……いえ、なんでもありません」
続きがありそうなので、その続きを聞く。
調査結果でわかったことはそれだけではなく、疑問に思うことがあるそうだ。
それは、魔物の増加は「魔の領域」である森全域で起こっている訳ではなく、ヘルーデン近隣の森だけで起こっていて、他の――森に近い村や町では予兆すらなく、寧ろ魔物の数が減っていっているらしい。
まるで、その辺りに居る魔物が、ヘルーデン近隣の森に集まっているかのように。
「つまり、作為的なモノを感じる、と?」
「証拠の類は一切ないがな」
「しかし、そんなことが可能なのか? 魔物を集めるとか?」
「できなくは……いや、なんでもない。これも可能性の話でしかない」
そう言う割には確信しているような感じがする。
ただ、仮にそうだとしても、魔物を特定の場所に集める手段を俺は知らないし、もしあったとしてもマスター・アッドから教えてもらえる雰囲気ではない。
残念だが、無理に聞き出すことでもないだろう。
今はまず、起こりそうな「魔物大発生」に向けて準備を始めなければならない。
とりあえず、ウェインさまにはマスター・アッドが伝えてくれるようだし、俺は今回聞いた話を纏めて母上に手紙を出しておこうかな。
アイスラ「ーーはっ! 逆に惚れ薬を入れて飲んでもらえば」
作者「はい。アウト」