第九十六話:レイドボス攻略会議
――王の騎士団、ギルドホーム会議室。
そこには七人パーティを七つ組み合わせたパーティ、四十九人のレイドパーティが集っていた。
とは言っても、厳密にはそのパーティ一つ一つのリーダーたち七人だけだ。
残り四十二人はリモート……要は声だけでの参加ってワケだ。
「さて……全員集まって、準備もよろしいかな」
今回のレイドパーティを束ねる総合リーダーであるアーサー。
彼の言葉に集まっている六人、俺含めて全員が首を縦に振る。
「それでは、第四都市解放戦の攻略会議を始めよう」
第四都市解放戦……いわゆるレイド戦って奴だ。
普通のMMOならとんでもない物量で押しつぶしに行くもんだが、SBOのレイドボスは少々特殊だ。
都市解放戦のために侵入するダンジョンはレイドパーティ一つ、とどのつまりたったの四十九人だけしか入れない。
なので、直前のイベントで一位を取ったプレイヤーが参加者を決めるという方針なのが、SBO攻略に勤しむプレイヤーたちの暗黙の了解らしい。
なんでそんな風になったのかは知らないが実力行使が多いSBOのことだから、アーサーやカオスが絡んでいるんだろう。
「まず、勇敢にもデスペナルティ覚悟で偵察をして来てくれたパーティから報告だ」
アーサーはそんなことを考えている俺を他所に。
黒板のようなモニターに、ボスの行動パターンを箇条書きで映す。
いつもなら書記のアルトリアがやるみたいだが、今日はアーサーだ。
・右手に持つ剣の振り下ろしor薙ぎ払い
・左手に持つ盾でのタックル
・数秒程のタメを作ってから全力の振り下ろし
・口からの毒ガスブレス
・目からの炎属性ビーム
・ジャンプしての地ならし
・盾を利用した防御
・小型サイズの斧持ち兵士の召喚
「基本的な攻撃はタンクの皆で防ぐ。
毒ガスブレスは攻撃自体をタンクに、状態異常はヒーラー隊の皆に治してもらうことにしよう。
斧持ち兵士は遊撃隊と雑魚狩り隊の両隊に任せよう。
炎属性ビームが来るときは全員が下がって、属性防御が出来るタンクのメンバーに防いでもらおう。
普通に盾で防ごうとすると、ビームの余波があちこちに飛んで危ないそうだからね。
地ならしは受けると強制スタンとヘイト値上昇、その上大ダメージだから受けないように」
アーサーに言われたことを、俺はホロキーボードでメモに打ち込んでいく。
俺は忘れっぽいバカなので、こういうことはちゃんと書いておくのだ。
行動パターンを覚えないで戦ったらいつもならともかく、他のギルドのプレイヤーに凄く怒られそうだしな。
「それで、肝心のボスの名前は【メガロス】、雑魚の名前は【キロス】。
サイズはメガロスが全長5mほど、キロスは130cmほどだ」
偵察部隊のスクリーンショットがモニターに出てくる。
如何にも凶悪そうな面構え、HPバーは7本……その上デカい。
クリティカル狙いで顔面に攻撃を当てるのは難しそうだ。
めいっぱいジャンプしないと届かない程だし、長期戦は必至だろうな。
「最後にルールの確認。
道中の敵は遊撃隊と雑魚狩り隊に一任して、小ボスレベルの敵は雑魚同様にして、中ボスは全員で狩るとしよう。
ボス戦では無理をせず、HPバーが半分を切ったら回復に専念。
アイテム分配については金が均等割り、アイテムはゲットした人の物だ。
異論は……ないと見た、では一時解散」
……誰も口を挟むことも手を上げることもなく、会議は終わった。
ただただ、アーサーからの情報を聞いただけだったのでつまらなかったな。
もう少しあれやこれやと騒ぐのが攻略会議だと思ってた。
けれど、言いたいことも何もなかっただけに仕方ない。
「……さてと」
今回のレイドパーティは、それぞれ隊ごとに役割が決まっている。
壁役、攻撃役、後方支援役、回復役、雑魚狩り、中衛、遊撃隊。
因みに俺は遊撃隊のリーダーに任命された。
「にしても……見慣れねえ奴もいるな」
壁役のリーダーは王の騎士団の【ギャラハド】という大盾使いの男。
全身を鎧で覆っていて、紫色の髪が似合う整った顔立ちも戦う時は兜で全部隠れてしまうようだ。
「我が王から任命された盾役……皆の者、是が非でも仲間たちを守り通すぞ」
攻撃役のリーダーはアーサーが総合リーダーと兼任。
黄金の鎧に青いマントっていでたちは全然変わらず、金髪碧眼のスッゲー整った顔立ち……見てるだけで羨ましく思えて来る。
「さてと、今回は盾を信頼して攻撃の方に集中しようかな」
後方支援役のリーダーは薔薇園の姫のローズ。
アーサーと並んでいるとお似合いに見える金髪に緑の瞳で美人と言える容姿だけれど……第二回イベントのこともあって、ちょっぴり苦手だ。
回復役のリーダーはアルゴーノートの【イアソーン】という片手剣使いの男。
短い金髪に煌びやかな鎧を身に纏って、いかにも前に出そうな剣士らしい見た目なのにもかかわらず回復役……ミスマッチに感じるぜ。
雑魚狩りのリーダーは王の騎士団の【ガウェイン】という両手剣使いの男。
王の騎士団の趣味なのか、それとも違うのか……アーサーと似た天パ気味の金髪に銀色の鎧だ。
中衛のリーダーはホーリー・クインテットのウズマキ。
見慣れた魔法少女らしいフリフリの装備に、ドリルみてえな金髪……何のコスプレなんだか。
で、遊撃隊はさっきも言った通り、俺がリーダーだ。
前々から変わらず小鬼帝の装備、緑を基調とした戦士らしい格好で俺のお気に入り装備だ。
で、各隊のリーダーたちはそれぞれ専用の部屋を王の騎士団のギルドホームから借りている。
「……メンバーに不安アリだなぁ、俺」
「失礼ですね、私は十分に強いと思いますが?」
「そうだそうだ、むしろこっちが攻撃役でもおかしくないだろ」
「まぁまぁ、不安なのは僕も一緒ですから」
「私はむしろ場違いに感じて困っちゃうけどねー……はは」
「攻撃隊に行きたかったのだがな……全く、我が兄め」
「野郎と女の子が半々くらいか……悪くねぇな、へへっ」
遊撃隊のメンバーは俺、KnighT、カオス、アイン、リン、アルトリア。
最後の一人は知らない男のプレイヤーで、ギルドに属していない男だった。
たまーに街中やフィールドでちらほら見たりはするが、特に気にはしなかった。
アバターも珍しい部類だけど別段気になるわけじゃない、弓使いの【オリオン】という男だ。
俺は彼について知っていることなんて、SBO内で結婚しているということだけだ。
「……取り敢えず、互いのことを知っておくためにも自己紹介するか?」
「そうですね、遊撃隊である以上は各々で判断することも大切です。
そのためには味方のことを、よーく知るのが何よりものの基本ですからね」
KnighTのごもっともな言葉に皆頷く。
ので、早速俺から自己紹介をすることに。
「俺はブレイブ・ワン、集う勇者ギルドマスターだ。
一応指示出しの立場だけど……あんま期待しないでくれ。
得意な技は重単発刺突技と、炎属性の中距離技だ」
ゴブリンズ・ペネトレートとフェニックス・ドライブのことを伝える。
これはイベントで乱発したし、今更隠したって何の意味もないのでハッキリさせよう。
と、俺が座ると今度はKnighTが立った。
「私はKnighTと申します。一応、朧之剣のギルドマスターです。
お恥ずかしながら指示などは出せるほどの知恵はありませんが、個人の戦闘能力には自信があります。
得意な技は……そうですね、炎属性の広範囲技です」
……第三回イベントでも使ってたっけな、広範囲炎技。
流星盾が砕かれたし、ゴブリンもいっぱい倒された。
と言っても、最終的には作戦勝ちしたけどな! と内心勝ち誇る。
そんな俺を気にも留めずカオスが立った。
「俺はカオス、言わずと知れた真の魔王のギルドマスターだ。
簡単な指揮は出来るけどやっぱ力と物量でゴリ押しするのが好きだから、指示らしい指示は出せないぜ。
で、得意技は無詠唱と同時詠唱で使う大氷壁だな」
通常の魔法使いでならやらない、杖の二本持ち。
その上、イメージするだけで好きな魔法を使える無詠唱。
更には並列思考をすることで、同時に魔法を使える同時詠唱。
更に更に、魔法を使うことを極めたようなカオスのPS。
正直、もう二度と敵に回したくないと思える奴だぜ。
「あー……じゃあ、次は僕ですね。
お義兄さん……ブレイブさんの集う勇者のメンバー、アインです。
得意技は狂化からの高速攻撃と、シンプルに殴ることです!」
カオスとの戦闘の思い出に浸っていると、アインが自己紹介を済ませていた。
……第三回イベントでアインは白星をあげられなかった、なんて落ち込んではいたが。
アイン自体は十分に強い、っつーか普通に戦えばハルとランコには勝てるだろ。
いや、ハルに対しては勝率五分五分くらいかもしれないけれども。
と、アインの事を考えていたら次はリンが立った。
「メイプルツリーのサブギルドマスター、リンです。
まぁ、この中じゃ場違いな人とか言われるかもだし、弱いけど。
回避には自信があるし、恥にはならない程度に頑張りますね」
リンは腰の短剣を二本抜いて、それを軽く振りながら自己紹介を終えた。
今思えば、コイツもユージンみたいになれる可能性があるんだよな。
ユージンも先輩に隠れてるだけで、回避能力と反応速度は凄いし。
リンもそれに近しい、って思えば安心できるアタッカーだな。
今度、久しぶりに一緒の狩りでも誘ってみようかな。
なんて思ってると、アルトリアが立ち上がった。
「アルトリア、王の騎士団のギルドマスターの妹、アルトリアだ。
私は人を導くことは出来ないので、兄のような振る舞いは期待しないでくれ。
得意技は基礎的な剣戟と、光属性の中距離技だ」
第三回イベントでアインと戦った時は、そりゃあ強く見えた。
アインに完勝したも同然だったし、真の魔王と戦った時も白星をあげたみたいだ。
つまりそれはホウセンにも勝利したってわけだし、本当に強いんだろう。
……と、アルトリアの事を考えつつも最後の男に目を向ける。
「……よし、最後は俺か、俺だな」
筋肉モリモリマッチョマンの野郎は立ち上がった。
身長はアホみたいに高い……俺も身長は高いつもりでいたけど。
そんな俺よりも高いってスゲーな。
「我が名はオリオン! ギリシア一の狩人にして、我が矢の届かぬ獣はあらじ!」
腰に携えていた弓を取り出し、RPでもしてるかのような台詞を言い放った。
……ギリシアって言うからには、外国人かなんかなのか……いや、それも込みのロープレか。
「要はSBOの親戚、【ギリシア・ハント・オンライン】からのコンバートだ。
ステータスはお前らと大差ないけど、GHOはスキル制ゲームだから、手数には自信があるぜ。
因みに全距離対応だからガンガン頼ってくれ! 特に女の子!」
胸をバァンッ! と叩きながらオリオンは自信満々に言い放つ。
ギリシア・ハント・オンライン……SBOの親戚ゲーが他にもあったのか。
VRMMOは、ゲームの規格や使われているソフトが同じならデータがコンバート出来る。
因みにRWOのデータもSBOにコンバート可能だったけれど、今の俺はRWOの俺よりも強くなったからいらないのである。
「よし……自己紹介は終えたし、あとはアーサーから呼ばれるまで自由時間だ」
「では解散ですね。
私は特にすることもないので、ここで待たせていただきますが」
KnighTはストレージいっぱいまでポーション等を持ち込んでいるようだ。
因みに俺はこの日のために必死に狩りをして、クリスタルもポーションもいっぱいだ。
まぁ……予備の装備一式も揃えてるからストレージに余裕はないけど。
「んじゃ、俺は彼女に挨拶でもしてくるわ」
「ぼ、僕も一応ランコさんに挨拶して来ます……!」
そう言ってオリオンとアインは出て行ったが、ランコは中衛のパーティにいる。
なので、わざわざ挨拶することはねえと思うんだけどな。
ま、そこは気持ちの持ちようなのかもだし、仕方ない……か。
「んー……やることないし仮眠してますね」
「では私は食事にしよう、空腹だったのでな」
リンは椅子にもたれかかって眠り始め、アルトリアはストレージから大量の料理を出した。
カツ丼とかラーメンまであるけど、SBOの料理スキルってそんなのまで出来るのか。
料理系プレイヤーは凄いことが出来るんだなぁ……としみじみ思った。
「……で、カオスはどうすんだ?」
「俺? 俺はコイツを」
カオスは椅子から立ったと思うと、座り心地が良さそうな玉座とナッツの入った袋と酒瓶を取り出し、緊張感なくそれを開け始めた。
俺はやることがないので……まぁ、ステータスや武器を見直すくらいしか出来ない。
話し相手がいないわけじゃないけど、リンを起こしては悪いので俺は部屋を出た。
「ブレイブ」
「あ、先輩」
先輩はアーサーの隊、攻撃役のチームのメンバーとしている。
そんな彼女がこうして部屋を出て俺と廊下で出くわすとは思わなかった。
誰かに用でもあるのか。
「誰かに用でもあったんですか?」
「……いや、お前と話したいと思ってな」
先輩は壁に背中を預けると、目を閉じて何かに浸るようだった。
……第二都市を解放する際のレイドボス戦で、何かあったのか。
「今回のレイドパーティに、不自然と思うことはなかったか?」
「……いや、特には」
「そうか……では、私から言わせて貰うとだ」
先輩はメンバーの一覧が書かれた紙を取り出した。
丁寧に一人一人の所属ギルドまでメモされている。
【集う勇者】【王の騎士団】【真の魔王】【薔薇園の姫】【ホーリー・クインテット】【メイプルツリー】……後はソロプレイヤーとか、ギルドに入っていないプレイヤーなどだ。
「……曹魏の国のメンバーが誰一人としていない」
「確かに、良く見るとそうっすね」
曹魏の国……第三回イベントでも本戦に来ると予想はされていた。
第二回イベントでも、上位に上がってくるプレイヤーはいてもおかしくなかった。
だが、そのどちらでも曹魏の国のことを目にすることはなかった。
「お前はどう考える、ブレイブ」
「どうもなにも……俺にはわかんないっすよ」
そもそも曹魏の国なんてギルドのことは大して知らない。
バカみたいに人数が多くて、王の騎士団や真の魔王とぶつかり合える巨大ギルド。
ただそれだけしか知らない……ギルドマスターの名前すら。
「……では、私の経験と仮説によるものだが」
そこからは、先輩のやや長めの話が始まったので、要点だけをまとめるとだ。
まず、曹魏の国は最初のレイドボス戦でのメンバーの大半を占めた。
その際に、アーサーの指示に従わないプレイヤーが多数出て、陣形がバラバラになった。
それが原因で戦線が崩壊しかけたものの、辛勝という形で第二都市を解放したらしい。
先輩は曹魏の国に呆れてレイドボス戦に参加するのをやめたようだ。
で、第三都市解放戦では王の騎士団と真の魔王だけのメンバーが連携した……とのことで。
アーサーは曹魏の国をレイドボス戦から意図的に外しているのではないか、という結論に至る。
しかし何故第二回イベントや第三回イベントで名を表せなかったのか。
これは本当の話かはわからないのだが……と、前置き付きで先輩から言われた言葉は。
「第三回イベントの前日に、曹魏の国は我々冒険団からの襲撃を受けた。
王の騎士団の命令かどうかは定かではない。
だが、曹魏の国はそれが原因で戦力を少しばかり削がれたようだ」
「……マジですか」
「大マジだ」
王の騎士団は曹魏の国に対して、そこまで強い恨みでもあったのか。
それとも、ただの偶然なのか……頭の中がモヤモヤしてきた。
「だが、王の騎士団も大人しく従う者に過激な真似はしないだろう。
故に、安心して今回のレイドボス戦に挑もう」
「……そうっすね」
そうだ……レイドボスってのが控えてるんだ。
こんなとこで四苦八苦してる暇なんてねえぜ。
と、俺は決意を新たにしながら、俺を呼ぶアーサーの声に応えるように足を動かし始めた。
【曹魏の国】
三国志大好きなプレイヤーが立ち上げた超大規模ギルド。
王の騎士団以上のプレイヤーを抱え、数に物を言わせている。
効率の良い狩場などを独占したり、ダンジョンでも独断専行が目立つ等良い噂はない。
掲示板ではアンチが多いが、くっついていけば経験値が貰える……という理由で擁護するプレイヤーも多い。
尚、個々の力はそれほど大したことはないため、小規模ギルドが相手でも作戦次第では普通に負ける。