第六十話:最低だよ、最低だな、最低です
「うー、緊張で胃がはじけ飛びそうッス……」
「どんだけ脆いんだよお前の胃は」
腹を抑えてしゃがむユージンの背中に軽く蹴りを入れる。
全く……コイツ、反射神経はいい方だし、避けるのだけは上手いのに。
なーんで緊張しちまうんだか。
「ブレイブさんたちはいいじゃないッスか……俺たちが負けたら、責任負わなくて済むんッスから」
「何を言う、責任は俺と先輩にも降りかかるんだぞ。
つーか、全責任が俺に行くんだぞ」
「え? どうしてッスか?」
「俺が一回戦もロクに勝ち抜けねえ雑魚を集めたことになるからだ」
先輩の左フックとランコの回し蹴りとアインのヘッドバッドが同時に飛んできた。
……これ、ちょっと理不尽な暴力じゃない? 痛くないんだけども。
心がなんか少しずつ痛んでくる気がしてくる。
「何を言うかこの愚か者……」
「いくらお義兄さんでも酷いですよ」
「最低だね兄さん、とっとと死んだら?」
……ちょっと理不尽じゃねえ?主にランコ。
お前だって、最初からバトルスイッチを使っておけば、勝てたかもしれねえのに……あー……全く、なんだか嫌な気分だ。
まぁ、俺が悪い発言したのも事実っちゃ事実だけど……ここまですることなくないか?
「取り敢えずユージン、ハル……頑張れ」
「や、やってやろうじゃあないッスか!」
「そうですね……意地でも先輩が試合に出れるようにしてあげますよ!」
ランコに顔面を踏みつけられたまま送った俺のエールは、ユージンにもハルにも届いた。
……で、ランコは足をどけてくれそうにないので、俺は寝たまま観戦だな。
あー、悲しい悲しい……。
『いや~、第二試合も熱かったね~ニコちゃん』
『はい~、あの、序盤……ランコ……さん? が負けそうだなー、って思ってたんですけど。
急にパワーアップして、引き分けにまで持ち込んだのがカッコ良かったなって……』
『やっぱり、こう……劣勢な所からの巻き返しは盛り上がるねぇ……』
MCとアイドルがランコの試合も楽しんでくれたようで何よりだ。
尤も、そのランコ自身は俺の顔面踏んだまま『ケッ』とか言ってるけどな。
女子中学生がしていい表情じゃねえよ、完全にヤンキーのソレだよ。
「まぁ……なんにせよ、ユージンたちが負ければ、私たちは勝ち以外で繋ぐことは出来ん。
ブレイブ、戦う時は心して挑め」
「……ありがたい言葉なんすけど、出来れば俺に足を乗せてる妹をどかしてから言ってくれません?」
「ダメだ」
うーん、この先輩もランコも鬼だ。
アインは……助け舟出してくれる様子なし、ってことは多分俺試合終わるまで寝たままだな。
いやまぁ、無理矢理起き上がることは出来なくはないんだけど、ランコが拗ねそうだし。
お兄ちゃんとして、心が広い様子をアピールして、怒りの表情も見せずでいこうじゃねえか。
「何ニヤニヤしてんの兄さん、気持ち悪いよ」
「ちょっといい加減にしろ馬鹿妹」
「ふべっ!」
まぁ、尤も俺の堪忍袋の緒は豆腐よりも脆いんだけどな。
ランコの足を掴んで俺の顔面からどかし、そのまま足を掴んだ状態で腕をあげた。
そうしてランコは顔面から崩れ落ちた。
「……全年齢対象のゲームでもパンツって見えるのな」
「最低だよ兄さん」
「最低で結構、ゴブリンはそういうの喜ぶ種族だからな」
「最低だなブレイブ」
「お義兄さん最低です」
「ブレイブ最低だな」
「兄さん最低だよ」
「最低ですお義兄さん」
「いちいち二回に分けて言う必要ある!?」
三人の罵倒が六回になって来たので、ちょっと心に何か来た。
ガラス片みたいなのが刺さるような威力を味わった気がする。
……と、こんなコントみたいなやり取りをしてる場合じゃねえ。
もうハルとユージン、そしてその対戦相手が向き合っている。
『えー、一回戦第一試合中堅戦、【集う勇者】の【ハル】&【ユージン】VS【ぷくぷく倶楽部】の【ジュオン】&【ダツボー】!』
「頑張れ……ユージンさん」
「負けてくれるなよ、ハル」
アインと先輩が二人にエールを送り、俺も二人を心の中で応援する。
四人はもう武器を抜刀し、それぞれに構えていた。
……ユージンは片手直剣にギリギリ届かないレベルの短剣を二本、ハルはやや長めの片手直剣。
向こうの……ジュオン、とダツボーって奴らはササンやハタン同様に、短剣装備だ。
PKギルドとなると、やっぱそう言う類の武器を装備するんだろうか。
『それでは試合……開始ィーッ!』
「加速!」
試合が始まった瞬間、ユージンはバフスキルを使って走り出した。
……と言っても、ただ真正面に走り込んだわけじゃない。
駆け巡るように、ジュオンとダツボーの周囲をうろちょろしている。
「むっ……」
「ぬっ……」
ユージンのAGIは集う勇者の中でも最速……どころか、速度だけなら先輩以上だ。
……まぁ、だからと言って先輩より強いってわけじゃあないが、ランコとアインよりかは強い。
ランコとは真逆とも言える、超特化型ステータスのユージンを捉えるのは俺でも出来ねえ。
だから……当然、ジュオンとダツボーの二人もユージンに攻撃を当てようにもどこにいるかすらわかってないようだ。
「行くっすよハルさん!」
「はい!」
と、そうこうしているうちにユージンはハルの後ろにスライディングしながら戻って来た。
……あぁ、ジュオンとダツボーの近くを走り回っていたのはハルのスキルの詠唱時間を稼ぐためか。
人は目の前にいるものほど気になって仕方がない、と言う性があるのか──
それとも、ただただ注意力の問題なのかは知らんが、ユージンのおかげで二人はハルのことをすっかり忘れていたようだ。
「インパクト・スラスト!」
「温い」
「遅い」
ハルの剣から放たれた衝撃波。
それは真っすぐにジュオンとダツボーを狙うが、二人は左右に散って攻撃を避けた。
「まんまとハマっているな、向こう側」
「まぁ、ユージンの速度ありきな戦法ですから」
ハルのインパクト・スラストで左右に避けるのは既に想定内だったようだ。
だからユージンは左右に散った片方を、ジュオンの方を叩くと決めたらしい。
「遅いのはそっちッスよ」
「なっ……ぐはぁっ!」
ユージンの流れるような動きから放たれた攻撃がジュオンに一文字の傷を作った。
すれ違うかのように斬られたジュオンの後ろで、ユージンはスキルを詠唱し始めた。
……となると、ダツボーがそれを阻止しに行くわけだ。
「プリズン・シールド!」
「上手い!」
ダツボーの動きを完全に読んでいたハルのシールドが、ダツボーを閉じ込めた。
これで僅かな時間ながらも、二対一の状態が出来た。
「これで終わりッス! 強風乱舞!」
「ぐっ、むっ……おおおっ……」
分身する程速く見えるユージンの乱舞が、一気にジュオンへと襲い掛かった。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ、と言う剣を振るっている音とは思えない音が鳴り響く。
ユージンの動きは単調だが……単調故に、無駄のない速度。
剣が相手の胴体へ届くまでの距離が、最短で走っている……だからこそ、単調でいい。
変化を加えないことで、あの速度が出ている……リンの乱舞とは違う所だな。
「うおおおおおおっ!」
「チッ! 調子に乗るのも……いい加減に──しろッ!」
ジュオンはうっとおしそうに声を荒げながら距離を取った。
そして瞬く間に短剣を三本投擲。
「俺だって馬鹿じゃないッス! 【超速剣】!」
しかし、ユージンだって投擲武器如きを落とせないわけじゃない。
加速状態で使える剣系スキルが、見事に黒い短剣を一刀のもとに叩き落とした。
「ハルさん! 決めるッスよ!」
「はい!」
「連携システム外スキル・【ピンボール】!」
「れ、連携システム外スキル……?」
ランコが驚いてそう呟く中、俺たちは静観していた。
先輩はこういう手合いを見たことがあるらしい。
で、俺は……まぁ、ユージンの練習に付き合ったことがあるから知ってる。
「F・フロートシールド! S・フロートシールド! 【T・フロートシールド】! 【Fo・フロートシールド】!」
ハルはジュオンを取り囲むようにフロートシールドを展開し、盾と剣を地面に刺した。
そしてオーケストラの指揮者のように、シールドを動かし、ジュオンの周囲を周らせた。
……ダツボーは未だにプリズン・シールドを破れず、閉じこめられてるな。
「これで決めるッスッ!」
「ぐおおお!?」
すると、ユージンはハルの動かすフロートシールドに合わせて跳ね返る。
シールドを足場にして蹴るように動き、まるで鏡で乱反射する光みてえだ。
……まぁ、現にそれくらい速く動いているし、最早目で追える領域じゃねえな。
「こざかしい真似を……」
「こざかしくて結構ッスよッ!」
「ぐあっ!」
ジュオンがスキルを放とうとしたところで、ジグザグに跳ね返って来たユージンの一閃。
ジュオンの首と胴体が綺麗に分かれ、まさにジ/ュオンって感じに斬られていた。
「はぁっ!」
「あーあ、遅いですよ、ダツボーさん」
で、ようやくハルのプリズン・シールドが砕かれ、中からダツボーが出て来た。
……一分にも満たない攻防だったが、既に勝負は決したとみていい。
二対一なのは変わりない上に、ダツボーではハルの防御を貫けないだろう。
「ぬううあああああっ!」
「流星盾!」
ハルの展開した流星盾に体ごと突っ込んだダツボー。
それを狙うように、ユージンが既に走り込んでいた。
「ゲームオーバーッスよ」
「ぐぬぅっ……」
「強風乱舞!」
……ダツボーは、サイコロステーキかのように刻み殺された。
HPバーは全損し……悲しきまでにノックアウトだ。
『中堅戦、集う勇者の勝利ーっ!』
「圧勝だったな、ハルもユージンもよくやった」
「ま、そりゃウチは中堅からが本気だし……アインとランコが負けたって、三勝取れますからね」
「頼りない妹でごめんね兄さん」
「まぁいいってことよ、これで後は先輩と俺で決めるだけだ」
「あぁ、任せておけブレイブ」
俺と先輩は拳をコツン、とぶつけ合わせたところで、後ろに振り返る。
勝負を終えたユージンとハルが戻ってきたところだ。
……なんとなくで編成した二人のタッグだが、ちゃんと連携出来ていて何よりだ。
「よ、おつかれ」
「いやぁ~、相手がそこまで強くない奴で助かったッス……でも気を付けてくださいよ、二人とも、きっと次の奴らは本命ッス!
中堅戦で油断させといて、俺たちを欺こうって腹だと思うッス!」
「あ、あぁ……善処する。それよりもユージン、ハル……」
「なんですか」
「一回戦からあんな奥の手とも呼べるであろう技を使っても良かったのか?」
先輩の問いかけに、ハルはやれやれと言った表情で首を振った。
ユージンはちょっと申し訳なさそうな顔だ。
「一回戦だから、ですよ」
「どういうことだ?」
「一回戦だから、ああいう大技を見せておくんです。
それに、使える状況も限られてるんですから、出し惜しみはナシです」
「フ……そうか。では、私も全力を出して戦うとしよう」
そう言って、先輩は集う勇者専用客席から出て行き、姿が完全に消え去った。
MCとアイドルの語らいはワイワイと続いている。
モニターの方は……1-1……ここが勝負の決まりどころだな。
先輩がここで勝てば、俺たちの勝利はリーチがかかる。
『いや~、一回戦の第一試合でこうやって盛り上がってきたところで、次は副将戦ですね』
『わー、ギルドサブマスターが出る奴ですね!』
『これは熱い戦いになりそうだねぇ……』
MCとアイドルの方もわいわいきゃっきゃと盛り上がってきたところで、先輩と対戦相手が入場。
……そう言えば先輩、前の装備からほぼ一新したみたいだけれど……大丈夫なんだろうか。
このイベントに備えて、王の騎士団のメンツとまでダンジョン巡りを俺たちがしていた中。
先輩だけは、わざわざ休むと嘘をついてまで、ランコを連れてどこか別のダンジョンに行ったのを、俺は知っている。
だから、きっと何かあるはずだと俺はこの試合で睨んでいる。
『一回戦第一試合、副将戦! 【集う勇者】の【N・ウィーク】VS【ぷくぷく倶楽部】の【キング!】』
「Nさーん! 勝ってくれッスー!」
「負けたらいじり倒しますからねー!」
ユージンとハルのエールとも呼べないエールが先輩に届いてしまった。
だが、先輩は俺たちの方を向いて、親指をグッと立てている。
……秘策でもあるのか。
『それでは試合……開始ィーッ!』
合図と共に、先輩は居合の構え。
キングは背中から恐ろしい程分厚い両手剣を抜いた。
……剣っつーか、最早鈍器なレベルだな。
暗殺のための武器じゃねえだろ、こんなの。
「神託は下った……首を出せ、N・ウィーク」
「断る」
「では死ねい!」
「そうか……悪いな、キング」
キングが両手剣を大上段に構え、スキルと共に先輩に斬りかかった時だった。
何が起きたのかも、俺たちにはわからなかった。
ただ、凄く……流れるように綺麗な太刀捌きと、舞い散る光のエフェクト。
それらが俺たちに視認出来ていた時、先輩は既にキングの背後で刀を振り終えていた。
「ぐ……馬鹿な……」
「お前では……この領域には届かんだろう」
先輩はパチンッ、と刀を腰に納めた。
誰もがその行為を不思議に思うことはなかった。
キングは既にHPバーを全損し、先輩がこの試合の勝者となっていたのだから。
『ふ、副将戦……集う勇者の勝利ーっ!』
驚きと共に上がった声が、先輩の勝ちを祝福していた。
プレイヤーネーム:ハル
レベル:60
種族:人間
ステータス
STR:55(+65) AGI:20(+40) DEX:0 VIT:90(+150) INT:0 MND:90(+150)
使用武器:真・黒金の剣、真・黒金の大盾
使用防具:真・黒金の鎧、真・黒金の冠 真・守りの黒衣 真・鉄壁スカート 真・黒金のグリーヴ 真・黒金の籠手 守りの指輪+3