第10話 ただいまです 中編
本社の無機質なガラス扉を押し開けたとき、山南の視界はどこか砂を噛んだように煤けて見えた。
エントランスを行き交う本社の人間たちの視線が、すべて自分を値踏みしているように思えてならない。
ここへ来るのも、これが最後になるだろう。
山南はロビーの奥で静かに稼働しているエレベーターの前に立つ気になれず、わざと避けるようにして非常階段の灰色の鉄扉を開けた。
一歩、また一歩と、乾いた靴音をコンクリートの階段室に虚しく響かせながら、5階まで上がっていく。
息が上がる。
だが、それは運動によるものだけではない。
最悪の処分――懲戒解雇か、あるいは法的な手続きの通達か、それを告げる役員たちが待つ部屋へ近づくことへの、肉体的な拒絶反応だった。
5階のフロアにたどり着き、張り詰めた廊下をゆっくりと歩く。
目的の部屋が近づくにつれ、廊下の照明の白さが網膜を刺すように鋭くなっていく。
第3会議室の扉の前。
山南は一度、大きく息を吐き出し、強張る指先で硬い木目のドアを3回、ノックした。
「失礼いたします」
自身の掠れた声が耳の奥で反響するのを感じながら、ゆっくりと、扉を開ける。
山南の視界が、信じられない光景を捉えて硬直した。
室内に漂う空気は、山南が予想していたものとは決定的に異なっていた。
そこにいたのは、自分を睨みつける役員たちではない。
余計な装飾を削ぎ落とした、極めてシンプルで硬質な濃紺のセットアップに身を包んだ女性だった。
「し、四家店長……?」
足が床に縫い付けられたように動かなくなり、山南はただ目を剥いた。
「お久しぶりです、山南さん」
四家緋和は卓上に広げられた膨大な書類の山から、ゆっくりと視線を上げた。
一年数ヶ月前と何も変わらない、ただ事実だけを真っ直ぐに透かす深い眼差しだった。
「……どうして……」
思考の歯車が完全に噛み合わず、山南の脳内は激しい混乱に塗りつぶされていく。
なぜ辞めたはずの人間が、本社の、それも自分の処分が決まるはずの会議室の真ん中に座っているのか。
呆然と立ち尽くす山南の横で、ひいろの脇に控えていた社蓮太郎副社長が、重い口を開いた。
「山南くん、本件に関して、株式会社シカ・エチュードの代表、四家緋和さんにご助力いただくことになった」
「……だい、ひょう?」
山南の口から、間の抜けた呟きが漏れる。
ひいろは席を立ち、山南の前に歩み寄り、真っ直ぐに山南を見据えた。
「改めまして。シカ・エチュードの四家緋和です。山南さん、本件の解決に向け、ご協力ください」
山南は、自分がどれほど場違いで、惨めな姿をしているかを突きつけられるような感覚に陥りながら、ただ目の前の現実が理解できず、言葉を失うしかなかった。
「座ってください」
ひいろが対面の椅子を軽く手で示す。
山南は引きずられるようにして、椅子の端へ重い身体を落とした。
ひいろは席に戻り、卓上の書類を一度綺麗に整えてから、山南を正面から見据えた。
「今回の山南さんによる厨房機器予算の未稟議流用、およびフロント・エル社との契約の件について、現在、本社の法務と監査が動いています。極めて重大な規律違反です」
淡々としたひいろの言葉が、山南の胸を圧迫する。
「ですが、シカ・エチュードがこの件を精査する目的は、あなたを単に処罰することではありません。現在、月凪町店を巻き込んでいる悪質なステマの被害の全容を解明し、ピース・イートが被った実害を法的に回復させること。それが、この場が目指す最終的な着地点です」
ひいろは端末に指を置き、一度言葉を切った。部屋の空気が一層、張り詰める。
「いまから山南さんにいくつかお尋ねします。事実をつつみかかさず、お話ししていただけますか?」
「……はい」
山南は乾いた喉を鳴らし、かろうじてそれだけを返した。
「では、山南さん、はじめましょう」
厳しいはずの場面に、ひいろの声はどこか優しげに聞こえた。
「フロント・エル社、および黒木という男を、どこで知ったのですか。時系列に沿って、正確に教えてください」
「ネットの……匿名掲示板です」
山南は視線を机の木目に落としたまま、絞り出すように答えた。
「飲食店の売上を、本部にバレずに一発逆転させる手法が書き込まれていて、これしかないと思って、俺が、いえ、私が連絡を取って糸を繋ぎました」
「相手から直接アプローチがあったり、あるいは第三者からの紹介ですとか、そういったことはなかったんですね?」
「はい」
「ネットで、ご自身で探される際に、何か情報を得ていたということはなかったのですか? たまたま、偶然にその書き込みを見つけられたと?」
ひいろの淡々とした問いかけに、山南は記憶の引き出しを必死に手繰り寄せた。
「……そう言えば」
山南は小さく顔を上げた。
「福良主任が、その掲示板の、具体的なサイト名を知っていたんです。まだステマの件に手を染める前の話ですが、事務所で彼が、そのサイトの名前を出して『面白い書き込みがある』と話をしていました。だからそのサイトを検索してみて、書き込みを見つけました」
「やはり、福良主任ですか……」
「やはり?」
ひいろはそれ以上山南を追及せず、卓上の薄型端末へと視線を移した。
「山南さん、あなたが本部に提出した500万円の見計書と領収書、その発行元であるダミー会社を精査させていただきました。同時に、店舗の共有メールアドレスに残されていた、フロント・エル社とのすべての通信履歴を追いました」
ひいろが画面を軽くタップし、山南方へと向ける。
そこには、復元されたデータのタイムラインが映し出されていた。
「福良主任の社内アカウントはすでに削除されていましたが、私の会社『シカ・エチュード』のシステム担当がログを一部復元しました。福良主任は、山南さんが黒木氏に接触する遥か前から、個人のデバイスで彼と頻繁に連絡を取り合っていたようです」
画面に表示されたのは、福良のメールの生々しい文面だった。
『例の件、これでお願いします』
『マージンはいつも通りで』
明確な価格交渉と、裏金のやり取りを示唆する記録。
「山南さん。あなたは福良主任に誘導され、黒木氏の用意した檻の中に自分から飛び込んだだけです。山南さんが厨房機器の予算から浮かせた250万円の一部は、紹介料として福良主任の懐に入っています」
山南は言葉を失い、ただ画面を見つめ続けた。
全能感の残骸が、完全に砂となって指の隙間からこぼれ落ちていく感覚だった。
翌日、同じ応接室に呼び出された福良は、入室した瞬間に室内の空気がいつもと違うことに気づき、わずかに眉をひそめた。
「福良さん、フロント・エルの黒木氏とはどういう関係ですか」
対面に座るひいろが、復元されたメールのコピーを卓上に置いた。
「会社に内緒で、多額のバックマージンを受け取っていますね」
福良の顔から、みるみるうちに余裕が剥ぎ取られていった。
額から嫌な汗がじわりと滲み、シャツの襟元へと流れ落ちる。
「なんのことですか、これ……。私はただ、店長が販促に困っているみたいだから、裏金なんて」
「認めない場合は」
ひいろは福良の弁明を、重みのある声音で遮った。
「即座に警察へ被害届を提出します。社内調査のデータはすべて揃っています。警察の捜査が入れば、あなたの私的な銀行口座はすべて確認され、差し押さえられることになりますが、よろしいですか」
福良の両手が、膝の上で固まった。
言い訳を探して泳ぐ視線が、ひいろの手元にある決定的な証拠の山にぶつかり、完全に停止する。
「……すみませんでした。黒木から、30万、貰いました」
声が小さく裏返る。
彼はそれ以上抗う気力を失い、その日のうちに、裏金が振り込まれた個人通帳のコピーを自ら提出した。
この福良の自白と通帳の記録によって、山南の犯行の全容は完全に引っくり返った。
山南自身は自らのポケットには1円も入れていない。
新品の厨房機器を正規のルートで250万円で発注し、残りの250万円を「店の売上を伸ばすための販促費」として、無断で他社の決済に回したに過ぎない。
刑事事件としてではなく、社内規律違反として扱う余地が生まれた。
だが、事態はそこでは終わらない。
福良の自白を確保した後、事態は数日間にわたる、水面下の、緻密で容赦のない法的な包囲戦へと突入した。
本社の法務部、監査部、そしてシカ・エチュードのシステムエキスパートたちによる合同チームが連日会議室に籠もり、証拠の精査が進められた。
「四家さん、福良の提出した通帳のコピーと、復元したログの照合がすべて完了しました」
福良が去った数日後。
法務部長が確定した報告書を卓上に置き、ひいろへ告げた。
その表情には、徹夜を重ねた者特有の確かな矜持が滲んでいた。
「山南さんが動かした250万円のうち、明確なキックバックの流れが立証できました。これで山南さん本人の『横領』ではなく、社内規律違反である『予算の目的外流用』として処理するロジックが完成します。会社として、彼への処分の余地を残す大義名分は完全に整いました」
「ありがとうございます、法務部長」
ひいろは深く頷き、シカ・エチュードのシステム担当へ視線を送った。
「では、本丸の黒木への法的措置へ移りましょう。ログの解析結果をお願いします」
「福良のPCから完全復元されたチャットログです。こちらをご覧ください」
システム担当が端末を操作すると、モニターに黒木による生々しい共謀の記録が映し出された。
そこには『無能な店長をハメた』という、人間の悪意をそのまま煮詰めたような文言が残されている。
これを確認した副社長が、重々しく口を開いた。その拳は、怒りのあまり固く握られている。
「単なる民事の契約トラブルではないな。最初から我が社を標的にした刑事事件――『詐欺罪』だ。法務部、これで刺せるか」
「はい、副社長。告訴状の作成と同時に、金融機関への直接交渉を開始します。福良の自白調書とこの客観的証拠があれば、組織的な詐欺口座であると銀行側に認めさせるのは時間の問題です」
「では、すぐに動いてください。黒木のダミー会社が使用していた銀行口座を、警察・金融機関と連携し、ダミー口座の凍結手続きを進めましょう」
ひいろの指示を受け、そこから数日間に及ぶ法務部の執念深い交渉が始まった。
銀行のコンプライアンス部門との間で激しいやり取りが交わされ、ついに、組織的な詐欺に利用された口座であることを示す、十分な資料として認められた。
「四家さん、やりました! 先ほど主要銀行から連絡が入りました」
さらに数日後、法務部長が興奮を抑えきれない声で会議室に飛び込んできた。
その目には、企業の誇りを守り抜いた熱い光が宿っていた。
「提出した証拠により【口座凍結法(犯罪利用預金口座特例法)】の適用が正式に決定しました。黒木のダミー口座は、即座に凍結処分となります!」
「これで……止まったのですね」
ひいろが胸の内で小さな息を漏らすように呟いた。
その瞬間、月凪町店の口座から毎月引き落とし続けられていた25万円の蟻地獄が、強制的にストップされた。
この間、公的な調査の手が自分の身元に及ぶのを察知した福良は、ある朝、私物を置いたまま完全に姿を消していた。
副社長がデスクの端末を見つめながら、苦渋に満ちた声で報告する。
「……福良のやつ、今朝から無断欠勤だ。自宅にも戻っていない」
「黒木氏も同様のようですね。口座を凍結され、資金源という逃げ道を完全に塞がれたことで、地下へ潜った模様です」
ひいろは落ち着いた動作で端末の画面を切り替え、副社長へと見せた。
「ですが副社長、心配はいりません。この数日間の猶予の間に、法務部と弊社の手によって、すでに外堀はすべて埋め立ててあります。彼に逃げ切る術など、最初から残されてはいません」
そして口座凍結からさらに数日後。
所轄の警察署から一本の連絡が入った。
「四家さん、たった今、連絡がありました。近県の潜伏先で、黒木の身柄は警察によって完全に拘束されたそうです」
法務部長のその言葉によって、数日間に及んだ会議室の張り詰めた空気は、ようやく終わりを迎えた。
窓の外に広がる夕暮れの空が、戦いを終えた彼らの行く末を祝福するように、ひときわ深く茜色に染まっていったのだった。
嵐のような数日間が過ぎ、本社の喧騒がようやく引いた頃。
山南は、再び同じ第3会議室に呼び出されていた。
黒木が逮捕され、引き落としが止まったという事実は聞かされていたが、肝心の数百万円の損害は未だ1円も戻っていない。
山南は自分の処分がいよいよ下されるのだと、重い足取りでパイプ椅子に腰掛けた。
対面に座るひいろが、一枚の書類を差し出す。
それは懲戒解雇通知書ではなく、自宅待機を解く旨が記された通知書だった。
ただし、そこに並べられた条件は、骨を削るように厳格で、厳しいものだった。
副店長職、および店長代行職を解き、最下級である一等級の一般職へと降格する。
キャリアは音を立てて完全に瓦解し、所属および配属先は――ただ一行、『未定』とだけ記されていた。
山南が、目の前の無機質な現実に打ちのめされ、呼吸を忘れていたその時。
ひいろが、静かに、しかし空間の密度を塗り替えるような声で告げた。
「山南さん。私は株式会社ピース・イートの、パスピース事業部を買収する予定です」
「え……?」
思わぬ質量を持った言葉に、山南は顔を上げた。
その隣で、ずっとお仕着せの沈黙を守っていた副社長が、苦渋を噛み潰したような重い口を開く。
「パスピースは……シカ・エチュードの事業として、完全に組み込まれる」
「副社長、それは……どういうことですか」
「これから、パスピース事業部の社員、およびピース・イートのほとんどの人間がシカ・エチュードに転籍するか、会社都合での退職という形になる」
副社長は一度、やるせなさに耐えるように視線を落とし、それから山南の濁った瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ピース・イートに残るのは、社長と私だけになる……」
山南は言葉を失った。
自分の浅はかな不始末の裏で、システムの歯車は回り、会社そのものの形が完全に変わってしまっていた。
自分が降格処分を受け、配属先を「未定」とされた本当の理由が、ここへ来てようやく、容赦のない一本の線で繋がった。
誰も言葉を発しない。
重苦しい沈黙が、重力のように会議室を支配する。
その永い沈黙のひだを、音もなく切り裂いたのは、ひいろだった。
「山南さん、現場に戻って、パスピースを一から始めませんか」
張り詰めた会議室に、ひいろの声が、低く、けれど確かな体温を伴って響いた。
「なぜです……」
山南は顔を歪め、目の前に立つひいろを射抜くように睨みつけた。
机の下で握りしめた拳の裏で、爪が手のひらの皮膚に深く、深く食い込んでいく。
「私は……あなたが憎かった。あなたの作ったあの美しいルールをぶち壊して、あなたより優秀だと証明したくて、本部の金を勝手に動かしてステマに手を染めたんだ。ズルくて、嫉妬深くて、最低の人間だ! 今さら俺を現場に戻して、何になるんですか……。あなたのあてつけですか。それとも、哀れみですか!」
「知っていますよ」
ひいろは眉ひとつ動かさず、山南の激昂を真っ正面から受け止めた。
その瞳は、波ひとつない冬の湖のように平穏だった。
「あなたが私を妬んでいたことも、楽をして数字を横取りしようと立ち回っていたことも、最初から全部知っています。だから、今さら驚きもしません」
山南の呼吸が、ぴたりと止まる。
ひいろは、彼の絶望の淵をただ静かに見つめながら、声を張り上げることもなく、しかし心の奥底に直接響くような、圧倒的な熱量を言葉に乗せて続けた。
「いいじゃないですか、ズルくて、嫉妬深くて。それが山南という人間の一番の原動力なんでしょう」
「……何だと」
「私は綺麗事で立て直そうなんて思っていません。今のパスピースは修羅場です。融資は止まり、私が買収手続きを終える前に倒産しかねない危機にある。
この最悪の状況をひっくり返すには、私の綺麗な数字だけじゃ足りないんです。
綺麗事なんてすべて踏み越えてでも、『絶対に這い上がってやる、あいつらを見返してやる』という、あなたのその歪んでいて、強欲で、執念深いエネルギーが、今のパスピースにはどうしても要るんです」
ひいろは山南の前にゆっくりと歩み寄り、その縮こまった肩を、真っ直ぐに見据えた。
「山南さん。私はあなたに、いい人間になって戻ってこいなんて言っていません。私への嫉妬を抱えたままでいい。いつか私を蹴落としてやるというズルさを、その懐に隠し持ったままでいいです。その牙を、今は全部、このパスピースを潰さないために使ってください」
その言葉は、凍りついた山南の心を激しく揺さぶる。
「私を妬み続けていいですから、そのエネルギーで、もう一度店に立ってください。……先輩」
山南は、言葉を失ったまま彼女を見つめ返した。
その圧倒的な器の大きさに、胸の奥で燻っていた憎しみが、行き場をなくして激しく火花を散らしている。
「……しかし、店が被った損害はどうするんです。黒木に渡した金は、もう戻らないんですよ」
「私も迷いました。本当は、あなたを許せませんでした。でも、考えたんです」
ひいろは、冷静な経営者の顔に戻ってデータを提示した。
その指先が、端末の画面を淡々と動く。
「黒木、彼が使っていたダミー口座は凍結させましたが、騙し取られたお金の大半は、すでに別のペーパーカンパニーへ洗浄された後です。被った損害は、まだ戻っていません。警察は動いていますが、黒木は『山南が自分の意思で契約し、コンサル料を支払っただけだ。福良への金はただの紹介料だ』と言い逃れをするでしょう。刑事事件としての因果関係を立証させないためのプロですからね」
山南は、耐えきれずに零す。
「だったら、もうどうしようもないじゃないですか……」
「いいえ。黒木を完全に刑務所に送り込み、民事でも金を毟り取るための『決定的な証言』ができるのは、直接騙されたあなただけです。山南さん、あの男にハメられたままで、悔しくないのですか」
「……。」
山南は、ゆっくりと自分の両手を見つめた。
かすかに強張る指先。
大損害を出した自分がクビにならずに、首の皮一枚繋がった理由。
それは、黒木との法的な戦いに、自分の証言が絶対に必要だから。
それが、経営陣に対する最も強力な言い訳になるのだと、ひいろはすべてを計算した上で、この場を用意していた。
己の未熟さと引き換えに差し出された、もう一度現場へ這い上がるための、細い蜘蛛の糸。
山南は奥歯を噛み締め、深く、深く頭を下げた。
畳まれた視界の中で、涙が床に落ちる。
「……やらせてください。お願いします」
その声は、非常階段を上がってきたときの、すべてを諦めた絶望の響きではなかった。
ひいろが提示した条件は、一般職への降格、配属先未定という、お世辞にも寛大な処遇とは言えないものだ。
建前上は、自分を黒木との法的手続きのカードとして利用するための「生殺し」に過ぎないのかもしれない。
だが、今の山南には、痛いほどに分かっていた。
首の皮一枚だった。
それでも、自分はここに座っている。
それだけで十分だった。
一度完全に折れたはずのプライドの奥底に、
今度こそ、どんな苦境にあろうとも結果を出してやるという、静かな、しかし確かな執念が、熱い波動となって灯り始めていた。




