私のままで
瑞穂が釈放され……。
その数時間後。警視庁の玄関から、瑞穂さんが出て来た。
遺体発見時に通報しなかった事は罪になるが、拘束を続ける必要は無いと判断され、釈放が決まったのだ。
女性警官に挨拶をした後駐車場を歩き始めた瑞穂さんだけど、ふとこちらを見て足を止める。駐車場に私と堀江先生がいる事に気付いたのだ。
「雅人君……」
瑞穂さんが目を見開いて呟く。堀江先生は、瑞穂さんの方に歩み寄りながら声を掛けた。
「二週間ぶりだね、瑞穂さん。……今回は、大変だったね」
瑞穂さんは、俯きながら苦笑した。
「本当にね。……でも、びっくりしたわ。あの深山さんが犯人で、しかも私を陥れようとしていたなんて……」
「大平さんも共犯として取り調べを受けているしね。……瑞穂さん、これからどうするの? 『ルピナス』にはもういられないでしょう?」
「そうね……。アルバイトをしながら、ゆっくりと他の施設やカウンセラーを探してみるわ。いつまでも雅人君に頼ってばかりもいられないもの。……雅人君、たまに私の自宅や『ルピナス』に面会に来てくれてありがとう。花音の様子を話してくれて、嬉しかった」
「お礼なんていいよ。……それより、無理しないでね。困った事があったら相談して」
「ありがとう。……ところで雅人君」
瑞穂さんは、急にソワソワした様子になり、言葉を続けた。
「聞いたんだけど……今回の事件、花音が捜査に関わっていたんでしょう? 別の人格ではあったけれど。その……やっぱり、迷惑そうにしてたかしら。嫌な記憶を思い出してしまっただろうし……」
私は、思わず口を挟んだ。
「そんな事ありません!……って、突然すみません。私、捜査一課の小川沙知と申します。……花音さんの別人格である秀一郎さんは、頭を下げて捜査に参加させてほしいと頼んでいました。それはきっと、花音さん自身も捜査に参加したかったからだと思います。花音さんは……瑞穂さんを、助けたかったんです!」
瑞穂さんは、目を見開いて呟いた。
「花音が、私を……?」
「そうです。今だって、瑞穂さんの無事な姿を見たくて、あそこに……」
そう言って、私は駐車場の隅を指さした。そこには、一台の黒い警察車両が停まっている。そして、後部座席からこちらを見ているのは……。
「花音……!!」
瑞穂さんが大きな声を上げた。そう、後部座席の中から、花音さんが優しい笑みを浮かべてこちらを見ているのだ。秀一郎さんではない。
花音さんは今養護施設で暮らしているが、瑞穂さんとの面会が禁止されているわけでは無い。でも、アルコール依存症の治療が一区切りつくまで花音さんに会わないと、瑞穂さんが決めたのだ。
とは言え、花音さんにも、瑞穂さんの姿を見て安心したいという思いがある。だから、妥協案として車の中から瑞穂さんの姿を確認する事にしたのだ。
「……花音、花音……! ごめんね、本当にごめんね! 守ってあげられなくて、バカな母親で……! ありがとう、私の為に動いてくれて、ありがとう……」
瑞穂さんは、そう言いながら顔を両手で覆い、ボロボロと涙を零した。
私と堀江先生は、そんな瑞穂さんをただ見つめるしかなかった。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、私は警察車両で都内の大通りを走っていた。花音さんを養護施設に送り届ける為だ。
二人きりの車内で、私は花音さんに言う。
「今回も捜査へのご協力、ありがとうございました。瑞穂さんの無実が証明されて良かったですね」
「はい。……でも、秀一郎さんを通じて無理を言ってしまい、すみませんでした」
「良いんですよ、気にしなくても。事件が解決するのが何よりです」
私がニコリとして答えると、花音さんはふと真面目な顔で言った。
「……小川さん。小川さんは、秀一郎さんがいなくなる日が来ると思いますか?」
「……それは……何とも言えませんね」
「……ですよね」
花音さんは、前を向いて言葉を続けた。
「私、思ったんです。今回の事件、秀一郎さんに頼らなくても解決出来たら良かったなって。木下花音として、お母さんを助けたかったなって……。それで、今後捜査協力者として呼ばれた時は、なるべく私のままで捜査に参加させて頂きたいなと思うんですけど……駄目ですかね?」
私は、一瞬目を見開いた後、満面の笑みで答えた。
「駄目なんて事無いですよ! 今後とも、よろしくお願いします、花音さん!」
それを聞いた花音さんは、フワリと笑って前を向いた。
秀一郎さんには沢山世話になった。秀一郎さんが消えるのは寂しくもある。でも、秀一郎さんがいなくなるという事は、花音さんが自分の心と向き合えるようになったという証でもある。
花音さんが幸せになる事は、秀一郎さんも望んでいる事だろう。私も、花音さんには幸せになってほしい。
ふと前を見ると、雲の間から、柔らかな日差しが降り注いでいた。
これで、この物語は完結です!
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