第21章 「崩壊の果て」
塔がーー崩れていく。
亀裂が壁を走り、青白い光が四方八方に散っていた。天井が悲鳴のような音を立て、水晶の破片が雨のように降り注ぐ。
まるでこの世界そのものが震えているようだった。
「……っ!」
リアが腕で顔をかばい、後方に下がる。
仲間たちは必死に崩れ落ちる瓦礫を避けながら、塔の出口へと走っていた。
「急げ!! 崩れるぞ!!」
ジョーカーの声が響く。
それでも二人だけは、その場から一歩も動かなかった。
シアンとキング。
剣を構え、崩壊の中心で、互いを見据えていた。
「余白は……排除されるためにある」
キングの声が、崩れゆく塔の轟音の中で、静かに響いた。
「秩序がなくなれば、人は争い、滅びる。
だから“王”は存在する。だからこの盤面は必要なのだ」
「……ああ。確かに、おまえの言う通りかもしれない」
シアンの声は静かだった。
「でもな……“必要だから”って理由で、誰かが消されていいなんて……俺は認めない」
赤黒い光が剣に灯る。
塔の鼓動とシアンの心臓が、ぴたりと重なる。
「俺は……俺たちの世界を、おまえから取り戻す」
「ならば、余白よ。ここで、死ね」
キングの金色の瞳が細められる。
金色の剣が閃いた瞬間、塔全体が震えた。
風が巻き上がり、粉塵が吹き荒れる。
音が消え、空気そのものが歪む。
「(これが……王!)」
シアンは一歩も退かずに剣を構えた。
両者の気配が交錯し、崩壊する塔の中に静寂が訪れる。
まるで、この世界の“すべて”が、この一瞬を見届けようとしていた。
「うおおおおおおおおおッ!!」
「消えろ、余白ッ!!」
二つの光が、空間の中心でぶつかった。
赤黒と金色。反逆と支配。外側と盤面。
爆音が轟き、衝撃波が塔の壁を吹き飛ばす。
崩壊が加速する中、二人は剣をぶつけ続けた。
一撃、また一撃――
火花が散り、瓦礫が降り注ぐ中、互いの体が削られていく。
「……っは、はぁっ……」
シアンの息は荒く、腕は限界だった。
手のひらは血に濡れ、足元は揺れる床。
だが、退くことはできない。
リアの声が背後から響く。
「シアン!!!」
「(もう……逃げないって決めたんだ。俺は、ここでーー終わらせる!)」
「俺は……おまえの“王”にはならねぇ!!俺は、俺たち全員の“余白”で立つ!!」
赤黒い光が爆ぜる。
それは、塔の心臓に残された“最後の灯”だった。
「愚か者が」
キングが再び踏み込む。
剣と剣がぶつかり、金色の光が赤黒い光を押し込む。
圧倒的な力――それは「世界」そのものの重さだった。
シアンの足が床に沈み、全身が軋む。
視界が滲み、頭の奥で血の音が響いた。
「(ーーここで……折れたら、全部終わる)」
『立て』
頭の中で、かつての仲間たちの声が響いた。
『おまえは“余白”だ』
『おまえがいれば、世界は変わる』
「……うるさいな……勝手に……俺の背中押すなよ……」
けれど、その声がーーシアンを支えた。
「うおおおおおおッッ!!!」
シアンが雄叫びを上げ、再び踏み込む。
押し込まれた剣を、今度は押し返した。
「……なに……!?」
キングの瞳に、初めて明確な驚きが宿る。
赤黒い光が爆発し、床の紋章が一気に砕けた。
塔の心臓に亀裂が広がり、金色の光が揺らぎ始める。
「この世界を決めるのは……おまえじゃない!!」
「ならば、誰が決めるというのだッ!!」
「ーーみんなだよッ!!!」
剣が激しくぶつかり、光が弾けた。
キングの仮面が割れる。
金色の瞳が露わになり、その奥にあるのは――“恐れ”だった。
盤面を支配する存在であるはずの王が、初めて見せた人間の表情。
「……外側が……この盤面を……」
「壊すんだよ」
シアンが低く、しかし確かな声で言い放つ。
赤黒い剣がキングの剣をへし折り、その胸元に突き立った。
衝撃が塔全体を駆け抜け、水晶が一斉に砕け散る。
光が爆ぜ、空が割れた。
塔の頂上が崩れ、夜空が広がる。
金色の光が砕け、赤黒い光が空に昇る。
それは破壊ではなく――“解放”の光だった。
キングの身体が崩れ落ちると同時に、塔の心臓は完全に砕け散った。
盤面が――崩壊した。
「シアンっ!!」
リアが駆け寄る。
瓦礫が降り注ぐ中、ジョーカーが帽子を投げ捨てた。
「……やりやがったな、坊や」
シアンは膝をつき、剣を杖にして立っていた。
息が荒く、全身が血にまみれている。
それでも、その目だけは――燃えていた。
「……終わった……のか」
「いや」
ジョーカーが笑う。
「ここから“始まる”んだよ」
ーーーー
塔の崩壊が夜空に向かって広がっていく。
スートの紋章が空に散り、光となって消えていった。
長い間この国を縛っていた“盤面”が、音を立てて解けていく。
風が吹いた。
その風は、今までこの国に吹いたことのない――“自由”の風だった。
シアンはその風の中で剣を見上げた。
「……壊したぞ……キング」
夜空の星々が、まるで新しい世界の幕開けを祝福するように瞬いていた。




