第13章 「ジャックの剣」
森に、金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡った。霧が赤く染まり、朝の冷たい空気が血と火花で震える。
ジャック部隊――王国直属の精鋭。
スートの中でも選ばれた者しかなれない、剣の象徴。その剣さばきは、普通の兵士とは比べものにならなかった。
「シアン、下がって!」
リアの叫びと同時に、地面を裂く一閃が走る。
空気そのものが切り裂かれたような衝撃。
刃が地面をえぐり、泥と火花が飛び散った。
シアンはとっさに身をひねり、剣で受け止めた。
重い――!
腕が軋み、足元がめり込む。それでも踏みとどまった。
「へえ……お前、“ニエンテ”にしちゃあ悪くないな」
黒い仮面の下から、ジャックの一人が嗤うような声を漏らした。
「だが、俺たちは“選ばれた剣”。次元が違う」
「“選ばれた剣”ね……」
シアンは息を荒げながらも、低く笑った。
「お前らの剣が“選ばれた”ってんなら……俺の剣は、“奪い返す”剣だ!」
剣を振り抜いた。
ジャックの剣が閃光のように応える。
金属音が耳を打ち、火花が雨のように散った。
ぶつかるたびに、シアンの腕は悲鳴を上げるーーそれでも、止まらない。
「こいつ……! 本当に“ただのニエンテ”か!?」
もう一人のジャックがシアンを囲むように回り込む。
二人の剣士が左右から迫る。
「(……速い!)」
斬撃が交錯する。
防ぎきれない。そう思った瞬間――
ジョーカーのカードが宙を切り裂き、片方のジャックの剣をはじいた。
「よそ見してんじゃねえよ、王国さん!」
ジョーカーが木の枝の上から声を放つ。
鈴の音が森を切り裂くように鳴った。
リアが背後から矢を放ち、もう一人のジャックを牽制する。矢が頬をかすめ、木に突き刺さる。
「こっちを向きなよ、“選ばれた”剣士さん!」
「チッ……!」
ジャックたちが一瞬バランスを崩したその隙を、シアンは逃さなかった。
剣を振り上げ、力の限り叩きつける。
金属が割れ、仮面の下から血がにじむ。
「おまえたちに……この世界を支配する権利なんてないッ!!」
ーーーー
周囲でも戦いは激しさを増していた。
ニエンテたちは森の地形を利用し、スート兵を分断。ダイヤの補給部隊を狙い撃ちし、クラブの進行を妨げる。
だが、それでもーージャックたちの強さは圧倒的だった。
一人一人がまるで軍勢のように戦い、反逆者たちは押され始める。
「リア、後ろだ!」
「ッ――!」
一人のジャックがリアの背後に迫る。
鋭い斬撃が肩を裂き、赤い血が霧の中に散った。
「くっ……!」
「リアッ!!」
シアンが叫ぶ。
怒りが身体の奥を突き上げ、全身を熱くする。
目の前の景色が、焼け付くように赤く染まった。
ジャックがリアにとどめを刺そうと剣を振り下ろす。
その瞬間――
「させるかッ!!!」
シアンの剣が風を裂き、横から叩き込まれた。
衝撃でジャックの剣が弾かれ、木々を割って地面に突き刺さる。
目を見開くジャック。
その隙に、シアンは無意識に剣を握る手に力を込めた。
――いや、剣が勝手に“応えた”ように感じた。
ドクン、と胸の奥が脈を打つ。
手にした剣が、赤と黒の光を帯びた。
それはまるで――ジョーカーのカードの色だった。
「……なんだ……この力……」
ジョーカーが枝の上から目を細めた。
「……へぇ。おまえ、やっぱり“ただの削除対象”じゃなかったってわけか」
「何……を……」
シアンは息を荒げながら、剣を構え直す。
だが、身体の奥から溢れ出すこの力は、確かに――“外側”のものだった。
王国に選ばれなかったからこそ、ルールに縛られない“異物”の力。
「ニエンテ……いや、“外側”は……」
目の前のジャックが苦しげに呟いた。
「力なんて……持ってるはずが……!」
「“はず”なんて、誰が決めた?」
シアンが低く、冷たく言った。
「おまえらだろ? でもーー俺はもう、あんたらの“カード”じゃない!」
赤と黒の光が一閃し、ジャックの仮面が砕けた。
その体が地面に崩れ落ちる。
森の霧の中、兵士たちが一斉にざわめいた。
「……いいねぇ、シアン」
ジョーカーが木の上から降り立ち、帽子をくるりと回した。
「ようやく“舞台の主役”らしくなってきたじゃないか」
「うるさい……!」
シアンは息を荒げながらも、睨み返す。
「でも……この力、使える。……王国をぶっ壊すために!」
リアが血を押さえながら笑う。
「いいじゃん……本物の“ジョーカー”みたいだよ、シアン」
ーーーー
戦況が少しずつ反逆者側に傾きはじめた。
ジャックたちは動揺し、兵士たちの列にも乱れが生じる。
だがーーその空気を裂くように、重い声が森に響いた。
「……楽しそうだな、ジョーカー」
空気が震えた。
冷たい風が吹き抜け、霧が一気に割れる。
木々の間から、一人の男が歩み出てきた。
白い仮面、黒いマント。
背中に長剣を携えたその姿――
リアが息をのむ。
「……まさか……」
ジョーカーが口角をゆっくりと上げる。
「……来やがったか。――“キング”」
キングは森の戦場を見渡し、まるでつまらなそうに言った。
「こんな小さな森で、国をひっくり返せるとでも思ったのか」
シアンの喉がひゅっと鳴る。
全身が本能的に震えた。
ただ立っているだけで、空気が支配されていく――“王”とは、こういう存在なのか。
ジョーカーはその横で、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた。
「舞台のラスボスが、こんなに早く登場するとはねぇ。ま、こっちとしては好都合だ」
「ジョーカー。……おまえが作った“余白”を、今日ここで終わらせる」
キングの声は冷たく、森の空気を凍らせるようだった。
「シアン」
ジョーカーが横目で囁いた。
「ここからが、本当の戦いだ。ーー逃げるなよ」
「逃げない」
シアンは剣を握り直した。
赤と黒の光が、再び刃に灯る。
王国に消されるために生まれた少年が、王国の支配者に刃を向けた瞬間だった。




