第12章 「森の戦火」
朝焼けが森を染めていた。
まだ陽は完全に昇っていないのに、空気が妙に熱い――
血と鉄の匂いを孕んだ、戦いの朝だった。
「来る……」
リアが枝の上から、木々の向こうを睨む。
早朝の霧の中に、規則正しい行進の音が聞こえた。鉄靴が地面を踏みしめる音が、森全体を震わせている。
やがて、霧を割って見えた。
先頭に立つのはスペードの兵士たち――剣を携え、銀の鎧を纏い、整然と進んでくる。
その背後には、クラブの兵站部隊、ダイヤの補給部隊、ハートの治癒師たち。
そして――最後尾には、王直属のジャック部隊が控えていた。
王国は本気だった。
ひとつの“外側”を潰すために、すべてのスートが動いている。
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「……総力戦ってわけか」
ジョーカーが木の根にもたれながら、軽く笑った。いつもと同じ調子。
けれどその笑みの奥には、隠せない緊張がある。
「ジョーカー」
シアンが剣の柄を握りながら声をかける。
「……俺たち、本当にやれるのか?」
「やれるかどうかじゃねえよ。――やるんだ」
ジョーカーは立ち上がり、帽子の鈴を鳴らした。
「王国は“盤面”を整えた。
なら、俺たちはその盤を“めちゃくちゃ”にするだけだ」
リアも振り向かずに言った。
「ここまで来たら、もう引き返す道はない。……あなたも、でしょ?」
シアンは息を吐いた。
胸の奥に、あの日の悔しさが蘇る。
――すべてを、奪い返すためにここまで来たんだ。
「……ああ。俺は、もう逃げない」
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ジョーカーが指を鳴らした瞬間、森のあちこちで影が動いた。
ニエンテたち――“消された者たち”が集まり、武器を構える。剣、斧、槍、石弓。
中には、顔に痣を持つ者、腕の片方を失った者もいる。
けれど、その目は――スートの誰よりも強かった。
「合図は俺が出す。最初に奴らの前列を“崩す”。……そっからは好きに暴れろ」
「おまえ、楽しそうだな……」
「最高にね」
ジョーカーの笑みは、戦いの直前ほど鋭くなる。
鈴の音が、森の静寂を切り裂いた。
ーーーー
「前衛、前進!」
スペード部隊の号令が響く。
森の地面を踏みしめながら、剣士たちが一斉に前へ進む。霧が揺れ、空気が重たくなった。
「――今だ」
ジョーカーが囁いた瞬間、
森の地面からロープが跳ね上がり、兵士たちの足を絡め取った。
「なっ……!」
前列が崩れ、整列が一気に乱れる。
その隙を突いて、木々の間から矢が雨のように放たれた。
ニエンテたちの先制攻撃だった。
「いけぇぇぇええッ!!!」
リアが叫び、森中に反逆者たちの声が響き渡る。
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戦いが始まった。
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
地面は踏み荒らされ、枝が折れ、血の臭いが濃くなる。
森が戦場に変わる瞬間だった。
シアンは前線に立ち、スペード兵と剣を交える。
相手の腕は太く、技術も段違いだった。
だが、怯まない――怯える理由なんて、もうとっくに失った。
「……ッ!!」
振り下ろされる剣を受け止め、体勢をずらし、膝で蹴り飛ばす。
兵士がよろめいたところに、もう一人の仲間が矢を撃ち込んだ。
血が飛び、霧の中に赤い軌跡が走る。
「こいつ……“ニエンテ”じゃないのか……!」
倒れかけた兵士が吐き捨てるように言った。
シアンの剣が、その喉元で止まる。
「――“ニエンテ”だよ」
シアンの声は低く、鋭かった。
「だけどもう、“何者でもない”ままじゃない!」
剣が閃き、兵士が倒れる。
その音が、森に響き渡った。
後方でジョーカーが笑いながら、カードを宙にばらまく。
黒と赤のカードが光となり、空中で炸裂した。
「踊れ、踊れぇぇえ! 俺たちの“舞台”だ!」
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戦況は混沌としていた。
スート軍は数で圧倒していたが、ニエンテたちは森を熟知していた。
罠と地形を使った戦い方で、兵士たちの整列を崩し続ける。
「回復部隊を前に!」
「クラブ部隊、支援しろ!」
王国軍の声が飛び交う。
ダイヤの補給係が矢弾を配り、ハートの治癒師が倒れた兵士を癒す。
統率は高く、まさに“王国の軍”そのものだった。
一方で、ニエンテ側にはそんな整った指揮はない。あるのは“生きたい”という叫びだけ。
でもその叫びが、剣を、矢を、爆ぜる火を生み出していた。
シアンは二人の兵士に囲まれた。
背後から剣を受け止め、前から突きをいなす。
息が荒く、腕がしびれていく。それでも――倒れられない。
「なあ……おまえ……」
一人の兵士が苦しげに言った。
「……なんで……戦うんだ……“何者でもない”くせに……」
「“何者でもない”からだよ!!!」
シアンが吠えた。
「俺たちは、消されるために生まれたんじゃねぇ!!」
剣が弾け、兵士の体が地に伏した。
その叫びが、周囲の仲間の士気を高めるように、森全体に広がっていく。
「いいぞ、シアン!」
ジョーカーの声が響く。
「おまえの声は、王国にとっちゃ“毒”だ。
だからこそ、響かせろ!」
その時ーー
空気が一変した。
霧が震え、木々がざわめく。
兵士たちが一斉に動きを止めた。
その中心に、黒い装束の兵士たちが降り立つ。
ジャック部隊。
王直属の“最強”の剣士たちだった。
「……ジョーカー」
シアンが歯を食いしばる。
「出てきやがったな」
ジョーカーはゆっくりと帽子を取った。
「これでようやく“戦い”になる。ーーお前さんたち、準備はいいか?」
リアが矢を番え、ニエンテたちが声を張り上げる。
剣を握る手に、誰もが恐怖と覚悟を同時に宿していた。
「反逆者――処刑対象」
ジャックの一人が剣を抜き放ち、低い声で言い放つ。
「キングの名のもとに、すべてを“無”に還す」
「……無?」
シアンがゆっくりと前に歩み出た。
「“無”にするのは――俺たちじゃない。
おまえたちが信じてる“この世界”だ」
朝霧の中、剣が一斉に光を放つ。
森に火の粉が舞い、鉄の音が響く。
それは、単なる戦いではなかった。
――この国の「存在」と「否定」の、最初のぶつかり合いだった。
シアンの剣がジャックの一人と激しくぶつかる。
重い衝撃が腕をしびれさせる。
それでも彼は一歩も引かなかった。
「(俺はもう、誰にも――消されない!)」
森の戦いは、いま幕を開けたばかりだった。




