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尊厳崩壊

「人は、尊厳を失うと壊れるらしい」


大学の講義で教授がそう言ったとき、教室は静かだった。


教授は笑いながら続ける。


「だから、人は必死に自分を守る」


「恥を隠す」


「弱さを見せない」


「人間らしくあろうとする」


そこまで言って、急に真顔になった。


「逆に言えば、そこを壊せば、人は簡単に開く」


俺は、その言葉が妙に気持ち悪かった。


数日後。


その教授が死んだ。


首吊りだった。


理由は不明。


だが、妙な噂が流れた。


死ぬ直前、


教授は大学中で笑われていたらしい。


理由は分からない。


ただ、みんなが教授を見て笑っていた。


動画まで出回っていた。


教授が、廊下で四つん這いになっている映像。


意味不明な声を出しながら、笑っている。


コメント欄は、嘲笑だらけだった。


「キモすぎ」


「壊れてるじゃん」


「見てるだけで無理」


俺も見た。


気持ち悪かった。


そして、


どこかで、


少し笑ってしまった。


その夜。


スマホに通知が来る。


知らないアカウントから。


動画が一件送られている。


再生する。


暗い部屋。


数秒後、


映る。


俺だ。


大学の廊下を歩いている。


盗撮映像らしい。


だが、おかしい。


俺はこんな歩き方をしない。


猫背。


口が半開き。


妙に気持ち悪い。


動画の最後、


俺がこちらを見る。


そして、


にやりと笑う。


俺は、そんな顔をした覚えがない。


背筋が冷える。


次の日。


大学へ行く。


周囲の視線を感じる。


何人かが、スマホを見ながら笑っている。


嫌な予感がする。


SNSを開く。


動画が投稿されている。


昨日の映像だ。


再生数が増えている。


コメントも増えている。


「無理」


「顔やば」


「人として終わってる」


俺は息が苦しくなる。


消そうとする。


だが、消えない。


通報しても消えない。


アカウントも存在しない。


その日から、


動画が増える。


食事している姿。


眠っている姿。


気づかないうちに撮られている。


どれも、妙に気持ち悪く編集されている。


咀嚼音だけ強調されている。


瞬きだけ繰り返される。


笑い声が、変に引き伸ばされている。


どんどん、


“人として見たくないもの”になっていく。


俺は外に出られなくなる。


だが、


止まらない。


学校でも。


街でも。


みんなが笑っている気がする。


実際に、笑っている。


俺を見ると、


口元を押さえる。


そのうち、


俺も、自分が気持ち悪く見えてくる。


鏡を見る。


自分の顔が、


嫌になる。


目の動き。


口の形。


呼吸。


全部が、不快だ。


そのとき、頭の中で声がする。


「崩れてきたね」


聞いたことのない声。


だが、


妙に近い。


耳元みたいに。


「もう少し」


鏡の中の俺が、


ゆっくり笑う。


「尊厳、残ってるよ」


俺は鏡を割る。


だが、


割れた鏡の破片全部に、


俺の顔が映っている。


全部、


笑っている。


次の日。


大学を辞めようと思った。


もう無理だ。


外に出たくない。


だが、


ドアを開けた瞬間、


玄関の前に、


スマホが置いてある。


知らないスマホ。


画面がついている。


動画が再生されている。


映っているのは、


俺。


部屋の中で泣いている。


昨日の映像。


撮られた覚えはない。


その動画の中で、


俺がゆっくり顔を上げる。


画面越しに、


こちらを見る。


そして、口を動かす。


「見られる側って、どう?」


俺はスマホを落とす。


だが、


床の上で、


動画の中の俺が、


立ち上がる。


画面の中で、


こちらに近づいてくる。


どんどん。


近づく。


顔が、大きくなる。


笑っている。


「もうすぐだよ」


その瞬間、


頭の中に、


大量の笑い声が流れ込む。


知らない人間の声。


無数。


嘲笑。


嫌悪。


軽蔑。


全部が、


直接頭に入ってくる。


俺は、その場に崩れる。


耐えられない。


自分という存在が、


どんどん削れていく。


その中で、


最後に理解する。


これは嫌がらせじゃない。


呪いでもない。


“加工”だ。


人間を、


笑われるものへ変える。


尊厳を剥がして、


中身を柔らかくする。


そうすると、


“入りやすくなる”。


その瞬間、


胸の奥に、


何かが入ってくる。


冷たい。


ぬるりとしている。


俺は叫ぶ。


だが、


声にならない。


口が勝手に笑う。


涙を流しながら、


笑っている。


そして、


スマホの画面の中の“俺”が、


満足そうに頷く。


「完成」


その日以降、


俺の動画は見つからなくなった。


代わりに、


新しい動画が流行り始めた。


知らない誰かが映っている。


食べ方。


歩き方。


笑い方。


全部が気持ち悪いと、


みんな笑っている。


コメント欄には、


同じ言葉が並んでいた。


「人として無理」


「尊厳終わってる」


そして、


その動画を見ていた俺は、


自然と笑ってしまう。


ああ、


次はあいつなんだ、


と思いながら。

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