第14話 パンツがないのは不安ですが、どうにかなんとかなるようです。
俺たちは北の森に来ていた。
うっそうと木々が生い茂る森だが、鳥の声が聞こえ、時折小動物が顔を出す穏やかな森だった。
まるで日本の森にピクニックに来ている錯覚さえする。でも、こんなところに人の命を脅かすような魔物がいるんだから異世界って恐ろしい。
「うーん、穏やかだなぁ。」
そういうのも、なんだかんだと今のところ戦闘らしい戦闘は、リンディが昼食にと弓で軽く射った角ウサギだけだ。まぁ、軽く射ぬいていたので戦闘とは言えたものでは無いが。
「ユート、気を抜くなよ。この森は街からも比較的近く、初心者用の狩り場だが、それでも魔物がいることに変わりはない。ユートもまだ初心者なんだから、その辺は注意しておいた方がいい。」
リンディにそう言われ、俺も気を引き締め直して辺りを警戒する。
リンリルを見ると、かわいらしく首をくるくると動かして警戒しているようだ。
と、そのリンリルから俺たちに止まれの合図が出る。
「ん?どうしたんだ?」
「しっ、静かに。リンディ、ユートさん、前方に何かいます。」
リンリルは静かにそう言うと、前方の茂みの方を指差す。
「やりますね、リンリル様。前方の茂みの奥、ゴブリンが2体いますね。」
え?そうなの?
リンディに言われ茂みの方をよく見る。
確かに不自然に茂みが揺れているが、何が何匹なんか判らない。さすが弓使い、斥候なんかの技術も持ってるってことかな。いや、リンリルも気づいたんだよな。俺は全然わからんかったよ・・・。
「私が斬り込みます。」
と、リンリルが突然言い出した。
何を言い出すんだこの幼女は。初めての討伐依頼で、初めての会敵。そこにいきなり躊躇なく斬り込む発言。
「わかりました。私とユートでサポートします。」
わかったの?わかっちゃったの?リンディはリンリルの護衛役だろう?止めなくていいの?仮にもお嬢様だよ?
「それはともかく、リンリルは何で戦うんだ?」
そう、リンリルは丸腰なのである。小さなポーチのようなものは持っているが、武器などは持っているように見えない。
「大丈夫です。このポーチはマジックバッグなんですよ。森の中で武器を携帯したままでは歩きづらいので、ちょっとズルですけどこの中に入れておきました。」
そう言ってポーチの中に手を突っ込むリンリル。そしてズルズルと何かを引っ張り出そうとしている。
「は?リンリルそれって・・・。」
「はい、私の愛用の武器です。言ったじゃないですか。剣を少し嗜んでいるって。」
「いや、聞いてたけど・・・それ、嗜むようなものなの?」
リンリルがポーチから引っ張り出したのは、リンリルの身長をも超える剣。
バスターソード?斬馬刀?幅広の等身はリンリルの姿をすべて隠せそうな大きさだった。
「えへへ。お父様が昔使っていた剣なんですよ。お姉さまは細身の剣を好んでいたので、私が譲ってもらえたんですよ?」
譲って貰ったって・・・子爵様、バカですか?
こんな小さな女の子に、こんなバカでかい剣を渡してどうするんですか!って思っていた時期もありました。
リンリルは取り出した大剣をひょいと持ち上げると、軽々と肩に担いだ。
「それじゃ、行きますよ。」
「は?え?」
目の前の違和感たっぷりの光景に俺が困惑から立ち直る前に、リンリルは茂みに向かって駆け出した。
速い!
大きな剣を担いで走っている幼女のスピードとは思えない。リンリルはトップスピードのまま、前方の茂みに一閃。茂みが吹き飛び視界が開ける。
その先には2匹のゴブリンがいた。
想像通り、しかし思っていた以上にリアルで見るゴブリンは人に近い姿をしている。
リンリルのサポートを言われていた俺だが、その姿を見て、一瞬体が硬直してしまった。
「ええーい!」
可愛らしい掛け声とともに、リンリルはゴブリンの一匹に大剣を振り下ろした。
ゴブリンは突然の襲撃に反応できず、振り向こうとしたところに大剣が直撃、肩口から腹にかけて切り裂かれた。
グロッ!!
あまりの凄惨さに腰が引けた俺の横を、風を切って一本の矢が飛んでいった。
その矢はもう一匹のゴブリンの眉間に、寸分たがわず突き刺さった。
矢を受けたゴブリンは、何が起きたのか理解する間もなくその場に倒れ伏した。
リンリルは振り返り、ほっぺに返り血を付けたまま嬉しそうにこちらに手を振っている。
異世界の幼女が逞しすぎる。いや、現代日本人が軟弱すぎるのか?
その時、リンリルの後ろの茂みから一匹のゴブリンが飛び出した。
リンディは素早く矢を番えるが、射線がリンリルと重なっているのかすぐに撃てず、移動しようにも立ち位置からは両側の木が邪魔していた。リンリルも、背後からの突然の攻撃に対処が遅れた。
まずい!
俺は何も考えず魔法を放っていた。
俺の手から放たれた氷の槍が一直線に飛んでいき、そして吸い込まれるようにゴブリンの腹を貫いた。腹に大穴を開けたゴブリンは、その反動で茂みの中へ転がっていった。
「はぁはぁ、当たった?」
「リンリル様!」
リンディがリンリルに駆け寄り、他に潜んでいる魔物はいないか警戒する。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。すいません。油断してしまいました。ユートさん、ありがとうございます。」
リンディに遅れて近付いてきた俺に、リンリルがお礼を言う。その言葉で気が付いたようにリンディが俺を見た。
「そうだ、ユート。助かった。しかし、話には聞いたが本当に攻撃魔法も使えるんだな。」
ああ、そうか。盗賊と戦った時は、リンディは魔法を食らって意識がなかったんだっけ。
「しかし凄い威力だな。冒険者になりたての青級の威力じゃないぞ。」
「あはは、そうかな?必死だったからかも。」
違うな。咄嗟だったからこそ一度使った事があって、イメージのしやすいアイスランスを使った。本気の魔法はどうなるのかわからないから、おいそれとは使えない。
「しかし敵の数を読み違えるとは。私も暫く冒険者生活から遠ざかっていたから、気が弛んでいたのかもしれない。ユートがいなかったらどうなっていたか。」
「まぁまぁ、私も無事だったんですし、次からはもっと気を付けて行きましょう。それより討伐証明の耳を取らないと。」
「そうだな。いつまでも悔やんでも仕方ない。そうだ、ユート。耳の採取だが、こういうのはだいたい男が率先してやるものだぞ?やるか?」
なんか振ってきたー!
「いや、その、やったことないからさ。一度見学させてもらえるか?」
「まぁ、かまわないが。」
リンディはクスリと笑いながら、倒れたゴブリンの近くにしゃがむ。
なぜ笑った!?ビビりがバレているのか!?
リンディはナイフを取り出すと、躊躇なく耳を切り落とした。
うへぇ、あれ、そのうち俺もやるんだよなぁ。冒険者だもんなぁ。
「終わったぞ。どうだユート、参考になったか?」
「ああ、参考になったよ。ありがとう。」
なんの参考だよ!キモいってことしかわかんないよ!
「では行きましょうか。」
「リンリル。その剣は仕舞わないのか?」
リンリルはさっき振り回していた、バカでかい剣を肩に担いでいる。
しかし、リンリルの力はどうなっているんだ?
「さっきみたいなことがあったら対応が遅れますしね。やっぱりマジックバッグに武器を入れて持ち歩くなんて、甘えと油断があったと思います。」
「重くないのか?」
「大丈夫ですよ?実はそんなに重くは無いんですよこれ。持ってみます?」
「そうなのか?」
リンリルが差し出した剣を持ってみる。
持てた。片手でブンブン振ってみる。振れた。あ、違うわ。俺、力9999だった。うーん。
ニコニコと見ていたリンリルに剣を返す。その時、隣にいたリンディが信じられないものを見たという顔で、口を開けて固まっていた。なんでだ?
そこから先は、俺達も一層緊張感を持って進むようになり、危なげなくゴブリンを倒していった。
耳?耳も切ったよ!気持ち悪かったよ!なんかコリコリした部分が、ナイフの刃に当たるんだよ!
「おかしいな。」
森に入って、数えて14匹目のゴブリンに矢を突き立てたところで、リンディが呟いた。
「おかしい?何がだ?」
「リンリル様も初めてだってことで、比較的森の浅いところで狩りをしていた訳だが、ゴブリンが多すぎる。見ろ、今倒したこいつ。この場所は少し前に他のゴブリンを倒した場所だぞ。まるでゴブリンが森の奥から押し出されて来ているような。」
「リンディ。よくありげなフラグを立てるのやめような。」
「フラグ?」
「そういう事を言うと、本当に何か良くないことが起こるっていう意味だよ。」
「そうなのか?それはすまなかっ・・・ッ!?」
リンディが言いかけたところで言葉を止め、バッと森の奥に目を向けた。
「どうしたんだ?リン・・・!?」
今度は俺も感じた。
リンディが見ている先に、何かがいる。
隣を見ればリンリルが青い顔をして震えている。
これはすぐに逃げた方がいいんじゃないだろうか。
しかし、頭でそう思っても足が動かない。リンリルも同様のようだ。
リンディは動けるようだが、俺達の状況が判っているのか、何も言わず森の奥を警戒し続けている。
感じていた殺気だけでなく、次第にバキバキという音が聞こえ、その音が近付いてきた。
目の前の木が強引にへし折られ、奥からそいつが現れた。
「オ、オーガ!?」