9.領主の館
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王国領内にある西の街フィックスは、領主ブライトンが治めている。
実際にはこの街は商人組合の力が強く、組合上層部と揉めでもしたら領主は追放される可能性もあるだろう。
そんな緊張した関係ではあるが、現在はお互い不利益にならないよううまく共存しているといった状況らしい。
力を持った商人たちの贅沢と比べ、領主は過度な贅沢を嫌う人物だと聞いている。市民からの信頼も厚く、良い領主として評判らしい。領主が必要以上の税金も取らなかったため、逆に商人組合が力をつけてしまったのは皮肉な話だが。
領主の娘が謎の病にかかったというのは、領主の失墜を狙った商人組合のしわざじゃないかという説もある。俺にはそういう政治的な駆け引きはよく分からないが、ともかくそんな領主がどんな医者や薬を使っても回復しなかったという娘を助けるために藁にもすがる気持ちで買ったという高回復薬を届けるのが、俺の役目だ。
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領主の邸宅に俺たちはたどり着いた。高い柵に囲まれた大きな4階建ての白い建物だ。
門には守衛がいて、街の入り口と同じように紹介状を見せ、中へ案内してもらった。
待合室まで案内してもらっている時、案内の男から話しかけられた。
「長旅ご苦労様でした。しかし、お連れの方の服装は外套というより魔法使いのローブのようですね。」
はっ?!正体を隠すとか約束していたけど、ニーナが着ている大きなフードの外套はまるで・・・、というかそもそも外套というより魔法使いのローブそのものだよね?
「変か?」
「いやいや失礼しました。よくお似合いですよ。」
そんな男のお世辞に、「そうか。」とニーナだけ納得していた。
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「後でニーナの服を買おう。一般人っぽいやつ。」
そう俺が提案すると、
「お金はお前が出してくれるんだな?」
と、一番重要なところを確認してくる。ただでさえ話し方やいろんなところが浮世離れしてるニーナだ。服装までいかにも魔女だったら何も隠してないのと同じだろう。普通の服は必要だ。だがさっき確認したように、ニーナはお金を持っていない。
「わかった…。でもそんな高いの買わないでくれよ…。」
それに喜んだのはニーナよりパンドラの方だった。
「わーい!ニーナちゃん、かわいい服買いましょ!この街は結構広いから、きっとおしゃれな服が売ってるはずよ!」
「いや、おしゃれなのじゃなくて、高くない普通の服を…」
そんな会話をしながら俺たち3人が天井の高い待合室で待っていると、まもなく兵を二人連れた領主ブライトンが部屋にやってきた。
突然訪れた俺たちに対し、領主自らやってきたのだ。事の重大さを感じ、俺の背筋にも緊張が走る。
「待たせて申し訳ない。私がブライトンである。この度は王国より秘薬の運送ご苦労であった。」
慌ててやってきたのだろう。少し荒い息遣いで領主が名乗った。
白髪交じりの髪はオールバックにされており、額や顔全体にあるしわの深さが苦労人らしさを感じさせる人物だった。
堅苦しい挨拶はあまり得意ではないのだけれど、俺も起立し挨拶をする。
「領主直々のお出迎え感謝します。バーンと申します。ご挨拶よりもお急ぎのようですので先に荷物をお渡しさせてもらいたいと思います。」
「うむ!」
焦る領主に高回復薬の入った木箱を渡す。
ふたを開け、中の瓶を取り出し眺める領主。
瓶の中いっぱいに青い液体が満たされており、窓から指す明かりに照らされ輝いている。
「会って早々客人を待たせて申し訳ないのだが・・・」
領主は病床の娘にすぐにでも薬を飲ませたいのだろう。察した俺は、
「ええ、もちろん。こちらでお待ちしていますので、早く届けてあげてください。」
「すまんな。」
焦って部屋を出てゆこうとする領主。そこに、ニーナが
「わたしも付いて行かせてもらってもいいか?」
と、呼び止めた。
「そなたは?」
慌てて俺が説明をする。
「この二人は、私がその薬をここまで届けるのを手伝ってくれたニーナとパンドラといいます。途中盗賊に襲われたりいろいろありまして…。二人ともご息女の状況も知っています。それで、この二人はポーションや病気のことなどに詳しいので、おそらく力になれることもあると思うのですが…。」
俺本当は敬語とか苦手なんだけどな。領主だろうが誰だろうが話し方が変わらないニーナのことを怪しまれないように必死でフォローをした。ニーナがなんで付いていきたいと言ったのはわからないけれど、何か意図があるのだろうから。
「そうか。わかった。一緒に来てくれるか?」
そして俺たちは領主の娘のところまで一緒に行くことになった。
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領主は時間を惜しむように廊下を歩きながら話し始めた。
「娘の話は聞いていると言ったな。ここ数日、娘はさらに消耗してきていて、日中もほぼ眠ったままだ。もしかしたら先は長くないのかもしれない。このポーションがダメだったら・・・、私は・・・」
すごく辛そうな表情をするブライトン。何より娘のことが大切なのだろう。この慌てようからもそれは理解できる。
辛そうな領主にニーナが追い打ちをかける。
「回復薬は基本的に体力回復、傷の治癒の効果しかない。そなたの娘の話を聞くと、何らかの特殊な病気にかかっているんじゃないか?だとしたらその高回復薬では治らない可能性が高いな。その病気の特効薬もしくは完全回復薬でも用意しないと。」
「完全回復薬か。そんなものが本当に存在するのであればいくらでも出すのだがな・・・。」
領主の呟きを聞いたニーナが小さな声で俺にささやく
「最近は完全回復薬ってないのか?」
「昔は実在したんですか?」
俺の返事にニーナは、なるほどそうかと頷いた。
ニーナが生きてきたという古代超帝国の時代は今よりずっと文明や魔法が発達していたという。
名前はよく知られているが今はそれを見たものはいないという完全回復薬も、かつては実在していたのだろう。
さっきからパンドラは言葉を発していない。いつもの笑顔と違い今ばかりは真剣な表情をしている。それはこの場にいる誰もが同じだった。領主の娘の命の危機なのだ。
そして俺たちは領主の娘の部屋にたどり着いた。
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