失礼なこと
とてつもなく甘い声が、脳に直接響く。
目の前がチカチカする。
元婚約者は意識を飛ばしたのか、白目を向き、ガクンと崩れ落ち、それをオルソさんがキャッチした。
アラン王子の方を見ると、少し虚ろな目をしていて、口がパクパクと動いている。
『―……この者の身柄を、君たちに任せよう。―』
ヴォーチェさんが「“言質取ったわよぉ!”」オーホッホッホ!と高笑いをしている。
「なにが……起こったん、ですか……?」
「ああ、マーノはくらうの初めてか。今のはヴォーチェの魔法だよ。」
「ヴォーチェさんの、魔法……」
「忘れたの?私は“セイレーン”よ、声自体が魔法になるの。というかアンタ、よく耐えたわね。この下等生物たちは一発で落ちたのに。」
「“王子の方もそこそこ耐えた様だけど”」と王子の肩を小突く。
オルソさんも“確かに”と、こちらを見る。
「魔法を使うのは苦手なんですけど、魔法耐性が人より高いらしくて……だから、公爵家に宛てがわれたんですよね
……いま白目を向いてる『それ』は、魔力量が常人より、少し多いらしいので。」
「ふーん、下等生物も下等生物らしく、家畜の配合みたいなことしてるのね。」
「“こら、ヴォーチェ!最近はマーノには優しくなったと思ってたのに!”」とオルソさんが怒ってくれる。
態度が柔らかくなったとはいえ、棘の鋭さは健在である。
それに、『配合』のことを否定するつもりはない。私も少し思ったことがあるからだ。
「ヴォーチェさん、この人の身柄を預かってどうするんですか?」
自分の保身しか考えてない粗大ゴミを拾うだなんて、ヴォーチェさんは案外、物好きなのかもしれない。
ヴォーチェがぱちくりと瞬きをしたと思ったら、ニタァと目が三日月状になる。
綺麗な顔なはずなのに、なぜだろう。
いつ、セイレーンからデーモン種に種族替えしたんだろうか?
「アンタ、失礼なこと考えてない?」
「……そんなわけないじゃないですか。」
真っ直ぐ、ヴォーチェさんの目を見る。
変に逸らすから、嘘だとバレるんであって、堂々としていればいいと、所長の本棚の片隅に置いてあった本に書かれていた。
「……ま、いいわ。」
あの本は、当たりかもしれない。
「研究所に戻ったら覚えてらっしゃい。」
あの本は、ハズレかもしれない。
……だから片隅でホコリを被っていたのか。
「そろそろ移動しない?成人男性って、結構重いんだけど。」
忘れてた。
「それもそうね、さっさと用意された控え室に戻るわよ。」
控え室に入ると、エイブリー所長と……白髪、青い目の顔が整った男性がいた。
オルソさんのことを踏まえると……
「ヴォルペさん?」
「えっ!?マーノちん、よくわかったね!?普段と違うのに!」
普段と違うというか、種族が変わってるというか……
「ヴォルペさんって、割と普通のキツネじゃなかったですか?なんか……」
ヴォルペさん以外が、ぷっと笑い出す。
「いや、普通のキツネだけど、言い方ってものがあるでしょ!?マーノちん!!」
明らかに獣人の姿と、今の姿の“色味”が違いすぎる。
「イーヒヒヒ!……ヴォルペは普段、染めてるんだよ、普通のキツネに見えるようにね。」
涙を拭きながら、教えてくれる所長。
「え?なんでそんなことをする必要が?」
「……だって……白いのって、……じゃん!」
あまりにも小声で聞き取れなかった。
「だって、白いキツネって、なんか……イケメンの特権じゃん!?」
「“愛くるしさで売ってるおれっちじゃ、合わないっていうか〜!”」と一人で騒いでいるヴォルペさん。
???
「ヴォルペさんの感性だとそうなんですね……私は、ヴォルペさんもイケメンだと思いますよ。」
「“俺らにはイケメンキツネの違いなんてわかんないよ”」と笑いながらもツッコむオルソさん。
照れ隠しなのか、ずっと笑い続けているオルソさんに「“笑いすぎ!!”」とズンズンと向かっていくヴォルペさん。
「ハァ〜笑った笑った!……ところで、それが例の“表彰式前に絡んでた人”?」
所長の視線で、部屋の温度が3℃くらい下がった気がした。




