人間の愛
「ぁぐっ……ッ折れた!絶対に、折れたぞ!!……医者っ、医者を呼べっっ!!……公爵家跡取りのおれに、こんなことしていいと思ってるのか!?賠償……賠償金!いや、おれの家の力で研究所なんて取り潰しにだってできるんだからな!!」
うるさい、頭が痛い。
いつもの頭痛ではなく、こいつの馬鹿さ加減に呆れてるという意味でだ。
「……私が、一度でも“書類仕事が好き”だと言いましたか?」
元婚約者の言葉を無視して続ける。
「貴方が全く書類仕事を“しなかった”から、私に回ってきていたものを処理していただけなのに、
好きだと思った?馬鹿も休み休み言ってください。
貴方の頭の出来がほんの少しでも良ければ、私だって覚えたくもない領地経営を学ばなくても良かったのに。
頭の出来が悪いことを、責めるつもりはありませんが、それにかまけて努力をしないというのは、
愚の骨頂ではないですか?」
「“わぁ、正論パンチ”」「“生ぬるいわよ、もっと言ってやんなさいよ”」と応援してくれる声が聞こえる。
「そんなことより……医者だっ!医者を呼んでくれ!!
……クソッ、なんでいつも、おれがこんな目に遭うんだ……!おれが何をしたっていうんだ!!
何も悪いことなんてしてないぞ!!」
救いようがない人だ。
「なにもしてこなかったから、こうなったんじゃないですか?」
気は済んでないが、どうせ彼に何を言ったって響かないのだろう。
「君たち、ここで何をしている。」
声のする方に顔を向けると、少し顔色が良くなったアラン王子がいた。
現状を見て、元婚約者を険しい顔で見たあと、アラン王子がオルソさんを睨みつける。
「……わざわざ私刑にするために、先ほど警備隊に引き渡したはずの人物を、ここに連れてきたのか……?
君、その人は“一応”王家が招待した貴族だ。すぐに離しなさい、処罰を受けてもらうことになる。」
その言葉を聞いて、元婚約者は下卑た笑みを浮かべる。
スっと王子の前に立つヴォーチェさん。
「あら、勘違いなさらないで?一度、王城を追い出されていた者が、内密で王城に忍び込み、
今回の主役であるこの子に、危害を加えていたところを、このデカブツが助けたんですのよ?
まさかそれが、“処罰の対象”になるんですのぉ?自分たちの警備の甘さを棚にあげて?
……王家って人間『に』お優しいんですのねぇ!」
言い方に棘しかない。
まるで、棘が落とされる前の薔薇のようだ。
くっ……と言葉をつまらせながらも、反論するアラン王子。
「……彼の……手首の色が変色している……これは、過剰防衛を通り越して、ただの暴行だ。」
「まぁまぁまぁ!貴方のお気に入りの“か弱き乙女”が、本当の“傷モノ”になりかけましたのよぉ?
それを“過剰防衛”?“暴行”?
……フッ、人間の愛って身分の前では無いに等しいですのねぇ!」
ものすごい意地悪な笑顔でセリフを吐くヴォーチェさん。
しかも途中、鼻で笑ってた。
棘の威力が、薔薇からサボテンにランクアップしてる気がする。
アラン王子は“コホン”と咳払いをして、元婚約者に向き直り「“この者たちが言っていることは本当か?”」と聞く。
元婚約者は、「“警備隊は、その……”」「“お手洗いを申し出たら、離してくれて……”」「“迷ってたら、たまたま……”」と視線を忙しなく動かしながら、しどろもどろに答える。
「と、とりあえず!おれは悪くない!王子、どうかこの男に処罰を!!」
掴まれていない方の手で、オルソさんを指さす。
その指、折ってやろうか。
オルソさんも、そんな汚物もう離していいですよ。
私も、ヴォーチェさんには負けるけど、何か言い返せないかと口を開ける。
その時だった。
「なんだか、めんどくなってきたわね……しょうがない、この手はあんまり使いたくなかったんだけど……」
アラン王子の胸倉を掴むんじゃないかと思うぐらいに近づくヴォーチェさん。
『―王子?この者の身柄を、私たちに預けてくれないかしら?―』




