第6話 ④
「心配を無くせる? 何かあるんですか?」
ひなたは葵ちゃんに聞き返す。
「ええ。その前にあなたとちゃんと話すのは初めて会った日以来ね。今、こうして、あなたと話せるのは嬉しいわ」
「はい、私もうれしいです」
「単刀直入なんだけど、私が魔力探知を使って、照子が寿命を使っていないかを調べようと思うの」
「お姉ちゃんの寿命を調べる」
「えぇ、ただ問題点は私が魔力探知をするために常に照子のそばにいないといけないの」
「ちょっと待ってよ、葵ちゃん! それはさすがにやりすぎだよ」
私は葵ちゃんとひなたの話に割って入る。
「じゃあ、照子に聞くけど、絶対に寿命を使わないって言いきれるの?」
葵ちゃんの言葉が私の図星をついてくる。
「そっ、そう言われると自信ない」
「ねっ、言ったでしょ」
「うぅぅ」
私は葵ちゃんの言葉に言い返せない。
すると、葵ちゃんは私をそっちのけでひなたに話し始める。
「ただ私の魔力探知は正確に照子の寿命を見ることができないの」
「そうなんですか? でも、それならダメなんじゃ」
「大丈夫。正確に測れないだけで、おおよそ推測はできるわ。例えば、照子が魔力を使ったとする。そのとき使った魔力の量が通常よりも少なかった場合、足りない魔力量分、寿命を使ったことになる。こうすれば、照子が寿命をどのくらい使ったのか分かるわ」
「お姉ちゃんの寿命の調べ方は分かりました。でも、お姉ちゃんが自分を犠牲に力を使おうとしたらどうするんですか?」
「大丈夫。私が照子にそんなことをさせないわ。24時間、私が常に照子を見ていれば、無茶する隙も与えないわ」
「それだと、葵さんの自由な時間はないですよ?」
「私のことは気にしないで。それよりもひなたちゃん、私が照子の監視をすることを唯一の肉親であるあなたの許可がほしいの。どうかしら?」
「今すぐ私だけの判断だけで決めるのはちょっと。でも、なんで葵さんは私のお姉ちゃんにそこまでしてくれるんですか?」
「それはね。私にとって照子は親友であり相棒だからよ」
「親友、相棒!? お姉ちゃんと葵さんが!?」
「あなたが眠っている間にね」
「私がいない間に、お姉ちゃんやるな」
すると、ひなたはなぜか私の顔を一瞥しながら、そう葵ちゃんに返答する。
ひなたはなぜかニヤリと私に対して、からかい半分と感心半分の視線を向けてくる。
もう、ひなた、そうやって私をからかいの。
でも、葵ちゃんが私のことを親友や相棒と呼んでくれるのは正直に言うと嬉しい。
「それに、私にもあなたと同じで姉がいたの。イザミに殺されてしまったんだけどね」
「えっ!? そうだったんですか。すみません。葵さんにとって辛いこと話させてしまっめ」
「いいの、謝らないで」
葵ちゃんは優しい表情で頭を横に振る。
「それにひなたちゃん。私もあなたの気持ちはすごく分かるわ。同じ妹としてお姉ちゃんには死んでほしくない。私の姉も照子とすごく似てたから」
葵ちゃんが私に目配せを送ってくる。
「お姉ちゃんが葵さんのお姉さんに似てたんですか?」
「ええ、誰かのためなら無茶しちゃうところとか。お互い心配な姉を持つと大変よね」
「ははは、そうですね」
ひなたが葵ちゃんの言葉に少し笑ってみせる。
私は葵ちゃんのおかげで、ひなたの表情から不安な気持ちが少しだけ無くなってくれたことに内心安堵していた。
でも、ふと冷静になると、さっきの2人の会話的に私をなじってるよね!?
確かに、ひなたを心配させてしまった時点で私が悪いのは分かるよ。
でも、話の肴にされるのはちょっと。
私は少しムッとしながら、ひなたと葵ちゃんに話しかける。
「あの~2人とも私のこと忘れてるんじゃないのかな?」
「忘れてなんていないわよ、照子」
「そうだよ。お姉ちゃんの大事な話をしてたんだよ。忘れるわけないじゃん」
葵ちゃんとひなたがそれぞれ私に返答してくる。
「本当に? まあ、それならいいんだけどさ。それで葵ちゃんは本当にいいの? 24時間、私の魔力探知をするって言ったけど」
「照子の命を守れるのなら大したことないわ。逆に聞くけど、照子はその嫌じゃないの?」
「私を監視してくれるのが葵ちゃんなら私は気にしないよ。それに今の私に何か解決策も出せないし」
「気を落とさないで、照子。何でも自分だけで解決しなくていいわよ。自分で解決できないなら私たちを頼ってよ。私たちは照子の仲間なんだから」
「葵ちゃん、ありがとう。よし、分かった。葵ちゃんの提案を受けるよ。むしろ私からもお願いします」
私は葵ちゃんにお辞儀をしながらそう口にする。
「頭を上げて、照子。仲間のためなら当然のことよ。それなら私が照子の命いいえ照子の人生を絶対に守ってみせるわ」
葵ちゃんは私の目の前で右手を握りしめながら、ガッツポーズをとる。
「え~、葵ちゃん。人生ってさすがに大げさじゃない?」
「そうかしら。それだけ私にとって責任重大よ。大げさじゃないわ」
「なら、私も葵ちゃんの人生を守ってあげるね」
「っ!? もう照子ったら、照れるようなこと言わないでよ」
私と葵ちゃんはお互いに笑顔になっていた。
「2人とも、私のこと忘れてない」
すると、突然、私と葵ちゃんの間に真横から千鶴さんがひょっこと割って入ってくる。
「「ちっ、千鶴さん!?」」
私と葵ちゃんはお互いに悲鳴に近い声を上げてしまう。
「ちょっと千鶴さん。びっ、びっくりさせないでくださいよ」
葵ちゃんが勢い良く千鶴さんにツッコミを入れる。
「だって話しかけるタイミングなかったんだもん。葵がひなたちゃんと話し始めちゃうし。かと思ったら、葵と照子ちゃんだけの世界になっちゃってて話しかけられなかったんだよ」
「それはごめんなさい、千鶴さん。それと私と葵ちゃんだけの世界になってました?」
「完全に2人だけの世界になってたよ。ほら、ひなたちゃんが照れちゃうくらいには」
私はひなたの方を見ると、両手で目を伏せるような仕草をしているひなたの姿が。
「お姉ちゃんたち、すごい」
「ちょっと、ひなた何してるの? これじゃあ、私も恥ずかしくなるでしょ」
「だってお姉ちゃんと葵さん、お互いの人生を守るって言ったんだよ。これってプロポじゃん」
「プっ、プロポーズって、そんなつもりじゃ。ねぇ、葵ちゃん?」
「そう? 私はそういう意味に取られても大丈夫だけど」
「ちょっと葵ちゃん!?」
「そうだぞ、葵。いくら照子ちゃんが可愛いからって。困らせるのは良くないぞ」
すると、千鶴さんが私のフォローに回ってくれた。
葵ちゃんが私を可愛いから困らせているという言葉には少し気になるけど。
「別に照子を困らせるつもりじゃあ」
「さあ、どうだろうね」
「それってどういう意味ですか?」
「えっ~、言いたくない~」
千鶴さんがお惚けて見せる。
「本当、この人は?」
「えっ、何か言った?」
「いえ何も」
「ぷっ、あははは、ははははは」
突然、ひなたが笑い出す。
私がひなたに真実を話してから初めて見せるひなたの満面の笑みだった、
そんなひなたの笑顔を見て私たちも自然と笑顔になっていた。
「あっ、ごめんなさい。つい葵さんと千鶴さんが話しているのが面白くて。お二人ともすごく仲が良いんですね」
「仲が良いというか。私と千鶴さんはいつもこんな感じよ」
「そうだよ、葵とは長い付き合いだからね」
「ひなたちゃん。あなたに最後の確認なんだけど、いいかしら?」
「いいですよ、葵さん」
「ごめんなさい。あなたに本当のことを言わずに、お姉さんをイザミとの戦いに巻き込んでしまった。だけど、私からもお願いします。照子の力はイザミからあなたと世界を守るためにも必要なの。個人的なことを正直に言うと、私は姉さんの仇を取りたい。照子が私たちと戦ってくれたらこれほど心強いことはないの」
葵ちゃんはもう1度土下座をしながら、ひなたに頼み込む。
「私からもこの通り」
千鶴さんも葵ちゃんと同じように土下座をする。
2人の土下座を前に、ひなたはしばらく何も言わない。
ただひなたの目は静かに、だけど真剣に2人を捉えている。
しばらくの沈黙が続いた後、ひなたは私の方を一瞥してから、ゆっくりと口を開く。
「葵さん、千鶴さん、顔を上げてください」
ひなたの言葉を聞いて、葵ちゃんと千鶴さんが顔を上げる。
そして、ひなたは2人の表情を見ながら、話し始めた。
「本音を言えば、私はお姉ちゃんに戦ってほしくありません」
ひなたは小さく息を吸い込む。
「お姉ちゃんは私にとってたった1人の家族なんです。もうこれ以上、私の家族が死んでほしくない」
ひなたの手がぎゅっと握られる。
私はその手の震えを見逃さない。
突然、ひなたが私の方に視線を向けてくる。
「でも、それはお姉ちゃんにとっても同じこと。私はお姉ちゃんの妹で、たった1人の家族です。だからお姉ちゃんが私を命がけで守ろうとした気持ちもすごく分かる。もし私がお姉ちゃんと同じ立場だったら、きっと同じことをしていたと思います」
ひなた。
私はひなたの思いがけない言葉に驚く。
ありがとう、ひなた。
こんな不器用なお姉ちゃんだけど、そんなふうに思っていてくれて。
すると、ひなたも私の表情から何か読み取ったのか、私に微笑み返していた。
「葵さん、千鶴さん、お二人の気持ちも分かりました」
そして、ひなたは葵ちゃんと千鶴さんの方に視線を戻して語りかける。
「もし私も葵さんの立場だったら仇を取りたいって気持ちになったと思います」
そして、ひなたは一旦息を吐いた後、静かに、だけど力強い声で答える。
「だから、私もお姉ちゃんがイザミに戦うことを認めます」
「本当にいいの、ひなた?」
「お姉ちゃん、私と世界を守るためなんでしょ。だったら最後までやらないと。イザミを止めなきゃ、どのみちみんな死んじゃうんだよ。それにお姉ちゃん、言い出したら止まらないんだし」
「ひなた」
「ただし条件があります。いや条件よりもお願いに近いかな」
「葵さん、千鶴さん。もしお姉ちゃんが誰かのために、自分を犠牲にしようと時は絶対に止めてください」
「……」
葵ちゃんは1度沈黙した後、ひなたの言葉の重さを受け止めるように、
「——約束するわ。何があっても照子を止めてみせる」
葵ちゃんははっきりとひなたにそう答えた。
「私からも約束するよ」
千鶴さんも葵ちゃんに続く形でひなたにそう答える。
「ごめん、みんな」
「もうお姉ちゃん、何、謝ってるの?」
「そうかもしれないけど、私が自分を大切にしない性格なの」
「お姉ちゃんが誰かのためになっちゃうところだって、お姉ちゃんの良いところなんだよ。ちょっと不器用なだけで」
「そうなんだけどさあ、私、みんなにして何かしてもらって、困らせてばかりで」
「あぁ、もう照子、うじうじしない」
「葵ちゃん……」
「照子が無茶してしまうことに、私たちは迷惑だなんて思っていないわよ。要はあなたが自分を犠牲にする前に、あなたを止めるか、イザミを倒すかだけのことでしょ。私や千鶴さんもいるんだし。何度でも言うけど、自分だけでなんとかしなくていいの。いい、あなたは1人じゃない」
「そうだよ、照子ちゃん。私のことも忘れてもらっちゃぁ困るな~」
「葵ちゃん、千鶴さん」
「じゃあ、お姉ちゃん。そんなに自分が悪いって思うなら、私にお詫びとして何かで返してよ」
「何かで返す?」
「そうだな~。私、東京に行きたい。お姉ちゃん、私が寝ている時に遊んでいたんでしょ。東京で」
「あれはただ服を買いに行っただけで、遊んだわけじゃあ」
「だから、私を東京観光に連れて行ってよ。それかネズミーランドでもいいよ。ここからバス出てるみたいだし。みんな生き残って、全部が終わったらね」
「こら~、ひなた、調子に乗らないの」
「まあまあ照子ちゃん。ひなたちゃんの提案に乗ってあげようよ。ひなたちゃんを東京電波塔に連れて行って上げるんでしょ?」
「えぇ、そうなの、お姉ちゃん!? 東京電波塔に連れて行ってくれるの?」
「そっそうだよ。ひなたの電波塔のお土産、買えなかったから」
「うわぁ、楽しみ!! やっぱり東京と言ったら電波塔だよね。お姉ちゃん、絶対に連れて行ってよね、死んじゃ嫌だよ」
「うん約束する」
「よし。これでお姉ちゃん、死ねない理由が増えたね。私と一緒に東京で遊ぶんだから」
「もうまだ行くわけじゃないんだから。騒がないの。もう元気いっぱいなんだから」
「でも、いいんじゃない、照子ちゃん? 元気なことは良いことだよ。ひなたちゃん1か月も眠っていたんだから」
「それもそうですね、千鶴さん」
「良かった、良かった。これで話もまとまったね。後はイザミを倒すだけだね」
「ちょっと、千鶴さん、何、勝手に話をまとめないでくださいよ」
「えぇ——別にいいじゃん、葵。そうだ、ひなたちゃんの回復祝いに何か食べに行こうよ。もちろん私のおごりで」
「それなら別にいいですけど」
「ごはん、食べにいくの!?」
「そうだよ、ひなたちゃん。この千鶴さんに任せなさい」
「千鶴さん、いいですよ、おごりなんて」
「遠慮しなくていいよ、照子ちゃん。私、すごく機嫌がいいから、何でも頼んでいいよ」
「な、何でも!? まあ千鶴さんに無理ないくらいにしておきます」
「もうそんなに謙遜しなくても。ああそれと葵。明日から社務所に寝泊まりしてね」
「何でですか!?」
「何でって。白昼堂々と狙われたんだから」
「別にいいですけど、部屋はどうするんですか?」
「部屋なら、ひなたちゃんと照子ちゃんの一緒の部屋でいいじゃん」
「一緒の部屋ですか!?」
「そうだよ。葵、言ったじゃん。照子ちゃんの魔力探知をするって。だったらより近くで生活を共にした方がいいって」
「そ、それは」
「葵ちゃん、嫌なの? 」
私は不安で葵ちゃんに問いかける。
「いや、嫌ではないのよ、照子。むしろ嬉しいというか、こんな形でいいのかなというか。でも、せっかくひなたちゃんが目覚めたんだから、姉妹水入らずに過ごさせてあげたいし」
葵ちゃんは必死に顔を左右に振って、私の顔を一瞥してしまう。
葵ちゃんはすごく早口になっていた。
「別にいいですよ。それに私、葵さんとお話したいですし」
すると、ひなたが葵ちゃんに話しかける
「っ!? ひなたちゃん、本当にいいの?」
「はい」
ひなたは元気な声で葵ちゃんにそう答えた。
「ひなたちゃんがそう言っているんだし。照子ちゃんもいいよね?」
千鶴さんが私に確認を取ってきた。
「はい、大丈夫ですよ」
私も元気良くそう答えた。
「照子、ありがとう」
「葵ちゃんに私の人生を守ってもらうのに、これぐらいのことで気にしないよ」
「照子……」
「コラコラ、2人だけの世界にならない。早くご飯食べに行こうよ」
突然、千鶴さんが両手を葵ちゃんの肩に回していた。
「ちょっと、千鶴さん!? びっくりするじゃないですか」
「急に肩を触ったのはごめん。でも、八咫鏡の魔力探知で気づいてたでしょ」
「それとこれとは違うでしょ」
「はいはい、愚痴は聞いてあげるから。早く行こう、早く。照子ちゃん、葵と話してたのにごめんね」
千鶴さんは右手で謝罪のジェスチャーをする。
「大丈夫です、千鶴さん。気にしないですよ。早くご飯食べに行きましょうか」
「おっ、いい返事。じゃあ早速、みんなで行きますか——」
千鶴さんのかけ声とともに、私たちはご飯を食べに行くことに。
お店は神宮の近くということでそのまま歩いて行くになった。
ふと、私はひなたに話しかける。
「ひなた。実際、どこまで気づいていたの? 私が嘘ついてたの?」
「う~ん、最初にお姉ちゃんから遠くの病院に移るって言われた時かな」
「えっ!? じゃあ、最初からじゃん!!」
「そんなの気づくよ。お姉ちゃんの表情から何か隠してそうなのが」
「……嘘……」
私は最初の時点でひなたに感づかれていた事実に、なんだか恥ずかしくなっていた。
「何年、お姉ちゃんと一緒に生活していると思ってるの。私だってお姉ちゃんのことはよく知ってるだから。それに、移ったら、全然病院じゃなかったし。まあ、あの時、意識が途切れ途切れで、はっきりとは分かってなかったけど」
「へぇ~、そっ、そうだったんだ」
私はたどたどしい返答をしてしまう。
「まあ、お姉ちゃんが正直に話してくれたし。もう気にしてないよ、お姉ちゃん。心優しい妹に感謝してよね」
「はっ、ははは、ありがとう。ひなたが自慢の妹で私も鼻が高いよ」
「お姉ちゃん、何で顔が引きつってるの?」
「えっ、そう?」
「あっ、お姉ちゃん、とぼけた」
「とぼけてないよ」
「嘘~、とぼけてる」
「照子~、何やってるの~?」
「そうだよ。2人とも置いて行っちゃうよ~」
私とひなたがじゃれあっていると、葵ちゃんと千鶴さんが私たちを呼びかけてくれた。
「葵ちゃん、千鶴さん。今から行きます〜。ほら、ひなた行くよ」
「お姉ちゃん、私たち、怒られちゃったね」
ひなたは言葉とは裏腹にすごく嬉しそうな表情になっていた。
ひなたのこの笑顔に私はどこか救われていた。
私とひなたは葵ちゃんと千鶴さんのところへ駆け出して行った。
この飲み会で千鶴さんがお酒を飲み過ぎてベロベロに酔っぱらってしまい、私たちで介抱することになるのはまた別の話。
それと、みんなに伝え忘れていないといけないので、ここで報告します。
ノエルちゃんが起こした東京での“人払い”騒動に関して、世間ではあまり関心を集めなかった。
私たちが無事に神宮に戻れた後、ニュースではこう報じられた。
「東京電波塔に爆破予告 周辺住民ら一時避難 警視庁が不審物の有無を確認」
9月25日午後、東京電波塔周辺に爆破予告があったとして、警視庁が現場周辺を封鎖し、近隣住民や観光客を一時避難させた。
関係者によると、予告は匿名の通報で寄せられたもので、現場付近では爆発物などは発見されていないという。
警視庁は威力業務妨害事件として捜査を進めている。
その後、芸能人の熱愛報道や政治家の不祥事の報道などがあまり世間の感心を集めることはなかった。
葵ちゃんが言うには、巫女やタタリ神の存在を世間から秘匿するために、政府関係者が報道機関に根回しなどをしているのだとか。
私個人としては、あの騒動で何も知らない人たちに不安を与えずに済んだことには内心ホッとしていたけど、ノエルちゃんとのあの戦いがなかったことになってしまったことにどこかやるせない複雑な思いもあった。
まだイザミとの戦いは終わっていない。
でも、私の回復の力でひなたの体にあった呪いを解くことができた。
ひなたの命の危機はもうない。
後は世界を滅ぼそうとしているイザミを止めるだけ。
ただ心残りがあるとしたら、ノエルちゃんの存在だ。
ノエルちゃん、あの後イザミに一緒に連れて行かれてしまったけど、大丈夫なのかな。
私の命を狙った相手だけど、まだ私よりも年下の子供だ。
そんな子供に人殺しをさせるようなイザミと一緒にいること自体、あの子にとって絶対に良くない。
もう一度、あの子に会えるのなら、イザミから奪ってでも身元を保護したい。
私だけの力だけじゃなくて、今度はみんなの力で。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ここはこの世のどこにもない光のない真っ暗な暗闇の空間。
そう、ここはこの世ではない黄泉の国。
そこに2つの人影が立っていた。
「おい、どういう意味だよ? イザミ!!」
「だから、そのままの意味よ、ノエル。もうあなたとの契約を終わらせてほしいの」
「なんでだよ!? 確かにあの2人を殺し損ねた。」
「ごめんなさいね。あなたが私の依頼に失敗したからじゃないの。ただ最初からあなたの契約はここで切る予定にしていたの」
「うっ、嘘だろ!?」
「正直に言うと、あなたは死んじもらわないといけないの。口封じにね」
「あんたも俺を裏切るのかよ」
「そう受け取ってもらっても構わないわ」
「だったら、剣を、草薙剣を返せよ。あれは俺のものだ!!」
「何を言っているの? あれはあなたのものじゃないでしょ。確かに剣に適合したのはあなた。でも、それがあなたのものであるということにはならないわよ」
「屁理屈、言うんじゃねぇよ」
「お互い様でしょ。まあいいわ、ノエル。あなたはここで死ぬんだし。もう問題ないでしょ」
イザミが右腕を横に出すと、それは合図なのか、5匹の狼のタタリ神たちがノエルの前に現れる。
「おい、ちょっと、待って。本気で言ってるのか?」
「えぇ、本気よ。さようなら、ノエル。あなたと出会えて良かったわ」
「くっ、くそー、だったら!! 草薙剣、草薙剣!!」
「あぁ、ダメダメ。呼んだって剣は来ないわよ、ノエル」
「っ!?」
イザミはバラバラに砕けた草薙剣をノエルの前にぞんざいに投げ入れる。
「うっ、嘘だろ? なあ草薙剣。俺の声に答えろよ」
ノエルがいくら叫んでも草薙剣は答えない。
「ふふふ、じゃあ。あの世に行きましょうか、ノエル。まあここはもうあの世ですけど」
「イザミ、てめぇ——」
「さあっ、お前たち、ノエルを噛み殺しなさい」
イザミの言葉に答えるように狼のタタリ神たちは走り出し、ノエルに食いかかろうとする。
「ふざけんじゃねぇよ」
ノエルは食われまいと食いかかってきた1匹の狼のタタリ神の眉間めがけて、飛び上がり、蹴りを喰らわせたのだ。
ノエルの蹴りに狼のタタリ神は、キュ~ン、キュ~ンと鳴き声を上げながら後ろに飛ばされる。
だが、残りの4匹の狼のタタリ神たちがノエルの四方を囲む形で襲いかかる。
狼たちの牙がノエルに届くと思われた直前、ノエルの守るように竜巻が起こり、狼たちが弾き飛ばされたのだ。
狼たちは一旦、ノエルから距離を取り、体勢を立て直す。
ノエルに蹴り飛ばさせた1匹も帰ってくる。
そして、再びノエルに襲いかかる。
しかし、狼たちの牙がノエルの喉元に届く前に、1匹の狼の頭が斬り飛ばされる。
1匹、また1匹と。
狼たちの体を切り裂いたのは、剣。
それも風の剣。
ノエルは風の剣を持っていた。
この風の剣はノエル自身の魔力で生成されたものだ。
「雑魚が!! 俺を殺せると思うなよ!!」
ノエルは残りの狼たちを風の剣ですべて斬り伏せてみせる。
ノエルはイザミに自らの自信を見せるように威張るようなジェスチャーをしていた。
「あらあら、草薙剣なしでここまでできたのね。あなた」
「俺を見くびるなよ。剣がなくてもこれくらいはできるぜ」
「そう、これならどうかしたら?」
イザミがそういうと同時に、白い大蛇が現れる。
「こっ、こいつは?」
「えぇ、あなたがこの前殺した蛇よ。草薙剣なしでどこまでできるか見物ね」
「へっ、何かと思ったら、前のやつかよ。すぐに終わらせてやる!!」
ノエルはその場で腰を低くして、両足で地面を蹴り飛ばすように、大蛇のいる方向に向かって、飛び上がる。
ノエルは勢いそのままに大蛇の喉元に風の剣を突き立てる。
ノエルの風の剣が大蛇の体を貫く。
はずだった。
ガーンという音が辺りに鳴り響く。
「っ!?」
ノエルは自身の目の前で起こった事実に驚愕する。
ノエルの剣が大蛇の鱗を貫いていないのだ。
大蛇の鱗はまるで鋼鉄のように固く、ノエルの風の剣を受け止めていた。
「何!? 嘘だろ、あの時は簡単に」
ノエルは目の前で起こったことを受け止めれずに、大蛇の体の上で一瞬立ち尽くしてしまう。
「ぐっ!?」
すると、突然、ノエルは飛んできた大蛇の尾に弾き飛ばさせる。
「ぐあっ!?」
ノエルの体が地面に叩きつけられる。
だが、ノエルは地面に激突する直前に風の魔力をクッション代わりにして衝撃を和らげ、大事には至らない。
「あなた、1つ勘違いしているから教えてあげる」
イザミの声が辺りに不気味に響く。
「勘違い、だぁ?」
ノエルは強がるようにイザミに問いかける。
「あなたがこの子を最初に殺せたのは、あなたが単純に強かった訳じゃない。草薙剣があったからよ」
「どういうことだよ?」
「あなたは草薙剣にある潜在能力をすべて出すための器にしかすぎなかったの。私はそんなあなたにこの子を殺させるたのよ。剣がなければ、あなたはこの子には勝てない。まあ私の魔力で強化させているのもあるけど」
「嘘だ!! こいつは俺の力だけで殺した。剣のおかげじゃねぇ!!」
ノエルは叫びながら、大蛇に向かって、右手から出した竜巻をぶつけた。
「はあ、はあ、これで、どうだ?」
しかし、ノエルの望みを嘲笑うように、大蛇は咆哮と共にノエルの竜巻を消し飛ばしてしまう。
「くっ!?」
「だから言ったでしょ。あなたはこの子を殺せない」
イザミは不気味に微笑みながら、ノエルに語りかける。
ジリジリと大蛇がノエルとの距離を縮めてくる。
ノエルは大蛇に有効な攻撃を与えられない事実という恐怖を前に、居ても立っても居られず、大蛇に背中を見せる形で逃げようと走り出した。
「ぐっ!?」
ノエルの動きを読んでいたのか、大蛇はノエルを逃がさないように、自らの尾でノエルを叩く。
ノエルは風の力で大蛇の尾による攻撃を防いでいた。
しかし、受けた衝撃を受けきれず、その場に倒れこんでしまう。
「っくしょ」
ノエルの声が小さく響く。
「ちくしょう」
ノエルはなんとか立ち上がる。
でも、ノエルの心は自らの弱さに打ちのめされていた。
「ちくしょう、ちくしょう————!!」
ただただ叫ぶことしかできない。
ノエルの叫びも虚しく、ノエルと大蛇の距離はさらに縮まる。
ノエルと大蛇の間の距離が数メートルになった時、ノエルは自らの死を悟る。
あとは、大蛇の大きな口でノエルを丸飲みにするか、尾をノエルに叩きつけて圧死させるか、2つに1つだった。
大蛇は自らの尾でノエルに叩きつけるようと、尾を高くあげる。
ノエルは最後の抵抗なのか、大蛇に向かって睨めつける。
大蛇は尾を勢い良くノエルの頭上を叩きつけるはずだった。
「っ!?」
なんと振り下ろされた大蛇の尾はノエルの髪をかすめただけで、ノエルのいない場所を叩きつけたのだ。
ノエルは不可解な大蛇の行動に戸惑う。
叩きつけられた大蛇の尾は地面と“空間”そのものを砕く。
空間が砕けたことで、そこから黒いヒビが走ったのだ。
そして、黒いヒビはさらに大きくなり、割れる。
すると、割れたところから空間の穴のようなものがそこに出現した。
ノエルは咄嗟にその穴に向かって走り出す。
穴がどうなっているかは分からなかった。
しかし、この場にいたらイザミたちに確実に殺される。
ノエルは藁にもすがる思いだった。
ノエルが逃げようとした瞬間、イザミが口を開く。
「ノエル、逃げるのね」
「うるせぇ、言ってろ!!」
ノエルはイザミを睨めつけながら、そう叫ぶ。
「こんなところで死ねるかよ!!」
ノエルは空間の穴に向かって、飛び込む。
すると、大蛇はノエルが逃げるのを阻止するために、口を開けながら、勢い良く頭で突っ込んでくる。
しかし、ノエルはそれを読んでいた。
大蛇の頭を出してきた勢いを利用して、風の力で流れるように大蛇の頭を避ける。
大蛇の頭を避ければ、もう何も障害物はなかった。
そして、そのままノエルは真っ黒な穴に自らの生存の望みを託しながら、落ちて行ったのだ。
ノエルが穴の中に入ると同時に、穴は急速に閉じて行った。
イザミは穴が塞がったのを見て、くすりと笑い呟く。
「ふふふ、ノエル、行ったわね。あなたは私から受けた呪いによって死ぬことも知らずに。まあいいわ。最後まで足掻くことね」
イザミは自らと大蛇しかいない黄泉の国で不気味に笑うのだった。




