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第6話 ③

 社務所で一晩過ごした後日。


 私たちはひなたの呪いを解くための準備を始める。


 まず、呪いを解く以上、不測の事態に対応するために、神宮との繋がりのある医療関係者の人たちに協力を仰ぐことに。


 さらに、千鶴さんの計らいで、少しでもひなたの呪いを解きやすくするための祝詞を唱えてくれる神宮関係者の人たちも集めてくれた。


 ひなたの呪いを解く儀式の当日。


 儀式はひなたが眠っている部屋で行うことに。

 本当は神宮の本殿で儀式を行うべきなんだけど、寝ているひなたの体に少しでも負担をかけないために儀式は部屋ですることになった。


 神宮の人たちが祝詞を唱え始める。

 それを合図に私と葵ちゃん、千鶴さんはひなたが寝ている寝室に入った。


 私はひなたの方を見る。

 ひなたは眠っていて、目を覚ます気配はない。


 私はひなたの左側に、葵ちゃんはその逆の右側に、千鶴さんはひなたの足元に移動して、膝をついて座り込んだ。


 そして、私は両手をひなたの胸辺りに添える。

 さらに、葵ちゃんは私の手の上から両手で包み込むように添えてくれた。


 私は意識を集中させる。


 私は両手から回復の力を発動させる。

 段々と私の両手から温かい熱のようなものが発せられていく。


 私はさらにイメージする。

 この熱でひなたの心臓近くにあるひなたを蝕ませているイザミの呪いをすべて打ち消すように。


 さらに私は力を込める。


 ひなたの体に張り付いた呪いを消し去るんだ。


 ——消えて。


 ——消えて、消えて。


 ひなた、お願い。


 目を覚まして。


「……ぅ……」


「……うっ、うぅ……」


「えっ……!?」


 すると、かすかな声が、静かな部屋にこぼれる。


 私は声のする方向に目を向けると、ひなたのまぶたがかすかに動く。


 そして、ゆっくりとひなたが目を開いたのだ。


「……おっ、お姉ちゃん……」


「……あれ? ここは……どこ?……」

 見られない周囲の景色を見て、戸惑っている。


「ひなた!! お姉ちゃんだよ」


 私は勢い良くひなたを両手で抱きしめる。


「うわぁ!?」

 ひなたの戸惑う声が聞こえる。

 でも、私は嬉しすぎてあまり冷静にはいられなかった。


「良かった、本当に良かった」


「照子」

「照子ちゃん」

 葵ちゃんと千鶴さんが私に声をかける。


 私は2人の方に顔を向ける。


「照子、呪いは完全に消えたわ」


「儀式は成功だ。照子ちゃんよく頑張ったね」

 葵ちゃんと千鶴さんは確信を得た自信に満ち溢れた表情で私に語りかけてくれた。


「はい、ありがとうございます」

 私は嬉し涙を流しながら2人に感謝した。


 そこからは順調にひなたの体調も回復していき、呪いにかかる前と同じぐらい元気な姿に。


 その後、ひなたにはあの夏の日に何が起きたのか、イザミがひなたを狙っていること、私がひなたを守るためにイザミに戦わないといけないこと、それら全てを話した。


 ひなたは現実離れした事実に驚きの表情を浮かべて、黙り込んでしまう。


 そして、一呼吸置いた後、ひなたは口を開いて、私に話しかける。


「お姉ちゃん、こんな大事なこと何で私に話してくれなかったの?」


 ひなたの不安と悲しみの混ざったような眼差しが私の目を釘付けにしてくるほどだった。


 私は居ても立っても居られず頭を下げて謝る。


「ひなた、正直に本当のことを話さなかったのは、本当にごめん。でも、不安にさせて、ひなたの体に何かあったらマズイし。それに、ゆっくり話をするタイミングもなかったから」


「言い訳しないで!!」


 私を責めるように、ひなたの声が辺りに響き渡る。


 私はすぐに顔を上げて、ひなたの顔を見る。

 私の目に写ったのは、顔を真っ赤にし、うっすらと目に涙を残すひなたの姿が。


「ひなた……」


 マズイ、やってしまった。

 私は軽率に言ってしまった自分の言葉に激しく後悔する。


 ひなたの言う通りだ。

 どんな理由を挙げたとしても、ひなたからすれば、ただの言い訳だ。


「ごめん、急に大きな声出して。でも、お姉ちゃん、私のこと心配しすぎ」


 ひなたは腕で涙を拭いながら、一呼吸、息を吐く。


「確かに最初は荒唐無稽な話だとは思ったよ。そのタタリ神って言う化け物だけど、大きな犬みたいなのが私の前に現れる瞬間は実際にこの目で見たよ。でも、私はたとえお姉ちゃんの気遣いだったとしても、正直に話してくれなかったことの方がショックだよ」


 ひなたの言葉に私はただ聞くことしかできなかった。

 今のひなたに何かを言っても無駄のように思えたからだ。


 でも、それ以上に、私はひなたのことを心配するあまり、結果的にひなたを悲しませてしまったことに申し訳ない気持ちで何も言うことができなかった。


「それにお姉ちゃんは私のことより自分のことを心配しなきゃ。現に、ノエルって子に殺されかけたんでしょ。お姉ちゃんが殺されてからじゃ遅いんだよ」


「それは……」


「もしお姉ちゃんもお父さんみたいになっちゃったら、私耐えられないよ」


「……」

 私はひなたの顔をじっと見ていた。


 ひなたの悲痛な思いが伝わってくる。

 ひなたにとって、私はたった1人の肉親だ。


 私が死んでしまったら、もうひなたにとっての家族はいなくなってしまう。

 もうお父さんのようなことは起きてほしくないのだ。


 でも、それは私にとってもひなたは唯一の肉親。

 私もひなたを失いたくない。

 ひなたが呪いで死んでしまうことはなくなったけど、それでもイザミという脅威が気がかりになってしまう。


 その脅威を倒すために私が戦って、生きて帰れる絶対の保障はない。


 私とひなたがお互いに口を閉ざしてしまう。


 長い沈黙で重くなってしまった空気を割るように、千鶴さんが静かに口を開く。


「ひなたちゃん、君に真実を伝えなかったことは私からも謝らせてほしい。ただ君のお姉ちゃんは何も君を騙すために話さなかったわけじゃないんだ」


「じゃあ、なんだって言うですか?」


「ただ君を守りたいという思いだよ」


「だからって、本当のことを言ってくれないのはどうかと思います」


「確かに正直に話さないのは良くないね。でもそれなら、照子ちゃんよりも悪いのは私たちの方だと思うんだ」


 千鶴さんがそう口にした後、突然、千鶴さんは葵ちゃんと一緒にひなたの前で土下座をしたのだ。


「っ!?」

 ひなたは目の前で起こっている光景に鳩が豆鉄砲をくらったような驚きの表情になる。


 私も千鶴さんと葵ちゃんの予想外の行動に呆気にとられってしまう。


「千鶴さん、顔を上げてください。葵ちゃんも」

 私は2人に土下座を止めるように促す。


「いや、照子ちゃん。ひなたちゃんが襲われたのだって、元はと言えば、私たちが君たちを早く保護できなかったことが原因だ。1番悪いのは私たちだ」


 千鶴さんは少し顔を上げて、私とひなたを見つめてくる。


 私は目の前で起こっている状況に混乱してしまい、視線を周囲に逃がすしかできない。


 視線を逃した先に、ひなたの姿が私の目に映る。


「……」


 ひなたは静かに黙ったまま、千鶴さんの言葉を受け止めているようだった。



「その上で、2人に話さないといけないんだ。特に照子ちゃん、君にとってすごく大切なことになる」


「私ですか?」


「うん、とても大事なことだ。ひなたちゃんも聞いてくれるかな?」


「はい、お姉ちゃんのことなら」


「分かった。照子ちゃんがひなたちゃんの呪いを解くところを見させてもらったけど、おそらく照子ちゃんの回復の力の源はおそらく照子の寿命だ」


「私の寿命!?」


「おそらくだけど、照子ちゃんは無意識に寿命を使ってしまっていたから、気づかなかったと思うんだ」


「無意識。じゃあ、なんで千鶴さんは私が気づいていなかったことが分かったんですか?」


「照子ちゃんがひなたちゃんの呪いを解くところを見させてもらったからね。そのときの照子ちゃんの魔力が全く減っていなかったんだ」


「魔力が減っていない…」


「だから私は考えた。回復の力を使ったのに、魔力が減っていない。それなら、魔力とは別の何かを消費するはずだと」


「その何かが私の寿命……」


「そう」


「でも、私、力を使った時に何か違和感を感じませんでした。寿命の削っているなら体に影響が出るんじゃないんですか?」


「運良く体に影響が出るほどの寿命を使っていなかったんじゃないかな。葵からも聞いたけど、照子ちゃんは無意識にみちこおばちゃんの腰や葵の火傷や魔力の回復、模倣した草薙剣への魔力供給から考えて、数年から10年程度の寿命を使ってしまったと思うんだ」


「そんなに使ってしまったんですか?」

 私は自分の寿命を使ってしまった事実に動揺を隠せない。


「そうだね。ただ幸いなことにそのくらいの寿命なら、今すぐ照子ちゃんの命を奪うことはない。ゆっくりだけど使ってしまった寿命は十分に休息を取れば回復するからそこは安心して」


 千鶴さんが私を安心させるためなのか両手で私の手を握りしめてくれる。


「はっ、はい」

 千鶴さんの手の温もりが伝わってきて、少し不安な気持ちが和らぐ。

 ただ千鶴さんが寿命は回復すると言われたけど、無意識に自分の命を使ってしまった事実に私はすごく恐怖を感じていた。


 千鶴さんはさらに話し始める。


「ただ1番厄介なのは、照子ちゃんが回復の力を使って、重症な怪我を負った人や今にも死にそうな人を治す場合、君の命と引き換えになりかねないところだ」


「っ!?」

 千鶴さんが言う『命と引き換え』という言葉が私の胸を貫くように重く伝わってくる。


「言わば、ブレーキのない車みたいなものだ」


「ブレーキのない車…」


「だから私からは照子ちゃんには今後、回復の力を使うのを原則禁止にしてほしいんだ」


「禁止ですか?」


「そう、約束できるかな?」

 千鶴さんは私に問いかける。


 千鶴さんの返答に私が答えようとした瞬間。


「千鶴さん、お姉ちゃんにそんな約束しちゃダメです」

 と、ひなたが突然、私の返答を遮るように口を開いたのだ。


 私はひなたの方に視線を向ける。


「ひなたちゃん、それはどういう意味かな?」

 千鶴さんはひなたに訊ねる。


「そのままの意味です。お姉ちゃんは自分の力で救える人がいたら、簡単にそんな約束、破っちゃいます」


「例えば、自分の命の危機になる可能性があっても?」

 千鶴さんはひなたの言葉を静かに聞いたあと、ひなたに疑問を投げかける。


「はい、お姉ちゃんならそうします」


「そうか」

 千鶴さんはひなたの真剣な言葉を聞いて、考え込むように口元に左手の甲を軽く押し当てる。


「照子ちゃん。回復の力を使わない約束ちゃんと守れる?」


「はい、千鶴さん。私、ちゃんと約束は守りますよ」


「それならいいんだけど」


「そうですよ。ねっ、ひなたも心配しすぎだよ」


 私は千鶴さんに受け答えをしたあと、ひなたの方を向いて話しかける。


「嘘。私、いっつもお姉ちゃんが自分のことよりも私や周りの人を優先しちゃう悪い癖があるよ」


「悪い癖って。別に私は好きでみんなより自分のことを後回しにしているだけで」


「だから、そういうところだよ!!」


 ひなたは私の前で1度目に出した大きな声よりも大きな声量で叫ぶ。


「うぅ、げほ、げほ」

 急に大きな声を出した勢いでひなたは咳き込んでしまう。

 私はすぐさま、ひなたの体を抱き止める。


「ひなた!? 大丈夫?」


「だっ、大丈夫。ご、ごめん、また大きな声出して。でも、やっぱり私は嫌だよ、お姉ちゃんに何かあって死んじゃうのは」


「ひなた……」

 

 気まずい空気が私とひなたの間に横たわるように感じた。


 ひなたは私をこんなに心配してくれていたのに。

 なんでもって考えてあげられなかったんだろう。

 これじゃあ、お姉ちゃん、失格だ。

 でも、今の私にひなたの不安を取り除いてあげられるような方法を出してあげられない。

 なんて私は無力なんだ。


「ひなたちゃん、ちょっといいかしら?」

 私が途方に暮れていると、私とひなたの沈黙を裂くように、葵ちゃんの声が私の耳に飛び込んでくる。


「葵ちゃん?」

 私は葵ちゃんの声のする方向に目を向ける。


「私ですか!?」

 ひなたは突然、葵ちゃんに呼ばれて、少し驚いていた。


「あなたが照子のことを心配しているのはすごく分かった。私で良ければ、あなたの心配を無くせるかもしれない」

 葵ちゃんは自信に満ちた表情で私たち姉妹にそう口にした。

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