ダグラス・オルティス男爵
「きゃっ!!」
男性とすれ違いざまに肩がぶつかり、本を床に落としてしまう。
「大丈夫ですか、お嬢さん。お怪我はありませんか。前方不注意で申し訳ありません」
短い金色の髪の細身の男性が背中を屈めると、私の本を拾い手のひらでパンパンと砂を落とす。
「ありがとうございます。怪我はございませんわ。私の方こそ注意不足で申し訳ありません」
不審に思われぬように男性の顔を再度確認すると、小さく会釈して優雅に微笑む。
(偶然に感謝ね。ジェシカからダグラス様は週の中日に図書館で見かけたと聞いていたけと、一発で会えるとは思わなかったわ)
「とんでもございません。この本はこれから返却されるのですか?私が窓口までお持ちしましょう」
「あら、ご親切にありがとうございます。えーっと。お名前をお伺いしてもよろしいかしら」
小首をかしげ少し困ったような笑みを浮かべる。
「オルティス男爵家のダグラスと申します。貴女はディミトロフ公爵家のマリーナ様ですね。お噂はかねがね」
きびきびと無駄のない仕草でお辞儀をすると、穏やかな笑みを浮かべる。
(裏表のなさそうなまっすぐな青年ね。ジェシカが爽やかで実直といっていたけど本当にそのとおりね。
人のよさそうな笑顔…
面立ちは…髪の色も同じだけど母にどことなく似ているわ。
彼は男爵を継いだのだから、当主として第1王子の婚約者である私の存在は認識していて当然か…)
平静を装って微笑み返しながら、頭の中を整理する。
「あら、どんな噂かしら。ふふ。オルティス男爵といえば、私の母クリスティーナの実家ですわね。疎遠にしておりますが、親戚ですもの、以後よろしくお願いしますわ」
「男爵家から公爵家という身分差で嫁入りしたからでしょうか?クリスティーナ様もジュリアナ様も嫁入りされてからはオルティス男爵家とは連絡はとってないようですね。
2歳差で叔父と姪というのも不思議なものですね。
クリスティーナ様は絵姿でしか拝見しておりませんが、マリーナ様はお母様によく似てらっしゃいますね」
「あら、ダグラス様こそお母様の面影がありますわ。おばあさまに似てらっしゃるのかしら」
「そうですね。髪や瞳の色はクリスティーナ様と同じですね。でも、クリスティーナ様は華やかな雰囲気をされてらっしゃったそうですが、私は地味ですので、印象はかなり違うかと思います」
華やかなクリスティーナに比べて、かすみ草のような可憐だが目立たない義妹ジュリアナ。
ダグラス様みたいな穏やかな方ならともかく、気の強いお義母様は母の美貌に劣等感を抱いていたのかもしれない。
「オルティス男爵家といえば、エディさんは今もいらっしゃるのかしら?」
「エディですか?使用人…ではないですか…。私の知る限りではおりませんね」
「あら、そうですの?私の勘違いかもしれませんわ。変なことを伺ってごめんなさい」
早くも行き詰まってしまった。
意識的に感情を抑制したつもりが、すこし顔が硬っていたようだ。
「先祖にそのような者がいたのかもしれません。一度家系図を見にこられますか?」
がっくりとした私を見てダグラスが気を利かせて提案をしてくる。
(家系図?ヒントがあるかもしれない。行ってみたい。でも、オルティス男爵家に行ったことが義母やアマンダにバレてしまうと、何か不具合があるかもしれない)
「そうですね…」
「でしたら、こちらの図書館へお持ちしましょう。ご都合のよいお日にちを教えていただけますか?」
顎に手を当てて口籠る私をみて、ダグラスはにこりと微笑むと別案を持ちかけてきた。