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十六の春  作者: 五十鈴スミレ
第二章
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終わり 私はガラス細工なんかじゃない



 ぎゅうぎゅうぎゅうと、しばらく抱きついていたんだけど。

 ヴィーのほうからも抱きしめ返されたりして、これはこれでしあわせだったんだけど。

 何か、こう……もう一段階、足りないステップがあることに、どうやらヴィーはお気づきではない模様。


「ヴィー……」


 抱きついていた手を離して、少しだけ距離を取る。

 まっすぐヴィーを見上げながら、気持ちを込めた声で名前を呼んで、ゆっくりと目を閉じた。

 ドクンドクンと心臓の音がうるさくて、ヴィーの気配がうまく読めない。

 そのままじっと待つ。じっと、じっと……ってこれデジャブだな!?

 カッと目を開ければ、ヴィーは不思議そうに首をかしげたまま静止していた。


「今こそキスする時でしょ!?」


 言ってくれないとわからないらしいので、恥じらいも捨てて詰め寄ってみる。

 ヴィーと再会してから一ヶ月以上、ほんっとーになんにもなかったんだから! 離れていた期間も合わせると、もうヴィー欠乏症でどうにかなりそうだ。

 触れて、触れられて、ヴィーを確かめたい。ヴィーの想いを確かめたい。

 ぬくもりが、言葉よりも雄弁に伝えてくれるものも、あると思うから。


「眠いのかと思った」

「なんでよ!? 立ってるでしょ! 寝るにしても唐突すぎでしょ! そんなシーンじゃなかったでしょ!」

「そう?」


 さらに首を傾けるヴィーに、私はハッとする。

 そうだ、ヴィーにはわからないんだ。普通なら空気で察しなさいってところだけど、ヴィーにとって空気はただ吸うものなんだ。

 数日前のときだって、逃げたわけじゃなくて私が寝たと思ったから部屋から出てっただけなら説明がつく。

 ああ、学習したばかりだったのに、またやってしまった……。


「その、再会してから、私たち、キスとかほら、なんというか、いろいろ、してないじゃない……?」

「うん」

「だから、あの、し、し、したいなって……」


 ああああ改めて言うと照れる~~~~~!!!

 考えてみれば私、自分から直接的にこういうお誘いかけたことって、一度もなかった!

 両思い前はヴィーの気の向くままにって感じだったし、両思いになってからも自分から言おうなんて思わなかったし。

 それだけ私の行動パターンがヴィー主体だったっていうのもあるんだろう。

 まあ単純に、恥ずかしすぎて言えるかボケェっていうのもありますよね!!


「……壊れない?」

「え?」

「アーシャは、やわらかいから。壊れそうで怖い」


 かすかに怯えを含んだような声音で言うヴィーに、今度は私が首をかしげるしかない。

 壊れるって、ど、どんなふうに……? ガラス細工みたいにパリンって……?

 やわらかい……? それは、脂肪的な意味で……?

 ヴィーには重いって言われたけどたぶん一般人レベルだし、胸にいたっては若返ったせいで若干減ったけど……?

 っていうか、この数年で確実に両手には収まらない回数そういうことをしてるし、今さらじゃない……?


「い、今まで一度も壊れたことないよ……?」

「今までどうやってさわってたかわからなくなった。よく壊れなかったね」


 そんな、感心したみたいに言われても……。


「まさか……そんな理由で何もしてこなかったの?」


 元々ヴィーは淡白なところがあったから、これまでだって数ヶ月何もなかったこともめずらしくなかった。

 それでも、両思いになったばかりにもかかわらず、メイクラブどころか少しの触れ合いもないことを不安に思っていたわけだけど。

 フタを開けてみたら、さわったら壊れそうで怖いとか、そんな何も知らない童貞みたいな……いやいや失礼した。


「大事なことだよ。人は壊れたら戻らない」

「それはそうなんだけど……」


 人を壊れるって表現するのはちょっと変わってるし、そもそも心配の方向があさってだ。

 ヴィーって、やっぱりずれてる。

 でも、私はそんなところも含めて好きになったんだって、改めて思う。

 森の奥の変わり者の魔法使い。

 いつも眠たげな顔をした、私のいとしい人。


「ヴィーは、私を壊したくないの?」

「うん」

「私を、大事にしたいの?」

「さっきからそう言ってると思うんだけど」


 少しムスッとした表情をしながらも、ヴィーは素直に認める。

 うん、大事すぎて、ってそう言ってくれたもんね。そういう意味だったんだね。


「そっか……そっかぁ」


 心の中に、じんわりとあったかいものが広がっていく。

 冬の夜にホットミルクを飲んだみたいに、ぽかぽかとしあわせな心地になる。

 ヴィーは、私のことが好き。ちゃんと、恋とか愛とか、私とおんなじような意味で。

 そのことを、改めて理解した。


「もう……悩んでたのがバカみたい……」


 ほっとしすぎて、身体中から力が抜けていくみたいだった。

 思わずうなだれる私を、ヴィーは自然な動作で支えてくれて、そんなことにまたうれしくなる。

 心配そうに揺れる赤い瞳を見つめ返しながら、私はこれだけは言っておかなくちゃ、と彼の鼻にツンと人差し指を立てた。


「ヴィー、言葉にしないと伝わらないのは私も一緒なんだからね! ヴィーは基本言葉足らずなんだから、思ったことはどんどん言うくらいでちょうどいいの! わかった?」

「うん、気をつける」

「で、でもさっきくらい素直になられると、ちょっと恥ずかしいけど……」

「?」

「ほどほどに、ほどほどにでお願いしたい!」

「アーシャは難しいことを言う」


 ヴィーは納得いかなさそうに眉根を寄せるけど、これは仕方ないと思うんです。

 だ、だって、ぐちゃぐちゃにしたいって、つまりそういう意味だよね……。閉じ込めたいって、ヴィーってヤンデレの気質もあるのかなとかうっかりドキドキしちゃったし……。

 ヴィーの愛ならどんなものでも受け止められる自信があるけど、それとこれとは別なんだから!

 ときめきすぎて心がオーバーフローしちゃわないように、ヴィーにもご協力願わないと。


「あのね、怖がらなくて大丈夫」


 にっこり、と私はヴィーに笑いかける。

 私よりも少し冷たくて、私よりもきれいな手を、そっと持ち上げる。

 この手にさわってほしい、っていう気持ちを込めながら、頬をすりつけた。


「ヴィーが、私のこと好きって気持ちでさわってくれたら、絶対壊れないよ」


 私の言葉に勇気づけられたように、おそるおそる、ヴィーの指が動く。

 頬をなぞって、耳をくすぐって、顎のラインを確かめて。


「なら大丈夫」


 ゆるやかに弧を描いた唇が、降ってきた。





 余談ですが、身体は処女に戻っていた私は、加減を忘れたヴィーのおかげで夕方近くまで寝て過ごすことになりまして。

 ごちそうをたんまり作る予定だった誕生日パーティーの計画は、大幅な変更を余儀なくされたんだけど。

 一番のごちそうはアーシャだから、なんてケロッと言うヴィーに赤面させられたり、まあとにかくしあわせ一色なんで細かいことは気にしない。

 変わり者の魔法使いから、愛の重い(たぶん)魔法使いにランクアップしたヴィーと、押しかけ女房から正真正銘の恋人へとランクアップした私の満ち足りた日々は、まだまだこれからなのです。







第二章までお付き合い頂きありがとうございます!

元は活動報告にちょろっと載せた短いお話を元に、全体的に組み直して第二章としました。

今後ももしネタが降ってきたりしたら、気まぐれに章が増えていくかもしれません。

とりあえずはここで一区切りとさせていただきます。

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