勇者と公爵令嬢-2-
訓練場で、俺は模擬戦用の片手剣を選んだ。
サーシャ嬢は訓練着へ着替え、革で刃を覆った二本の短剣を手にしている。
「短剣は不利では?」
「そうでもないですよ」
サーシャ嬢は短剣を指先で回し、口元を緩めた。社交界について話していたときより、ずっと生き生きとして見える。
エドガーが俺たちの間へ進み出た。
「急所へ武器を当てるか、相手が敗北を認めた時点で終了といたします」
数歩下がり、片手を上げる。
「始めてください」
俺は先に踏み込み、肩口へ剣を振り下ろした。
サーシャ嬢は身体を横へずらし、短剣で剣の勢いを受け流す。そのまま、もう一方の短剣を俺の脇腹へ伸ばした。
速い。
剣を引き戻し、柄で受け止める。
「さすがに避けられますよね」
サーシャ嬢の声音に、わずかな楽しさが混じった。
次の瞬間、片足を軸に身体を回転させる。
遠心力の乗った短剣が俺の剣を打ち、手首へ重い衝撃が走った。
腕の力だけではない。踏み込みから腰、肩へとつないだ回転を、一撃へ乗せている。
俺が押し返しても、その力まで次の回転へ利用してしまう。
自分より力のある相手を、正面から押し返そうとはしない。
ならば、回転する場所を与えなければいい。
距離を詰め、サーシャ嬢が横へ抜けようとするたび、剣先で進路を塞いだ。
「今度は回らせません」
「さすがは勇者様ですね」
「逃げ道はありませんよ」
「正面から戦えないわけでもないんです」
サーシャ嬢が、真正面から踏み込んでくる。
振り下ろした剣を二本の短剣で受け流し、そのまま俺の懐へ滑り込んだ。
短剣の柄が俺の手首を打つ。
剣を握る力が緩んだ一瞬に、サーシャ嬢の短剣が脇腹へ伸びた。
同時に剣を引き戻し、彼女の肩へ向ける。
互いの武器が、ほとんど同時に止まった。
「そこまでです」
エドガーの声が響いた。
息を吐き、剣を下ろす。
「相打ちでしょうか」
「そうみたいですね。正面から崩せると思ったんですけど」
「俺も、動きを封じれば勝てると思っていました」
「惜しかったですね、お互いに」
サーシャ嬢は肩をすくめた。
公爵令嬢だからというだけで不安に思っていた自分が、急に恥ずかしくなった。
サーシャ嬢は、守られるだけの令嬢ではない。
少なくとも、剣を交えた今なら、それだけは断言できる。
「ぜひ、勇者一行に加わってください」
「そんなに簡単に決めていいんですか?」
「簡単に決めたわけではありません」
息を整え、サーシャ嬢をまっすぐに見る。
「敵になったら怖いですし、味方なら頼もしい。俺が敵を引きつければ、サーシャ嬢は死角へ回れる。一緒に戦えると思います」
サーシャ嬢は俺の顔を見つめた。
口元は柔らかく緩んでいる。それでも、その目だけは、俺の言葉が本心なのかを確かめるように動かなかった。
「勇者様、意外と頼もしいですね。勇者に選ばれたばかりで、浮かれているんだろうなと思っていました」
「ひどくないですか?」
「お会いする前の話ですよ」
サーシャ嬢はわずかに首を傾けた。
噂に聞いていた公爵家の毒花とは、ずいぶん印象が違う。
それでも、一度の顔合わせで分かったつもりになるべきではないだろう。
「アレクサンダー」
殿下に呼ばれ、そちらを向いた。
「サーシャ嬢と行動をともにできると思うか」
殿下だけでなく、妃殿下や兄さんの視線も俺へ集まる。
急に喉が渇いた。
模擬戦では迷わず動けたのに、俺の答えで一人の行く先が決まると思うと、言葉が重くなる。
それでも、ここで目をそらすわけにはいかなかった。
「はい。一緒に戦いたいと思います」
答えると、殿下はサーシャ嬢へ視線を移した。
「サーシャ嬢。勇者一行へ加わることに、異存はないか」
「ありません」
殿下が表情を改める。
その変化を感じ取ったのか、サーシャ嬢も背筋を伸ばし、公爵令嬢としての姿勢へ戻った。
兄さんも柵から身体を起こす。
訓練場の空気が静かに引き締まった。
「サーシャ嬢を、第十代勇者一行の斥候として正式に任命する。勇者アレクサンダーに同行し、魔王封印の任にあたれ」
「謹んで、お受けいたします」
サーシャ嬢が深く頭を下げた。
俺は彼女へ右手を差し出す。
「改めて、よろしくお願いします、サーシャ嬢」
「こちらこそ、よろしくお願いします、勇者様」
「アレクサンダーで構いません」
サーシャ嬢は差し出した手を見たあと、俺へ視線を戻した。
初対面の挨拶を交わしたときと同じように、こちらを観察している。
けれど、その口元には先ほどまでなかった柔らかさがあった。
「それなら、僕のこともサーシャと呼んでください。アレクサンダー」
サーシャが俺の手を取った。
細く、少し冷たい手だった。
けれど、握り返す力は思っていたよりも強い。
「よろしく、サーシャ」
「はい。よろしくお願いします、アレクサンダー」
俺はまだ、彼女のことを何も知らない。
なぜ魔王討伐の旅へ出るほど社交界を離れたいのかも、穏やかな表情の奥で何を考えているのかも分からない。
それでも、俺にできないことを担ってくれる仲間ができた。
ならば、俺も彼女の力になれるようになりたい。




