第8話 悪事から足を洗うと言いますが、手も洗った方が良いのでは? ①
「随分と高く積み上げましたね」
「あれがこの辺りの統治を任されている領主の治める町、コルダだ」
荷馬車で街道を進むエリンとヴァンは、幾つかの小さな町を経由し次なる町の目前に来ていた。
視線の先には町の外周を囲う壁が築き上げられており、その外側に堀、大きな門の前には堀を跨ぐ跳ね橋が架けてある。壁の上には見張り役が何人もおり、町の内外に睨みを利かせている。
魔獣に対する防衛のためと思われるが、この辺りはそれほど魔獣の活動が活発ではなく、群れを成すことも稀だ。警戒のしすぎに思える。
二人を乗せた荷馬車は跳ね橋を渡り、門の前へと着くと詰めていた門番に呼び止められる。
「何をしにこの町に来た?」
「わたくしたちは————」
「商いだ」
エリンが答えようとしたところにヴァンが被せて答える。突然のヴァンの行動を訝しむエリンだが、門番に気にした様子はなく次の問いかけをしてくる。
「どんな?」
「俺たちはよう」
「大道芸と吟遊詩人です」
「は?」
今度はエリンの方が被せた。ヴァンから困惑とも不満とも聞こえる声が届くが、そのヴァンに対しエリンは門番から見えない角度でサムズアップとウィンクで任せろと伝える。
「ほう、ならば語るなり、一芸見せるなりしてみせろ」
「わかりました。ルグ、あれを」
「磨き上げること数十年。遂にこの時が来た」
エリンはローブの懐からパペットを取り出し両手に嵌める。
「腹話術をしながら一曲語らせて頂きます。では、参ります!」
くわっと目を見開いたエリンはパペットの口を動かし語り始めた……言うまでもないことだが声の主はルグである。
「これより語るは、遡ることすら適わぬ時の彼方に消えし龍の逸話。この地にはとても聡明で心優しい龍が住んでいた。彼の龍たちは————」
————二時間後。
「大いなる獣が吠える! 逃げ惑う龍たち! 何故こんなことになってしまったのか! 我々は何を間違えたのか! 悔恨に駆られる彼らに獣が迫る!」
「うわぁ、それでそれで!」
「何をやってるか馬鹿者!」
「イッタァ⁉」
食い入るように話に耳を傾けていた門番を後ろから現れた別の男が叩く。語り続けていたエリンの後ろにはいつの間にか行列が出来ていた。
「は⁉ 申し訳ございません、想像以上に彼女の芸が面白くて聞き入ってしまいました。アンタ、凄い演技力だな。口が全く動かないし、こんな語り手は二人といないだろう」
「恐縮です」
「入って存分に町を盛り上げてくれ。あ、話の続きも頼むよ」
「ええ、いずれ披露いたします。それでは、失礼します」
笑顔の門番に見送られ、荷馬車は門をくぐり町の中へと入った。
「……なんだ、さっきのは?」
「フ、気になりますか?」
「いや、やっぱりいい」
「聞いて下さいよ! アレはですね、人のいない場所を転々とする中で、暇すぎて退屈しのぎに身に着けた隠し芸です。昔見たものを再現しようとルグと練習したのです!」
その昔、まだ城で暮らしていた頃に見た芸をなんとなしにやってみたら思いのほか面白く、しばらく練習したことがあった。ルグの語りが上手すぎて笑ったのをよく憶えている。
「他にも幾つか芸を持っていますので、必要になったら言ってくださいね!」
「それは良かった」
「それで、どうして商いなどと言ったのですか?」
ヴァンの冷めた反応を見てもエリンは気にすることなく、門での行動について問い詰める。
「俺は前に一度この町に来たことがある。その時から町の外観は変わっていないが、その時に比べて衛兵どもがやけにピリついてやがる。こういう時はただの旅行客は入れて貰えないことが多い」
「町の外から入って来る者に警戒していると?」
「もしくは町の中に見られたくない何かがあるかだ。そんな要警戒態勢の中を大道芸人と吟遊詩人で乗り切れたのには驚きだ」
「当然の結果だ。我々はその道のベテランなのだから」
ルグの言葉に無言で同調し胸を反らすエリンを、ヴァンは冷ややかな目で見つめる。
「という訳で、町の中に面白いものがあるかもしれない。じっくりと見物していこう」
「なるほど。面白くなってきましたね」
ニヤリと口角を上げて肩を回すエリン。何か見つけてやろうという意気込みがこれでもかと漏れ出ている。
「あんた、ヴァンじゃないか?」
荷馬車で大通りをゆっくりと進むエリンたちに、歩いていた女性が横から声を掛けてきた。馬の脚を止めさせ、声の主の方を見る。
女性は全体的に布面積の少ない服装をしていた。腹や腕、脚などを惜しげもなく晒している姿から、自らのスタイルに対する自信が窺える。
よく鍛えられ引き締まった肉体だ。無駄のない体つきは、全体のバランスを整えて作られた彫刻のような肉体美を感じさせる。
身長は、一六〇センチ台半ばのエリンよりも頭一つ分高い。
日に焼けた小麦色の肌は彼女の活発さを表現しているようだ。
「グロリアか。いつ振りだ?」
「十年は経ってないんじゃないか? とにかくまた会えて嬉しいよ。どうしてこの町に?」
ヴァンに話しかけるグロリアなる女性の表情は、例えるならば日輪だろう。満面の笑みで再会を喜んでいる。
「エリン、ここは静かにするべきだ」
「わかりました。そういうことですね」
グロリアの様子から何かを察したルグの小声の指示により、エリンも言わんとすることを理解し頷く。二人の邪魔をしないようにエリンは気配を殺し、空気と同化した。
「物見遊山に寄ってみただけだ。お前は?」
「あたしは……それより腹減ってないか? 良い店を知ってるんだ」
「だそうだが、どうする?」
「……」
エリンは無言のまま首肯を繰り返して賛成を表明する。もはや自分のことは無視してどこへなりとも行ってくれといった感じだ。
その後、グロリアも荷台に乗せてヴァンの隣に座らせ、エリンは名もなき御者となってグロリアの案内に従い荷馬車を走らせた。
グロリアの勧めに従い店に入った三人は、円形のテーブルを囲い運ばれてくる料理に舌鼓を打っていた。
グロリアの選んだ店は入り組んだ道の先の隘路にあり、店に入る前に近くの宿に荷馬車を預けてきた。
かなり奥まった場所にあるのに店の中は客の声による喧騒が絶えず、活気にあふれている。
運ばれてくる料理は大衆的だが、どれもピリリとした辛みが効いた味付けをしており、大変食欲を刺激してくる。客が集まる理由がわかった気がした。
エリンが黙したまま次々と料理を口に運び続ける中、グロリアは先ほどの話の続きをし始めた。
「それで、あたしがここに居る理由だけど、あの場では言いづらい内容でさ」
「ここなら問題ないと?」
「ここは大衆向けだけど、実は一見さんお断りのお堅い店でもあってね。小綺麗な恰好をした輩は寄り付けない場所なのさ」
「敵は領主かその近辺か」
「流石。理解が早い」
ヴァンの理解の早さにエリンも舌を巻く。言われてみると確かに繋がっているように感じるが、エリンはヴァンが領主と言うまで『小奇麗な恰好の輩』が指すものを理解できなかった。
「ここの領主、どうにも隣国の他の魔王と繋がってるらしくてさ。それに勘付いた奴らが手柄欲しさに証拠集めに走ってるんだよ」
「お前もその一人ということか?」
「まさか。魔王への点数稼ぎなんて趣味じゃない。あたしは民から金品を吸い上げて、お隣の国へ横流ししている馬鹿を懲らしめたいだけだよ」
「おぉ……!」
グロリアの義に篤い言葉に感嘆の声を漏らしてしまう。こういう人に巡り合えるのを楽しみにしていたので、実に観察のしがいがある。
「義賊にでもなるつもりか?」
「そんなつもりはないけど、そうなるのかな。別に誰かの為に、とか立派なこと考えてるわけじゃなくて、ただ気に食わないってだけ」
「昔と変わらんな」
正義感の溢れることを言って気恥ずかしくなったのか頬を仄かに朱に染め、鼻の頭を掻くグロリア。
それに対し、ヴァンは小さく口元から零れるように呟いた後、微笑みながら手にしたグラスを傾けた。
なんだか良い雰囲気だ。このまま影に空気に徹して眺めていたい。そんな風に思っていたエリンであったが、二人の会話は思いがけない方向に舵を切り始める。
「褒め言葉として受け取っておくよ。で、ここからが本題。今の話、手伝ってくれないか?」
「断る」
「即答かよ……」
「俺に出来るのは正面切っての殴り合いだけだ。潜入や情報収集は向いてない。そういうのは、こいつが向いている」
そう言ってヴァンはエリンの肩を叩いた。何を言っているんだと抗議の視線をくれてやろうとするも、フードを被っているせいで全く通じない。
「この人が? 出来るのかい?」
「ああ。凄まじい手練れだ。幾つも芸を身に着けている。きっと役に立つはずだ。そうだろう?」
たしかに図体のデカすぎるヴァンに比べれば自分の方が幾分かマシだろうと、エリンも考える。だが、エリンも潜入に慣れているわけではない。
断ろうと首を横に振ろうとするが、フード越しに感じるグロリアの期待の眼差しとヴァンの推しがエリンの首を固める。
「はあ、わかりました。頑張らせていただきます」
二人の圧に負けて頷いてしまった。人を助けて感謝された時の言葉も自分の背を押していたことをエリンは気づいていない。
その後、あれよあれよという間に事態は進行していった。




