第6話 喜びの味わいは綿菓子と似ている気がした
町に戻ったエリンとヴァンは、ヴァンの勧める店に入り個室に通された。ヴァンが選ぶ店だと大衆向けの騒がしい場所だろうとエリンは予想していたが、店内は光を放つ特殊な石の薄明りに照らされた落ち着いた雰囲気だった。
エリンは注文の全てをヴァンに丸投げし、ヴァンが適当に頼んだ料理や酒が並んだところで、二人は木製のジョッキを手にした。
「それじゃあ、依頼完遂と俺たちの出会いに、乾杯!」
「乾杯!」
机を挟んで向かい合わせに座る二人はジョッキを合わせた後、中身を豪快に飲み干した。
「良い飲みっぷりだ」
「一度やってみたかったのです。乾杯って」
「良かったな」
「はい!」
ニコニコとした表情で酒を飲み、料理を次々と口に運ぶエリン。ヴァンはエリンの上機嫌ぶりを肴にジョッキを傾け、中身を飲み干すと同時にエリンへ問いかけた。
「それで、アンタはなんで小金稼ぎなんて始めたんだ、エリン・マクレガー」
「ブゥファ‼⁉」
エリンが盛大に噴き出した酒が全てヴァンの顔面にかかる。それを何でもないことのように平然と拭いながら、ヴァンは得意げな笑みを浮かべていた。
「な、なんで、いつから……?」
「腕相撲で負けた時だ。あの時、下からアンタの瞳が一瞬だけ見えてな。思わず固まっちまったぜ。戦場の誰もが畏れ、憧れた伝説が目の前にいるんだからな。龍を見た時よりも驚いたさ」
「はぇー」
肺から直接空気が抜けたような声を出しながら、エリンはあんぐりと口を開けたまま動かなくなった。
「言いふらすつもりはないから安心してくれ。他の誰にも聞かれないために個室がある店を選んだんだ。少しくらい話を聞かせてくれてもいいだろ?」
「まあ、その、あなたのことはそれなりに信用していますし……ルグはどうですか?」
「私はキミの判断を尊重する。そのうえで、この男ならば問題ないと私は判断する」
「そうですよね」
ルグの同意を得て、エリンは目深に被っていたフードを上げ、素顔を晒した。
「感謝する」
居住まいを正して深く頭を下げるヴァンに、エリンは感情の整理がつかないままどう反応したものかと頭を悩ませる。
「では、もう一度同じ質問をさせてくれ。どうして賞金稼ぎを?」
「住処を追われ、いよいよ行き場がなくなってしまったので落ち着いて暮らせる環境を提供して頂けるような方を探しに来たのです。お金は今の世を知るための情報収集に必要になったのでそのためです」
「アンタの力なら引く手数多だろうに。どこかの魔王の下に付けばいいんじゃないのか?」
「そうもいかなくてですね。わたくしの異名の一つが悪さして、魔王の方々に良い顔をされないどころか討伐対象にされてしまうのです。身から出た錆と言われればそれまでなのですけど」
「“黄金”の魔王殺し、二代目魔王殺しとも呼ばれていたか。たしかに、魔王からすれば肝が冷える相手だ。いつ牙を剥かれるかもわからんし、懐には入れ難いか」
ヴァンは納得した様子で頷きジョッキを傾けた。
自分の過去の行いが返ってきているだけとはいえ、無差別に襲ったわけでもないのに恐れられ過ぎではないかと、エリンは少しむくれた。
「そもそも、魔王を討ったのは何でだ? 力試しや権力を欲するような性格でもあるまいに」
「復讐です」
「マクレガーの一族は玉座を奪われたんだったか」
「わたくし以外の一族は皆殺しにされました。その報復です」
話している間にも、あの激情に突き動かされるままに駆け抜けた日々が走馬灯のように流れる。全てを成し遂げた時、残ったのは虚無感とこれからどう生きれば良いのか、という疑問だけだった。それら全てを懐かしいと思いながら振り返れるくらいに時が過ぎ去った。
「根絶やしに出来なかった奴らの失策だ。ただの配下ならまだわかるが、魔王の血族を見逃すとは、余程浮かれていたんだろう」
エリンの悲惨な過去を何でもないことのようにヴァンは話す。だが、それがこの地に住まう者たち、外からは魔人と呼ばれる彼らの価値観だ。
弱肉強食。力ある者が全てを手にし、力なき者は食い物にされる。野生に近い感性で生きる彼らにとっては日常茶飯事のことでしかない。
「その復讐の過程で周辺に領地を持っていた魔王も巻き込んでしまって、結果、西方魔王連合軍なるものが生まれ、それを相手取る破目になった、というわけです」
「その戦いに勝っちまうあたり、やっぱりアンタはぶっ飛んでるぜ」
「わたくしの力ではありませんよ。ルグがいなければ戦いにすらなりませんでした」
「エリン、それは違う。キミでなければ私の力を扱えない。キミの優れた才と研鑽によって磨かれた力を否定する必要はない。卑下も韜晦も不要だ。誰憚ることなく堂々と胸を張り給え」
「フフ、ありがとうございます」
「その、ルグだったか。その魔道具は一体何なんだ?」
ヴァンのもっともな疑問に、エリンはどう答えたものかと一瞬だけ考えたが素直に答えることに決めた。
「正直に申しますと、わかりません」
「わからない? 誰が作ったとか、基にしたものとか、何かわかることがないのか?」
「それは私自身にもわからない。気づいた時にはこの世界に存在していた。主に相応しい者の下に導かれ宿った。それ以外にわかることはない」
「と、本人が申しているので、わたくしも天からの最高の送りモノという認識なのです。あとは、特定の形に縛られず、箒や杖、帽子からローブに至るまで、普段わたくしが身に着けている物のほぼ全てがルグであるということくらいでしょうか」
「そんなことがあるのか……」
理解しがたいエリンとルグの話に顔を厳めしく歪めたヴァンだったが、ジョッキの酒を勢いよく呷り、困惑や疑問ごと腹の底に流し込んだようだ。飲み終えたヴァンの顔には笑みが戻っていた。
「まあ、小難しいことはいいな。それで、この先の行く当てはまだ決まってないんだろう?」
「ええ。これから探すところです」
「一つ心当たりがある」
「本当ですか⁉」
エリンは机に身を乗り出しながらヴァンの話に食いついた。
「最南端に領土を持つ魔王がいる。名はラルク。元々土地を治めていたヤツから力でぶんどって代替わりしたばかりのヤツだ」
「その方ならばわたくしを匿ってくれるのですか?」
「可能性はある。噂ではヤツは魔力が貧弱な奴らを守るためだけに魔王を討った変人って話だ。今でも各地から南へ逃げ込んでくるヤツを保護しているらしい。俺たちの考え方とは真逆だな」
「南といえば大気の魔力濃度が一番薄い地域ですね。魔法を使えない方が多くて迫害される方もいるとか。魔王になった目的からするに、民の安全さえ保障出来れば受け入れてくれるかもしれませんが……」
ヴァンの話を聞く限りではラルクという人物は、情に厚く義に生きる人、という風に映る。それで自分を保護してくれるかといえば半々だろう。何しろ自分は圧倒的強者の側に立っている。それにあくまで噂だ。本当のところは自分で確かめるまでわからない。
「どうするよ?」
「一度行ってみようと思います。噂だけではわからないこともありますので、自分の目で確かめてきます」
「それが良い。ラルクの治める土地の名はウィンザリオ。アンタの箒なら数日中に着くだろう」
「ありがとうございます」
「エリン、一つ提案しても良いだろうか?」
ルグから提案と聞き、エリンは目を瞬かせる。問われた時以外は自分から意見を述べることのないルグが自ら提案してくることにエリンは驚き、その内容が俄然気になりだす。
「なんですか? どんなことでも言ってください」
「キミの人生経験には大きな偏りがあるように私は思う。知識においてもそうだ。そこで、ウィンザリオまでの道程を、見識を広める為に各地を巡りながら進んでみてはどうかと提案する」
「それは……たしかにルグの言う通りですね。でも、正体がバレるリスクがありますよ?」
「その時はウィンザリオに直行すれば良い。我々は焦っていない。道中で良い候補地を見つけられるかもしれない。選択肢を狭める必要はない。キミの可能性は無限大だ」
ルグの言葉にエリンは逡巡する。本音を言えば今すぐにでも身を落ち着けたい気持ちが強い。だが、それと同時に頭に過ったのは、喜びの涙を流し感謝を伝えてきたハイターの姿だった。
あの時の温もりがまだ胸に漂っている。これまで知らなかったことが存在する。
「ルグの提案に乗ります。ただ、疲れたらウィンザリオに向かってしまうかもしれませんよ?」
「その時は箒を飛ばすとしよう。そういうわけだ、ヴァン。道案内を頼む」
「んあ?」
唐突に名前を出され、役割を与えられたことにヴァンが口に料理を入れたまま間抜けな返事を寄越す。口の物を呑み込み、酒を口にしてからヴァンは答える。
「なんで俺が? 別に一人でも行けるだろ?」
「女性の一人旅は目立つ。君とエリンが並んで歩いている時は多くの視線が君に集まる。妙な輩に声を掛けられることも減るだろう」
ヴァンは歩いているだけで注目を集める。横に怪しげなローブ女が居てもヴァンの方が気になってしまう。それほどにヴァンの体は大きく、威圧感が凄まじいのだ。
「それはそうかもしれないが、アンタはそれでいいのかよ?」
「わたくしは気にしませんよ。ルグが良いと言うのであれば反対はしませんし、今の世を知っている人がいるのはわたくしたちにとって心強いです」
「……金は弾んでくれよ」
「よろしくお願いしますね、ヴァン!」
ヴァンの返事を聞いたエリンは破顔し、店員を呼び出すと大量の酒と料理を追加注文し、ヴァンの前に並べさせた。
その後、酒が進み気分が良くなったヴァンが飲み対決でエリンに挑んだが、あえなく惨敗し個室に巨漢のオブジェが出来上がったのだった。
翌日、荷車に荷物を詰め込み荷台に寝転がるヴァンと、箒に乗って荷車を引くエリンという異色の旅立ちは、ヴァンの舎弟たちに涙ながらに見送られて始まった。
エリンは腕を折ってしまった彼にはしっかりと謝罪し、腕の骨を繋げておいた。
別れ際、お幸せにと言ってきた時はもう一度腕を折ってやろうかと思ったが、ルグに止められなんとか踏み止まった。これでも相手は決めている。勘違いされたくはないものだ。
「置いてきて良かったのですか?」
「戦い方を教えていただけだからな。もうアイツらだけでやっていける。心配する必要はない。それより慎重に運んでくれ。吐きそうだ」
「そうですか。では、ゆっくりと参りましょう!」
「ああ。振動は最小限に快適な旅を頼む」
こうして、エリンの安住の地を求める旅が始まった。
だが、本人の思惑に反して戦場は強者を離してはくれない。
この旅立ちこそが、更なる戦いの渦へと自身を誘っていると、この時のエリンは知る由もなかった。




