第40話 侯爵令嬢の婚約話
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「はあああ……」
私は授業がすべて終わった放課後に、自分の座席に座り、そこから見える窓の外を眺めて重い溜息を吐いた。
空は全体が薄いベールが被されているようなぼんやりとした空だった。奥に見える山を越えれば、母国のドルーニア国だ。
初めてランチルームでの昼食だったのにも関わらず、ダリル殿下が傍に居たおかげで食事を味わって食べる余裕がなかった。
午後からの授業も時々、周囲からのじわりじわりとした視線を感じ、『婚約破棄をされましたの!!』なんて大声で言うべきじゃなかったと、後から後悔した。
「あら、レミリア様。大きな溜息を吐いて、どうなさったのですか? もしかして、もうホームシックになってしまったのでしょうか?」
ぼんやりと外を見ていた私の前にクリスティーナ様が立ち、私の顔を覗き込んできた。
「そんなんじゃないわ。穏やかな初日をイメージしてたのに、誰かさんのおかげで疲れただけよ」
確かに、両親や兄に会いたいという気持ちもある。全く恋しくないと言ったらうそになる。けれど、友人たちと楽しく穏やかに過ごすはずだった初日がダリル殿下のおかげで疲れる1日になった。
「レミリア様は意外と繊細な所があるのね」
コテンと首を可愛らしく傾げるクリスティーナ様。
意外と?
クリスティーナ様は私を何だと思っているのかしら?
初日から、この国の王太子に絡まれ、揶揄われ……。淑女らしからぬ言葉が出ないようにどれだけ気を使ったか。
気品のある令嬢の仮面を被ってみたけれど、それでも最後には、どうにでもなれ、とその仮面も何処かに飛ばしてしまった。
「この学園にはカフェがあるんですよ。疲れたのなら今から甘いものでも食べに行ってみませんか? 気晴らしになると思います」
「カフェ?」
「はい」
なんとリッチな学院だ。ドルーニア国の学園にはそんなものはなかった。
クリスティーナ様の話だと、全寮制だから何でも学院の中に揃っているという。焼きたてパンを売っている店や、文房具など売っている店、本屋、花屋もあるらしい。それでも品揃えは然程多くないので、欲しいものが無いときは取り寄せも可能だとか。休日に自分で外に買いに行くこともできるらしい。今度の休日に街を案内してもらえる事になった。
そんな会話をしながらクリスティーナ様に案内してもらったカフェは、校舎の南側にあった。校舎と同じような赤レンガで造られていて、中に入ると床は赤みのある木の板で、テーブルと椅子はアンティークなものが使われていた。天井は意外と高く、大きめの天井扇がクルクルと回って店内の空気を循環させている。椅子のクッションも赤色でふかふかして座り心地が良い。
私たちは、日替わりメニューの『今日のおすすめケーキセット』を注文すると、直ぐに店員が運んでくる。トレーを受け取ると自分たちの前に置いた。アップルジュース、チョコレートケーキというものだった。
クリスティーナ様はアップルジュースを一口飲み、私の目をじっと見る。
「ダリル殿下とは、小さい時から一緒に遊んだ仲なの」
彼女は申し訳なさそうな顔をして僅かに微笑し、話を進めた。
ダリル殿下とクリスティーナ様は、幼い頃は婚約者同士だった。けれど、幼い頃から一緒に遊んで過ごすことが多かったため、同い年にも関わらず、お互い兄妹のような存在になってしまい、伴侶として考えられなくなってしまった。
それで、学院に入学して数年が経った頃、ダリル殿下とクリスティーナ様は、婚約者候補に変更してほしいと国王に願い出たというのである。
国王はかなり渋ったようで、何人かの婚約者候補を立て、学院にいる間にその中から決めなければクリスティーナ様を婚約者とするようにという条件付きで、彼女を婚約者候補として扱うようになった。
「そんな事があったのね」
「ええ、私にとってダリル殿下は、兄のような弟のようなそんな存在なのよ。だから彼には早く婚約者を決めてほしいの。でもね、早く決めてほしいと思っていても、誰でも良いってわけではないわ。相応しい人でないと……。だから、国外の誰か分からないような令嬢よりかはレミリア様が良いなって、私は思ったのよ。ダリル殿下だって妹のように思っている私より、違う人が良いに決まってるわ」
「でも、私より他にもっと良い方が国内にいらっしゃるのではないのかしら? 確かまだ候補者が二人いるわよね」
「まあ、確かにお二人いらっしゃるわ。けれど、私は気に入らないの。相応しくないわ。二人とも子爵令嬢なんだけれど」
「はあ!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。クリスティーナ様は「しぃー」っと人差し指を口元に当て周囲を見渡して確認する。
「ダリル殿下には幸せになってほしいのよ。でも相手があの二人では……」
私も驚いた。
だって王太子殿下の婚約者候補に何故、子爵令嬢なのか不思議だったのだ。これでは、子爵令嬢と侯爵令嬢のクリスティーナ様では話が出来上がっているような状態だわ。国王は何が何でもクリスティーナ様に婚約者なってもらおうと言う魂胆だろうと察しがつく。
「レミリア様が今、頭の中で想像されたようなことですわ。国王はどうしても私をダリル殿下の婚約者にしたいのよ。それなら、私は伯爵令嬢のレミリア様、あなたが良いと思ったの。まだ知り合って日は浅いけれど、しっかりしてるし、容姿も文句ない。それに今日、初めてお会いしたダリル殿下にも気後れせずに話が出来ていたわ。こんなにも適任な人はなかなかいなくてよ。本当よ、お世辞でも何でもないわ。レミリア様に初めてお会いした時、思ったのよ。私は何故、侯爵令嬢なのよ! どうして侯爵令息ではないのか! って」
「へ?」
「だってそうじゃない? こんな素敵なご令嬢が目の前にいるのに……私を女に産んだ両親をこれほど恨めしく思ったことはないわ。ほんと、残念だわ」
「や、辞めて……恥ずかしいわ。それにご両親はクリスティーナ様をこんな素敵ににお産みになり育てられたのに」
話が……変な方向に逸れてしまっている。クリスティーナ様も凄く素敵なご令嬢なのに。そのキラキラとした金色の瞳。あの瞳で見つめられると、こちらも照れてしまう。逆にダリル殿下はあの瞳を何とも思わないのか不思議だ。そんな瞳で彼女は瞬きもせずに私をじっと見てきた。
「婚約破棄されて、今はレミリア様も婚約とか考えたくないのは分かっているわ。私も嫌がっている方に婚約者の立場を擦り付けるつもりもないわ。それでも、今すぐ決めなければならないわけでもない。だから、徐々にでもいいの。少し前向きに考えてくれないかしら?」
彼女の言っている事も理解できる。けれど政略結婚でいうと、適任は伯爵令嬢の私ではなく侯爵令嬢のクリスティーナ様だわ。でも本人達がそれを望んでいないのであれば王家が別案を考えなければならない。それを考えた案が子爵令嬢とは……余りにも浅はかな考えでしかない。
何処かの王家と匹敵するのでは?
それでも今の私には、婚約とかは考えられない。しかも、王家だ。そんなのは無理だ。それに暫くは自由でいたい。縛られたくない。
本当に貴族ってややこしいわ。
「……やっぱり、婚約、結婚は考えられないわ。ごめんなさい。クリスティーナ様」
私がそう答えると、彼女は残念そうな表情で微笑んだ。
「仕方ないわ。無理強いは出来ないもの。さあ、ケーキを食べましょう」
私は目の前のケーキに目を向けた。
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