第38話 婚約者候補?
私たちは教室に入ると、正面のホワイトボードに張り付けられた座席表通りに自分の席に座った。窓際の席で左側は窓、右隣は偶然にもクリスティーナ様だった。
「レミリア様とは、やっぱり運命なのかもしれないわ! ねえ……」
「攫いません!!」
「もうレミリア様ったら、私まだ何も言ってないですわ……」
私は何となくクリスティーナ様のノリが理解できるようになった気がする。
でも、侯爵令嬢だよ。この国の王太子殿下の婚約者候補だよ。このノリで大丈夫なのかしら? その王太子のダリル殿下の席は、クリスティーナ様の後ろの席だった。
「俺も運命を感じるよ」
微笑みながらダリル殿下が話かけて来た。
そうですとも、そう考えられてもおかしくないですよね。自分の席の前が婚約者候補だからね。クリスティーナ様に運命を感じるわのは、当然だ。
「そう思わないかい? レミリア嬢」
「そうですわね。やっぱり、ダリル王太子殿下もクリスティーナ様とは運命を感じられるのですよね」
そう私が言葉を返すと彼は一瞬目を見開いて、次第に口角が上がる。
「レミリア嬢は面白いね。俺はレミリア嬢と『運命を感じる』って言ったんだけど」
「え? ま、またご冗談を……」
「レミリア嬢、面白いから気に入ったな。俺の婚約者候補に入らない?」
「え? ま、またご冗談を……」
「婚約者はいるの? いても俺が破談にするから、安心して」
はあ!? と心の中で叫んだ。
流石に教室でそんな声に出して叫ぶわけにいかず、飲み込んだ。婚約者はいないけれど、仮にも婚約者がいたら、諦めろと思う。なのに破談にするって、どういう教育をされたのか両親の顔を見てみたいわ! いや、両親はこの国の国王、王妃なんだけれど……。
この国の王太子殿下はどうなっているのか。10人候補者がいて3人まで減らし、さらに国外に一人検討している令嬢がいると言うのに、さらにまた増やそうっていうのかしら。
「王太子殿下もご冗談もほどほどにしてくださいませ。そんな冗談をおっしゃらないで、早く婚約者を選ばれた方がお国のためですよ」
ホホホホホッと私はわざと声に出し、苦笑いをした。けれどダリル殿下はお構いなしに、またわけの分からないことを言う。
「じゃあ、レミリア嬢が婚約者になってよ。伯爵家なら身分も問題ないから」
どうしてそうなるのか。婚約者候補を飛び越えて婚約者になってくれって?
私は助けを求めるつもりでクリスティーナ様の方を見た。彼女は瞳を輝かせて、凄く嬉しそうな顔をしている。ああ、これはダメだわ、当てにならない。私はすぐに「お断りします」と真顔で答えた。
「「えー!」」
二人は驚いたように声を上げる。
いやいや、そんなに声を上げて驚くところではないはずなんだけれど。
初対面でそんな事をいわれてもねえ。殆どの人が引いてしまうはずだ。
ちょうどその時、教室に先生が入ってきた。担任の先生だろう。どんな先生なのだろうかと、顔を見れば、
「え…………?」
身に覚えのある先生に驚いた。
教室に入ってきた先生は、背は高く、日焼けでもしたかのような色黒、グレーの瞳にシルバーの髪。
そう、エリク先生だった。
エリク先生は、兄と親しくしているドルーニア学園の先生だった。
「おう! 皆、自分の席に着けよ。朝礼を始めるぞ。私は、エリク・リベルだ。今年度からこの学院の教師となった。よろしくな」
エリク先生は、教室を見渡し私を見つけ目が合うと、ウインクをする。すでに私が誰なのかも分かっているようだ。もしかして、兄がエリク先生にお願いしたのかもしれない。そう考えると顔が青くなる。滅茶苦茶、先生にご迷惑をかけているのでは……。
「なあ、あの先生、気に入らないな。今、俺の婚約者レミリア嬢に色気を使わなかったか? ウインクしたぞ」とダリル殿下が小声で呟く。そして、その前の席のクリスティーナ様も首を縦に振って頷く。
はあ!? と素っ頓狂な声が出そうになった。慌てて自分の手で口を押える。ダリル殿下は私の事を『俺の婚約者』と言って、クリスティーナ様は婚約者候補なのに否定せず……。
そこは、否定してよ! この二人はグルなのでは? と思ってしまう。本当は気の合う二人なのではないだろうか。
そんな調子で朝礼が終わり、次の授業までに10分ほどある。その間に私は、教室から出て行ったエリク先生の後を追った。
「先生ー! エリク先生!」
「おっ! 何だい? えっと確かレミリア・ブロッサム嬢だったね?」
「は、はい……」
先生は、まるで初めて会ったようなな話し方をするので、本当にあのエリク先生なのか不安になってきた。
先生は私の表情を読み取ったのか、「大丈夫だ」と言う。そして耳元で「ラルスは心配性だからな」とコソッと言うと、白い歯を見せて微笑んだ。
周りからは、キャーと女子生徒の悲鳴が上がる。そう、エリク先生は前の学園でも女子生徒から人気があった。色黒だからなのか、凄く健康的に見える上に整った顔。そして、何より面倒見が良かった。私から見ても、魅力ある先生だ。
「エリク先生、生徒に色気を使わないでもらえますか?」
後ろから私の腕を引っ張ったのは、ダリル殿下殿下だった。
私は引っ張られると思っていなかったので、その勢いでダリルの腕の中にすっぽりと入ってしまった。それを見たエリク先生は、驚いて目を瞠る。
「ダリル殿下、私はそんなつもりもありませんよ」とエリク先生は笑顔で言ったけれど、すぐ真顔になり睨みつけるように目を細める。
「ダリル殿下も気を付けてください。婚約者候補でもない令嬢を腕の中に入れるのはおすすめ出来ない行動だ。ご自身の立場を弁えてください」
ダリル殿下は、エリク先生の迫力にたじろぎ、私を体から離した。私はと言うと、血の気が引いた感覚になる。エリク先生はダリル殿下が私から離れたのを確認するとそのまま職員室に戻って行った。
「ねえ、レミリア嬢。その顔色は傷つくんだけど」
ダリル殿下が私の顔を見て言う。未だに私の顔色が悪いらしい。自分でも分かる。蒼いだと……。
なんども言うけれど、初対面の人の腕の中は、血の気が引くだろう。しかも王太子殿下だ。ときめく人はいないのではないだろうか。
「俺の腕の中にいたのなら、此処は青じゃなくて赤になるべきじゃないか?」
「……そ、そうなの?」
そうだよ、と少し不貞腐れるダリル殿下。
「年頃の男としては、傷つくよね。しかも俺、一応王太子だからね。普通の女子生徒だったら、真っ赤な顔になるはずなんだけど」
いや、ならないだろう。
ああ、そうか。
普通の女子生徒だったら、そうなのかもしれない。
いや、私も普通の女子生徒だよね?
「いえ、私も普通の女子生徒だと思っておりますが……」
「違うと思うけど? そうだよね。クリスティーナ嬢」
何故、そこでクリスティーナ様に同意を求めるのだろう。彼女だって、私を普通の女子生徒だと思っていてくれてるはずと思っていたのに。
「そうですわね。レミリア様はだいぶ変わっておられますわ」
「はあ!?」
あ、しまった……素っ頓狂な声を張り上げてしまった。
「レディらしからぬ声だな。クリスティーナ嬢に変わり者と言われると言う事は、かなりの変わり者だな」
ダリル殿下は、はははと声に出して笑う。クリスティーナ様も、ふふふと微笑む。
やっぱり、この二人は気が合うのではないのかしら? この二人が婚約すればよさそうなのに。
「レミリア嬢、やっぱり入ってくれない?」
何処に入れというのだろうか。箱の中か? まさか、候補に入れとは言わないわよね。
「婚約者候補の中に入ってよ。ねえ、婚約者は誰? 破談にするから」
遠慮します、と言う前にクリスティーナ様は嬉しそうな顔をしてダリル殿下に私の婚約者について話す。
「王太子殿下、朗報ですわ。レミリア様にはまだ婚約者はいらっしゃらないそうですのよ」
クリスティーナ様の一言にダリル殿下は「本当に?」とパアッと明るい表情になった。
教室の中も、一瞬、ざわりとした。私の頬がピクピクと引き攣る。
「クリスティーナ様が私をダリル殿下に売ったわ! 親友だと思っていたのに!」
「私も親友だと思っておりますわよ」
これで、彼だけじゃなく、他の男子生徒まで婚約者がいないことが知れ渡ってしまった。この年齢で婚約者がいないと、相当の変わり者扱いされそうだわ。まあ、良いけれど、ダリル殿下の婚約者にはなりたくない。だって自由が欲しいですもの。
そんな騒ぎを立てている間に、カラーン、カラーンと次の授業が始まる鐘の音が鳴り響いた。
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次回更新は7月 日0時10分頃の更新予定をしております。
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