第29話 【side クリフ】 手放して分かったこと
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何故、エミーリアとメイナード殿下が合わせたような衣装なんだ?
俺はキーラ・バルト子爵令嬢をエスコートして卒業式に出席した。
キーラはいつものように高いドレスを強請ってきたが、俺にはもう買うだけのお金がない。王家の計らいで、父の代まで爵位は残るが、卒業後には領地没収され追い出される。爵位が残っても領地の収入もなくなり生活していくためのお金は、自分達が働いて何とかしなければならない。
そして、俺は卒業後に貴族から平民となる。
今日のキーラの装いは安い物ばかりだ。しかし、今の俺にとっては高価な物には変わりない。今まで贈ったものは一体どうしたんだろうと思ってしまう。聞けばいいのだろうけれど、聞けない。聞いてはいけない気がしてならない。
俺は何故こんな女の子と一緒にいるんだ?
考えれば考えるほど、自分の頭がおかしかったように感じた。
だけど、今日のエミーリアの姿を見たら、そんな考えも何処かに行ってしまった。
何故彼女のドレスは、メイナード殿下と似たのような装いなんだ?
噂でメイナード殿下がエミーリアに好意を寄せていると聞いていたが、それはエミーリアが俺への当て付けで流した噂なんだろうと思っていた。
しかし……これは……この状況は本当に当て付けなのか?
どう見ても、エミーリアはメイナード殿下の衣装を見て驚いているように見えた。それに殿下がエミーリアを見つめる瞳が好意を寄せる男の瞳をしている。いつもの容姿のエミーリアの何処が良いのか分からなかったが、今日の彼女のドレスやアクセサリーはとても似合っていて、目が釘付になる。周りからも感嘆な溜息が漏れていた。
しかし、エミーリア本人は、何か面倒そうな顔をしていた。
俺から見ても、どうしてもこの二人に温度差を感じた。本当に殿下がエミーリアに対して好意を寄せ、彼女はそれを迷惑だと思っているようだった。それは多分周りの人間にもそう見えているだろう。
キーラを見ると、エミーリアの方を鬼のようにギロリと睨んでいた。それを見て何か心のどこかで引っかかりを覚える。今まで彼女から嫌がらせを受けたからその表情なのかと。
エミーリアは本当にキーラに悪質な嫌がらせをしていたのか?
本当か?
もし……していなかったら?
婚約破棄を言った時、エミーリアは悔しそうな顔も悲しそうな顔もしなかった。あの時の彼女の表情は……今思えば、俺には何の興味もないというようなものだった。
本当に嫉妬してキーラに嫌がらせをしていたのか?
同じ事をぐるぐると頭の中で考え、婚約破棄を言ったあの時のことを何度も思い出した。
あの時のエミーリアの表情……やっぱり悔しい、悲しいという表情は無かった。
どちらかといえば、喜んでいた?
もしかして、俺はキーラに騙されていたのか?
そんなはずはない……そんなはずはない……そんな……。
そう自分に言い聞かせるが心の何処かで、本当にそうなのか? という気持ちにさせられ、血の気が引く。
そして、周りの視線が気になった。
何人かが俺たちとエミーリアを見比べられているように感じ、憂わしく俺たちを見てヒソヒソと話し、嘲笑っているように見えた。
俺は何か間違っていたのか?
もっとエミーリアと会話しなければならなかったのか?
これがキーラに騙された事なら……キーラの話を鵜呑みにせず、エミーリアや周りに話を聞かなければならなかったのか?
婚約解消ばかり考えていた俺は何か見落としていたのか?
あの時、しっかり真実を確かめもしないで俺は……婚約破棄を。
「クリフ様、もう音楽が始まりましたよ。ダンスをしましょう?」
「……ああ」
考え事をしていたら、いつの間にか軽やかな音楽が奏でられていた。キーラは俺に微笑みながら踊っている。だが、俺の頭の中はもうエミーリアの事でいっぱいになっていた。
踊りながら彼女を目で追う。
彼女の兄、ラルスと一緒に踊っていた。
よく観察すれば、ステップもターンも目を瞠るほどに優美に舞っている。ドレスだってとても良く似合っていた。
俺はいつも『俺の色に合わせろ』とそんな事ばかり言っていたことを思い出す。
ああ、あの黒髪なら赤も似合う。
……あんなに美しかったのか?
婚約者の時には、片手の指が足りる程度しか、一緒に踊っていなかったら、分からなかった。
あの時、俺はどれだけ自分の事しか見ていなかったのだろうか。どうしてもっと彼女に目を向け見なかったのだろうか。
あんなに酷く嫌っていた黒髪がターンをするたび、サラリと靡き、紫色の瞳は宝石のようにきらきらと輝きを発しているよに見える。
微笑んだ彼女の顔に心臓がドクンとし、自分の顔が紅潮するのが分かった。
それからエミーリアから目が離せなくなった。
「クリフ様? どうかされましたか?」
手を握って一緒に踊っているキーラの声で俺は我に返った。キーラは小首を傾げていたが、以前は可愛いと思っていた感情が何処かに置いて来てしまったかのように、今は何も感じない。
「あ……何でもない」
キーラと一緒に踊った感想と言えば、単に踊りにくい。足を踏まれることがしょっちゅうだ。
最初のころは『仕方がないね』と言っていたが、一向に上達しない。数回踊ったことのあるエミーリアの方が断然踊りやすかった。あの輝くような笑顔は向けてもらえなかったが。
曲も終盤になり、もうすぐ一曲目が終わる。けれど、俺の心臓の高鳴りが止まらない。虫が良すぎるかもしれないが、エミーリアと踊ってみたい。話が出来ないだろうか。
話をしてみたい。
声をかけてみたい。
あの微笑みで俺にも笑いかけてほしい。
もう一度、俺の手を取ってほしい。
今になって惜しくなったのか?
それとも今更、彼女に恋をしたのか?
曲が終わると、吸い寄せられるように、俺はふらりとエミーリアの方に足が向いた。
「クリフ様、何処にいくのですか? 私、喉が渇いたので一緒に飲み物を取りにいきましょう」
キーラに腕を引っ張られる。引っ張られながらも俺はエミーリアの方を見た。
「…………!!」
見た光景に、俺の胸が苦しいほどに締め付けられる。俺の瞳に映ったエミーリアはメイナード殿下の手を取っていたのだ。
殿下の表情はこの上ない程の嬉しそうな表情をしていた。
やはり、メイナード殿下がエミーリアに想いを寄せていたという噂は本当の事なのだろうか?
エミーリアの表情は、それを喜んでいると思ったが……あれ? 喜んではいない?
笑顔を何とか張り付けて、作り出しているように笑っていた。それを見た俺は安堵し、心に少し光が差し込んだ気がした。
エミーリアは嫌なのか?
殿下の好意は迷惑なのか?
俺には、まだ挽回する余地はあるのか?
しかし、そう考えている自分に驚いた。
俺は既にエミーリアの婚約者ではない。元婚約者で、挽回も何もない。
自分から婚約破棄宣言をしたのだ。絶望の淵に立たされる。
「クリフ様、本当に今日はどうされたのですか? 考え事ばかりしているようですわ」
キーラは片手に飲み物を持ち、もう片方の腕を俺の腕に絡める。俺の顔が歪む。不愉快な気分になったのだ。
キーラはそのまま、俺の腕に自分の腕を絡め、バルコニーに誘導する。普段のパーティーは夕方から始まるが、卒業パーティーは午後からの開始だ。外はまだ明るい。
庭を眺めれば皆、ベンチに座ってパートナーや友人たちと談笑していた。これまでの感謝と、これから先の夢を語っているのかもしれない。俺もエミーリアと婚約を続けていたら、と思うと、そんな風景は今の俺には眩しすぎた。
「ああ、そうだキーラ。キーラに伝えなければならない事がある」
「え? なんですの?」
「俺は爵位を継げれない、与えられない。侯爵の爵位があるのは父の代までだ。領地も無くなる」
俺の言葉にキーラは目を見開き驚く。
「え!? じゃあ、私は侯爵夫人になれないって事!? だから今日のドレスもこんな安物だったのね!?」
キーラは血相を変えた。それを聞いた俺は、何かが弾け飛んだ。キーラの事が一瞬でどうでもよくなった。
「キーラ、エミーリアから嫌がらせを受けていたと言うのは本当か?」
キーラはまた目を見開き、言葉に詰まっている。
「そ、そうよ。本当ですわ。何を今更そんな事を言われるのですか?」
「嘘じゃないんだな?」
「え、ええ……でも、爵位が継げないとはどういう事ですか? 私、みんなに侯爵夫人になれるって言いふらしたのに」
「それは俺の知ったことか……婚約もまだしていないのにどうしてそんな事がいえるんだ。結局は金目当てだったって事だな……エミーリアの件も嘘だったんだろう?」
俺はキーラを問い詰める。少し声が大きかったからか周り視線を感じた。だが、もうどうでもいい。プライドも何もない。
「どっちでも良いじゃない!? 信じたのはそっちでしょ! それに爵位が継げないんだったらもう用済みです。金輪際、私に話しかけないで!」
俺は手のひらに爪痕が残るほどに、両手を力強く握りこんだ。
ああ、やっぱりそうだったんだ。
俺は今になって、なんて馬鹿な事をしたんだ、と心の中で呟いた。
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次回更新は6月4日0時10分頃の更新予定をしております。
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