第15話 マジックリンも最強です(業務用)
「グギャァァァァァ……!!」
断末魔の悲鳴――いや、発泡音が地下大浴場に響き渡った。
俺がスプレーで散布した『業務用・カビキラー防カビコート剤入り(泡タイプ)』を浴びたカビの巨人は、見るも無惨な姿になっていた。
黒かった体が、みるみるうちに白く脱色されていく。
構成物質であるタンパク質が化学分解され、ドロドロの液体へと崩れ落ちていくのだ。
「す、すごい……。魔法も効かない怪物が、ただの泡で溶けていく……」
「あの液体はなんだ!? 聖水か!? いや、プールのような臭いがするぞ!」
腰を抜かしている『ホワイト・ナイツ』の連中が、ガタガタと震えながら俺を見上げている。
彼らの純白のスーツは、飛び散ったカビの粘液で見る影もなく汚れていた。
「聖水じゃない。ただの漂白剤だ」
俺は残ったカビの核に、とどめの原液をぶっかけた。
シュワワワ……と泡が立ち、カビは完全に消滅した。
――違う。私には見えた。
アイラは吉岡の攻撃の一瞬を見逃さなかった。
師匠がスプレーのトリガーを引く瞬間、詠唱もなく、人差し指の先端に何重ものとても小さな魔法陣を生成してる。
それが、カビキラーの泡と混じった瞬間に、一瞬だけ青白く輝き、無数の光の矢となってゴーレムを貫いているんだわ。
涼しい顔して、やってることは、もはや、神の領域……
アイラが思考を巡らした刹那、吉岡はホワイトナイツたちに向き直った。
「おい、窓を開けろ! 換気扇も回せ!」
俺は叫んだ。
「こいつは酸性の汚れと混ざると有毒ガスが出る。『混ぜるな危険』だ。死にたくなきゃ空気を入れ替えろ!」
俺の剣幕に押され、レオンたちが慌てて錆びついた窓を蹴破る。
新鮮な空気が入り込み、充満していた塩素臭が薄らいでいく。
「……ふぅ。とりあえず入り口付近は制圧したな」
俺はスプレーを置き、ゴム手袋についた汚れを拭った。
左側エリア(俺の担当)はピカピカ。
右側エリア(エリート担当)はカビだらけだったが、今の騒ぎでまとめて駆除してしまった。
「さぁ、どうする?勝負はまだ途中だが」
俺が挑発的に見ると、ホワイト・ナイツのリーダーが顔を真っ赤にして立ち上がった。
プライドだけは高いらしい。
「ま、まだだ! これは油断しただけだ! 奥だ! 『最深部』の汚れを落とした方が勝ちだ!」
彼は奥の通路を指差した。
そこは、この大浴場の心臓部――かつて『王の湯』と呼ばれたメインエリアへと続く道だ。
◇◇◇
最深部エリア。
そこは、異様な光景だった。
「……なんだ、これ」
勇者レオンが目を丸くする。
入り口のカビ地獄とは打って変わって、そこは輝いていた。
床も壁も、天井さえも。
すべてが鏡のようにツルツルと光を反射し、虹色の光沢を放っている。
「おお! 美しい……!」
ホワイト・ナイツの面々が歓声を上げた。
「ここは汚れていないじゃないか! むしろ、魔力でコーティングされた聖なる泉のようだ!」
リーダーがドヤ顔で俺を振り返る。
「見たまえ、ドブネズミ君。 最深部はカビすら寄せ付けない聖域だったようだね。 ここなら僕たちの魔法が最大限に活きる!」
……馬鹿か、こいつら。
俺は警戒心マックスで眉をひそめていた。
綺麗? 聖域? ふざけるな。
俺の「汚れセンサー」がビンビンに反応しているぞ。
この輝きは、磨き上げられた輝きじゃない。
何層にも塗り重ねられた、極厚の『油膜』の輝きだ。
「よし、名誉挽回だ! このエリアに残った僅かな穢れを、我らが最強魔法で消し去ってやる!」
リーダーが杖を構え、他の4人もそれに続く。
彼らは床に向かって、さっき以上の魔力を込め始めた。
「待て! やめろ!」
俺は叫んだ。
「そこに向かって撃つな! 反射するぞ!」
「うるさい! 黙って見ていろ! 必殺・極大浄化光!!」
俺の制止など聞く耳持たず、5人分の魔力を束ねた極太のレーザーが放たれた。
光の矢は一直線に床へ向かい――。
カィィィンッ!!
硬質な音と共に、ありえない角度で『全反射』した。
「えっ……!?」
光線は天井の油膜でさらに反射し、壁で跳ね返り、ピンボールのように部屋中を乱舞した。
――そして。
カインッ、カインッ、カカカカカカカカカカカッ……
その様子は、昔あった落ちてくる玉を、バーで打ち返してブロックを消すゲーム。
『王の湯』はアレの超高速モード状態となる。
「うわぁぁぁぁ!?」
「ぎゃああああ!」
回避不能の光の雨が、術者であるホワイト・ナイツと、見学していたレオンたちに降り注いだ。
ドカァァァン!!
爆発音と黒煙が上がる。
煙が晴れた後には、全員アフロヘアーのように髪が爆発し、黒焦げになったエリートたちと、勇者が倒れていた。
「……ゲホッ、ゲホッ……。な、なぜだ……魔法が……跳ね返された……?」
リーダーが黒い煙を吐きながら呻く。
「すげぇな、リアル・ドリフじゃねぇか。志村リスペクトが過ぎるぞ?」
俺は呆れてため息をつく。
「だめだ、こりゃ」
アイラも呆れていた。
俺は彼らの前に歩み出た。
そして、輝く床に指を這わせ、ヌルリとした感触を確かめる。
「……やっぱりな」
俺は指先についた、粘り気のある透明な液体を彼らに見せた。
「これは聖なる泉じゃない。 『鏡面油膜』だ」
「み、ミラー・オイル……?」
「長年放置された整髪料、皮脂、石鹸カス。それらが魔力と結合してできた、最強の油汚れだ。 表面張力で極限まで滑らかになった油の膜は、光も魔法もすべて鏡のように反射する」
俺は彼らを見下ろした。
「魔法使いにとっては天敵だろうな。 撃てば撃つほど跳ね返ってきて自滅するだけだ。 ……つまり、お前らの負けだ」
「そ、そんな馬鹿な……! 魔法を弾く汚れなんて、どうやって落とせばいいんだ!」
「物理攻撃も滑って当たらないし、燃やせば大火事になるぞ!?」
レオンが金髪パリピ・アフロ頭を抱えて喚く。
たしかに、冒険者の常識では「詰み」かもしれない。
だが、清掃員にとっては違う。
「フッ、こんなもん簡単だ」
俺は腰袋から、最後の切り札を取り出した。 緑色の液体が入ったボトル。
ホームセンターで売っている『業務用・マジックリン』だ。
「油には、中和(化学反応)だ。 魔法も剣もいらない。こいつを撒いて俺の技を掛ければ、油はただの『石鹸水』に変わる」
俺はゴム手袋を締め直し、ボトルを開封した。
「どいてろ、素人ども。 ここからは『鹸化』の時間だ」




