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最後の挨拶

よろしくお願いします。



 


「マイヨール、一人娘だというのに無理を言ってすまない」

「いいえ、陛下。娘を大切にしていただけるのでしたら構いません」


「……ジョシュ、彼女がお前の『聖女』だよ。お前の婚約者として隣でこの国を守ってくれる盾だ。私がお前にしてあげられるのはこのくらいしかない。いいかい、必ず彼女を大切にするんだよ」

「はい、おじいさま。……僕はジョシュア。僕の大切な聖女様、お名前は何ていうの?」




 ◇◇◇


 ―懐かしいわね。十年前、ジョシュに初めて会ったのもここだったわ。



 シャルロットは遠く離れた港を見下ろしてタメ息を吐いた。

 港には数隻の巨大な商船が見える。隣に並ぶ、東大陸とこの国間専用の父の商船がまるで玩具のようだ。



 シャルロットの父は東大陸にも()()を持つ、マイヨール商会を運営している。

 一週間前、その父に連れられ港に行ったシャルロットは、既にその商船の巨大さを知っていた。

 マイヨール商会()所に停泊する父の船にも負けない大きな商船は、海賊に備えてだろう、まるで軍艦のような装備だった。その商船団を守る護衛船は港を埋め尽くすのを遠慮し沖合いに停船しているくらいの大船団だ。


「ククっ どうかね、シャルロット。このテラスからでもヴイックス商会の船が見えるだろう?」

「ええ。城からもあのように大きく見えるなんて、とても大きな船ですのね」


 広間では御披露目パーティーの真っ最中だというのに、ハインケス侯爵とそのご友人達は、どうやらヴィックス商会の船を見せる為だけにシャルロットをテラスに引っ張って来たらしい。


「そうだろうそうだろう。おや? 君の父君の船はどこかな?」

「はっはっは。ハインケス侯爵、そのようなお戯れを」

「そうですよ、マイヨール商会も身の程を知るいい機会になったでしょう」


 ―おあいにくさま。あの船の大きさも、どうしてあの船がそこに居座っているのかも知っているわ。


 彼等の不躾な態度にはわけがある。

 先日、西大陸で最も大きな商会であるヴイックス商会の会頭が、初寄港の挨拶で登城したからだ。船旅は危険も伴う。その船旅に会頭がわざわざ大陸から乗船してやってくるなど余程大きな取引か重要な用件でなければあり得ない。商船の来航が減ってきているなかの大船団の訪れに、新聖女様のお力だと皆が湧いていた。


 停泊が三日も過ぎると、"時は金なり"の商人がおかしいと騒がれ始め、本当は物資の補給ではなく、どこかの領地と契約を交わしている最中に違いないと噂が広まった。

 七日目を迎えた今では、港に我も我もと商機を狙う貴族達が列をなしているらしい。

 そんな浮き足だつ貴族達の中でも、領地に港を持つ自分達が有利だろう、とハインケス侯爵達は尚更体が浮くような心地でいるのだ。


 ―あれだけお父様に世話になっておきながら……。お父様に言えないからと大の男達が寄って集って小娘一人をいたぶろうなんて、恥ずかしくないのかしら。


 いたぶる獲物に逃げられないよう周囲を取り囲み、愉快愉快と笑っている貴族達を、シャルロットはそっと見回した。皆、父の商会の応接室で下座に座っていた者達だ。


 散々、世話になっていた父のマイヨール商会に後足で砂をかけんばかりの彼等。

 あまりの態度に、父だけでなくシャルロットも呆れかえっている。


 一年前から自身を取り巻く状況が激変していたシャルロットは、二ヶ月前大きな決断をした。それを受け、父はある手紙を送り、二週間前には取引のある貴族達の領地に部下達を向かわせた。部下達の手には貴族達の署名入りの『大事な書類』が握られていた筈だ。シャルロットも何も言わないよう言いつけられている。


 ―お父様の部下達も、各領地の港から出発した頃でしょう。侯爵達がいつまで笑っていられるか見ものですこと。


 この国にはあちらこちらに、巨大な商船が停泊出来るほどに大きな港がある。この国が西大陸と東大陸のちょうど中間にあるからで、昔から二大陸間の唯一の中継地として栄えてきたからだ。


 ―哀しいのは、それがどういうことなのか、本当に理解していたのは先代陛下だけだったこと。


「オホン。聞いておるかね、シャルロット。父親に似て、君も身の程をわきまえないところがある。気をつけたまえ」

「そうですな。先代陛下のご遺言で王太子の婚約者として教育を受けたとはいえ、所詮、そなたは平民。本物の聖女様がいらっしゃる今、いつまでも王太子殿下のご厚情に甘えるなど不届き千万ですぞ」

「商人の娘に過ぎないこの娘に血や名誉を尊ぶ貴族のことなどわかりますまい」

「そのとおり。ご遺言がなければ聖女を騙った咎で、投獄されておるというのに、のこのこ城に現れるなど、名誉を知らぬ平民は恥も知らぬとみえますな」


 ―借金を返さないことは不名誉なことではありませんの? 契約を反古にすることは恥ずかしいことではありませんの? 


 最後の登城で父と取引のあるハインケス侯爵にたまたま出くわしてしまったのは失敗だった。

 本当にたまたまだったのかは怪しいけれど、先代陛下の亡き今、城内で逆らうような下手は打てなかったのだ。


 ―それにしても、いつまでこの人達につかまっていなくてはならないのかしら。


 約束の刻限を過ぎてもまだ待ち人は現れない。これで最後なのだから、とシャルロットは歯を食い縛って辱しめに耐え続けた。






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