14 パーティーの終わりに
ダンスが終わり、再び歓談の時間になった。
「楽しかったわね、キース。あなたのリードが上手だから、いつまでも踊っていられそうよ」
キースは青い瞳を細め、嬉しそうに笑った。
「ナターシャのステップもとても滑らかで、羽が生えてるように軽かったよ。僕達、やっぱり相性いいよね」
微笑んだまま真っ直ぐに見つめてくるキース。ナターシャはドキンと跳ねる心臓を押さえなくちゃと必死になっていた。
頬を染めたナターシャをキースは満足そうに眺める。
「飲み物を取ってくるよ。待ってて」
「ありがとう、キース」
背の高いキースが人々の間をすり抜けて行くのをナターシャが目で追っていた時、後方でざわめきが聞こえた。
振り向くと、ホリーとディーンがこちらへ歩いて来ていた。二人が歩くと、人々が避けるように道を空ける。ヒソヒソと何か話している人もいる。
そんな中、二人は真っ直ぐにナターシャの方へやって来た。
「ナターシャ」
まずディーンが声を掛けた。ナターシャは少し身構えはしたが、口角を上げ笑みを作る。
「はい」
「ナターシャ、先程は無礼をはたらき申し訳なかった。ホリーも真摯に反省している。図々しいお願いではあるが、僕達を許してもらえないだろうか」
人々が注目しているのがわかる。そして目の前のホリーの唇は微かに震えていた。
「ナターシャ、私はあなたとディーンに酷いことをしてしまいました。本当にごめんなさい」
ナターシャはさっきの激情に駆られたホリーを思い出していた。あの時、ホリーは自信に満ち溢れていた。そして大声で叫んだ時もハッキリと言葉を口にしていた。だが今は声を震わせ、消え入りそうに話している。この場に戻ってくるまでにどれだけの葛藤があったことだろう。
「ホリー、ディーン。顔を上げてちょうだい。私達、何か誤解があっただけだわ。もう私、気にしてないから」
ナターシャがホリーの腕に触れ、身体を起こすよう促した。
「許してくれるのか、ナターシャ」
「もちろんよ。友達だもの」
その時、人々の中から声が聞こえた。
「あんな嘘をついておいて、よく戻って来れたわよねえ。私なら恥ずかしくてもう顔見せ出来ないわ」
ホリーが唇を噛んだ。ナターシャが反論しようとした矢先、鋭い声が飛んだ。
「反省して謝罪している人を貶めるようなことは許されませんよ」
「マリアンヌ様!」
いつの間にかマリアンヌが人々の輪の中から出て来た。
「私は曲がったことは嫌いですわ。でも、悔い改めている人にはチャンスを与えるべきだとも思っております。こうして謝罪に戻って来たホリーの勇気を買いますわ」
人々はざわめいた。
「そうそう。来月、我が公爵家で舞踏会を開きますの。今日卒業の日を迎え社交界デビューした皆様もご招待いたしますのでぜひいらして下さいな」
マリアンヌはホリーに顔を向けるとこう言った。
「ホリー。あなたもぜひいらしてね」
ホリーの唇がまた震えた。今にも泣きそうだった。そしてマリアンヌは優雅に微笑むと、
「では皆様。引き続きパーティーをお楽しみ下さいませ」
クルリと優雅にターンして人々の輪を抜けて行った。
「ホリー、良かったわね」
「……ありがとう」
ホリーは肩の力が抜けているようだった。緊張が切れたのだろう。
「ナターシャ、マリアンヌ様に深く感謝するとお伝えしてくれ。僕達はここで失礼するよ」
「ええ。またいつか」
「ああ。またいつか」
ディーンはホリーと共に会場を後にした。
「丸く収まったようだね」
後ろからキースが声を掛けてきた。
「キース! 聞いていたの?」
「とっくに。飲み物を持ったまま、ずっと君の後ろにいたよ。何かされたらシャンパンをぶっ掛けるつもりでね」
キースはすっかりぬるくなったシャンパンの入ったグラスを通りがかった給仕に渡した。
「キースったら」
ナターシャはクスクスと笑った。
「マリアンヌ様に助けていただいたわ」
「そうだね。姉様の一言で、彼らを悪く言うことは出来なくなった。それに、公爵家の舞踏会に招くということは今後も社交界の一員として扱うということだからね。失態を挽回出来るかどうかは今後の彼ら次第だ」
「そうね。二人が幸せになってくれたらいいわ」
「僕らもね」
「えっ?」
驚いて見上げたナターシャの額にキースは軽い口づけをした。
(えっ……何? 何が起こったの?)
キスされた額が燃えるように熱い。目が回ってしまいそうだ。
その時、再び楽団が音楽を奏で始めた。二度目のダンスタイムだ。
「踊ろうか、ナターシャ」
「……はい、キース」
キースに手を取られながら、もしかして私は期待してもいいのかな、とナターシャは思った。そして今度こそは自分の気持ちを素直に伝えよう、と心に決めた。
(完)




