武器屋へ出発
「ネクロマンサー、か」
アリアが呟く。
エアとしては同意も否定もせずに困った顔をしているしかない。
ネクロマンサー。
この世界で、霊を操れるごくわずかな存在。魔法とは異なるその力は、魔物よりも危険視され、一時期は死霊狩りと言われて同じ人間に惨殺され、数が激減した。
その状況を覆したのが、歴代の勇者に名を連ねるソフィア様だ。様々な魔物を討ち取ったネクロマンサーの力を人々はいつしか賞賛し、死霊狩りは虐殺であったにも関わらず、今は昔の悲劇とされほとんど忘れられている。
そして、ネクロマンサーとしての希少価値だけが残った。
「カイ、アリアが剣のところに案内してくれるって」
「正確には、売っぱらった場所だけどね」
近づいてくるカイにエアが声を張り上げる。カイはアリアの言葉に肩をすくめていた。
カイがエアの肩に乗しかかっているアリアを軽々と持ち上げ、背中におぶる。
「あんた、その力、見せて良いのかい? あたしが情報屋に売ると思わないのか?」
素直におぶられながら、アリアはカイの耳にわざと口を寄せて聞く。カイの表情は一つも動かない。
「火急ですからね。いたしかたありません。あなたを口止めしても、彼らが話すでしょうし」
「口封じはしないんだね」
「殺しは、もうこりごりなんです」
「そんな甘っちょろい考えが、命取りにならないと良いけどね」
カイがアリアを背負い直しながら、後ろを振り返る。顔は笑っていた。
「この状況でよくそんなに他人の心配していられますね。あなたこそ、ひどい目にあうと思わないんですか?」
「あっても、大したことじゃないさ。もう、地獄に両足を突っ込んでるからね」
それに、とアリアは続ける。
「わざわざ背負いながら言うセリフでもないな」
「まったくです」と答えるカイはどこか愉快そうだ。そのわりに、目が笑っていない。
「それで、どっちに行けば良いの?」
入り口まで戻ると、エアが左右を指さす。
「まずはまっすぐ」
「え? 家に入っちゃうけど?」
道は左右にしかない。目の前にあるのは、これまた古ぼけて今にも崩れそうな家だ。使われているかも定かではない。
「ここら辺に、家、なんて概念はないよ。全ての建物は道で、全ての道が家さ」
アリアの言う通りにその建物に入る。思ったよりも広く、アリアの指示にしたがって進むと裏口に出た。
「ここが、村に続く道だ」
裏口を出ると、先ほどまでいたスラム街が幻かのような一面の草原が目の前に広がっていた。エアの腰ほどまでに伸びた草は思いおもいに風に揺られている。ところどころ潰れた場所が、人間が歩いた跡なのだろう。
エアが思い切り息を吸い込む。村やそこへ通づる道は、開墾されていない自然である場所が多いが、同時に戦闘も多く起こるその地域では、全ての人と自然が疲労感を滲ませている。そんな雰囲気を見せずにのびのびと緑豊かに広がる光景にエアの気持ちが弾む。
「まだこんなところがあるとは……。あまり知られていない村への道なんですね」
「自然の村だからね」
「中央のこんなに近くに、残っていたんですね」
魔物の中央街への侵入を防ぐために、街を囲うようにして村々が作られたのは、今から50年も前のことだ。その間に、自然にできた戦う力のない村は、魔物と人の手によって淘汰されてきた。エアは故郷を思い出す。武力だけが生き残るのに必要だった、自分の故郷はまだ残っているだろうか。
「あとは、ひたすらこの跡をたどって歩くだけだね。たぶん、20分もすれば武器屋に着くよ」
アリアの言葉がエアを物思いから引き離した。思い返すのはあとでいい。
「じゃ、出発!」
エアは拳をつき上げて、生い茂った草をかき分けていった。




